第51話 姫将隊と賊軍と、攻防戦開始
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オーニータウンの守備隊長を務め、後にはレーベンヒェルム領の領軍総司令官に就任したセイだが、彼女の出自は謎に包まれている。
復興暦一一一〇年/共和国暦一〇〇四年の初春に、領都レーフォンで兵の調練を取ったのが初めての公式記録であり、辺境伯にその軍事手腕を買われてオーニータウンの守備隊長に任じられた、というのが通説だ。
それ以前の記録が一切ないことから、元は騎士家の出身だという説、アリス・ヤツフサ同様に異世界からの旅人だという説、果ては先代領主や別十賢家の隠し子説などがあり、研究者の間でも諸説入り乱れて紛糾していた。
中でも、いちばん有名なものは、深窓の令嬢が神の啓示を受け、レーベンヒェルム領を糺すためにはせ参じたという説だろう。後年に書かれた、多くの小説や演劇もこの説に基づいている。
そこでのセイは、神秘的で清廉な指導者であり――。
「神の御名のもと、この地に秩序と平和を築きましょう」
まるで聖母のように隊員達から慕われる、はかなげで美しい姫将軍として描かれている。
アリス・ヤツフサもまた、高貴な魂をもつ武人として――。
「仁義八行、如是畜生発菩提心に至る。我は獣なれど、この魂をもって正道を行かん!」
姿形こそ異形ながらも、セイや部下たちと深い絆で結ばれた武人の鑑であり、レーベンヒェルム領の守護虎というのが一般的なイメージだ。
セイとアリス。二人の目覚ましい活躍は、世の男性や女性たちを熱狂させた。
当人を知る者たちからすれば、「なんだコレっ」「キャラ違うし!」「どうしてこうなった?」という有様だが、噂に尾ひれがつくのは世の常だろう。
特に、悪徳貴族、クローディアス・レーベンヒェルムは、共和国パラディース教団への配慮から、ヴァン神教に弾圧を加えていたにも関わらず、二人の加入に前後して、掌を返すように厚遇を始めている。
そのため、寺子屋の開設や、孤児院、病院の設立が、二人の説得によるものと解釈されたのも、自然なことだろう。……若干、宗教的な思惑が見え隠れしているが。
――さて、半世紀後、生き残った古参幹部の一人であるキジーが、セイが率いた部隊の愛称から名前をとり、「姫将隊顛末記」と題された回顧録を、冒険者ギルドの新聞に小説として発表する。
キジーの小説はフィクションを交えたためか、彼が率いていた魔法支援隊の戦果が三割増で書かれていたり、”コトリアソビ”という実在しない侍従長が領主側近にいたり、他にも事実誤認や記憶違いでは? とみられる個所がいくつも見られたものの、生存者による手記ということもあって世論に大きな衝撃を与えた。
中でも賛否が分かれたのは、オーニータウン守備隊についてだろう。
「姫将隊顛末記」の作中で描かれた守備隊は、巷に流布されているような、姫将と守護虎に率いられた品行方正で清冽なイケメン騎士団などではなく、鼻つまみ者の犯罪者や食い詰めた傭兵が集まった、むさ苦しい男所帯だった。
指揮官就任後、服は脱ぎっぱなし、酒瓶が転がり、エロ本が平積みにされている砦の宿舎を見て、セイは斬奸刀を片手に激怒したという。
「諸君、ここには秩序が必要だ!」
「セイ隊長、秩序とはなんですか?」
「服を着て、掃除して、寝る前に歯をちゃんと磨くことだ。まずは健康診断から始めるぞっ」
……これでは、母は母でも、聖母どころか、おかんである。
アリスもまた「副隊長はマスコット的存在で部下たちにたいへん慕われましたが、よく食っちゃ寝しては隊長に怒られてました」と言わんばかりの描写をされており、キジーは彼女のファンから大きな批判を浴びたという。
事実、連載中に「もうちょっと言葉を選ぶたぬよ!」という匿名の投書がギルド新聞社に届けられている。……なに、本人じゃないかって? 道徳的なアリス副隊長がそんなことするわけないじゃないか!
このように、後世に大きな影響を与えることになる、姫将隊。
中核となったセイとアリス、オーニータウン守備隊の初陣とは、果たしていかなるものであったのだろうか?
☆
復興暦一一一〇年/共和国暦一〇〇四年 恵葉の月(六月)三〇日。
夜明けを待つ守備隊砦の広間は、重苦しい沈黙に包まれていた。
イヌヴェが乱れたダークブラウンの短髪を手櫛で整え、血走った目でセイに報告を上げる。
「今、斥候が戻りました。魔法支援隊が飛ばした使い魔の情報と合わせて検証した結果、賊軍は東に三〇〇。西にも三〇〇。北には四〇〇。そして、南には、代官舘と屯所に駐留する自警団が二〇〇です。軍用ゴーレムや契約神器の盟約者も少数ながら確認。もうすぐ町は一二〇〇人の敵兵によって包囲されてしまいます」
「ほう。我ながらよく釣り上げたものだ」
オーニータウン守備隊は、テロリスト集団、元赤い導家士からの転向組に、サムエル率いる傭兵などを増員しても、わずか一〇〇名に過ぎない。
兵力差一二倍。更には盟約者の存在まで明かされたにも関わらず、セイは落ち着いてカラカラと笑い、アリスは彼女の膝上で寝息を立てていた。
イヌヴェたちは悩んでいた。ここまで兵力に差があっては、一点集中で各個撃破するのも困難だ。
取れる選択肢は篭城くらいだろうが、安普請の砦で長時間持ちこたえるのは、現実味があるとはいえなかった。
「……セイ隊長、援軍は来ないのですか?」
「来ないよ。棟梁殿たちは、今日、それどころじゃない。此方に割く余裕はないだろう」
「で、では、せめて出撃命令を。早く作戦を始めましょう」
この時イヌヴェは、キジーや赤い導家士出身の部下達と共謀して、作戦開始と同時にセイとアリスを拘束、町から逃がすつもりだった――と、姫将隊顛末記には書かれている。
守備隊の中で、勝利を信じているものは少なかっただろう。――セイとアリス、二人を除いては。
「待て、イヌヴェ。もうすぐここに届くから、もう少しだけ時間をくれ」
「銃ならもう予備を含めて全員分ありますし、対神器弾を含めた弾薬も配り終わりました。街にも分散して隠してあります。これ以上なにを……」
クロードたちは恵葉の月(六月)三〇日に新兵器が砦に納入されると喧伝したものの、当然、作戦決行日まで無防備に過ごすはずもなく、領都レーフォンで軍事教練を受けさせた後、守備隊員に各々の銃を持ち帰らせていた。
弾丸はひとりあたり五十発を支給。数千発をオーニータウン内に隠し、更に一人一発限りだが、”契約神器とも戦える弾頭”というあやしげなものも与えられていた。
新兵器、レ式魔銃は、すでに守備隊員の手に渡った。では、セイが待つものとは何なのか、更なる隠し玉があるのかと、隊員達は固唾を飲んだ。
「来た! これだよ」
誰もいない広間の上座に、小さな青白い魔法陣が描かれて、何かが転送されてきた。
小さな、しかし、確かな歓声が上がる。
それは、百名分、きっちりオーダーメイドで作られた、白と黒の二色で彩られた軍服だった。
「セイ隊長。ひょっとして、この為に健康診断を――!?」
「いや、あれは健康に悪いからだ。ああ、でも、測った寸法は流用させてもらったよ」
「は、ハイ」
届けられた軍服は、黒縁の白軍帽に、詰襟服、長ズボン、白シャツ、白手袋というオーソドックスなものだった。
ただ、詰襟服の内側に身に着ける、薄手の鎖帷子だけが、赤く染められていた。
「最初は全身赤を具申したんだが、棟梁殿がそれだけはやめて! って反対してな。きっと格好いいのに、浪漫のわからぬ堅物だ」
セイの軽口に、守備隊員たちがいっせいに笑いをこぼす。
クロードからすれば、領民を傷つけた赤い導家士の象徴であり、去っていった部長の紅い外套を連想させる赤色は、複数の理由から避けたかったのだろう。
あるいは、無意識にゲンを担いだのかもしれない。武具を朱塗りで揃えた部隊は、”赤備え”と呼ばれ、戦国時代最強を意味する称号のひとつだ。しかし、武田軍の名を天下に轟かせた赤備えは長篠の戦いで銃撃を浴びて散り、その名前を継いだ徳川軍赤備えを率いた井伊直政も関が原合戦で負った銃創で死亡している。そして最後の赤備え、真田幸村の部隊もまた、日の本一の兵と呼ばれる活躍の果てに大坂夏の陣で果てている。
だが、そんな事情を知らない元赤い導家士の部下達にとって、自分達の色である赤色を受け入れてくれたセイは得がたい指揮官だった。
「諸君。私達はまだ何者でもないし、何者にもなれないかもしれない。それでも、なにかを為すことはできる。この街を守ろう。そして、生きて再び会おう」
「「はい!」」
イヌヴェは、キジーは、かつてレーベンヒェルム領を脅かしたテロリストたちは、セイの想いを汲みセイの為に戦おうと――覚悟を決めた。
セイはアリスをハリセンでたたき起こし、軍帽を被せると、自らも部下達と揃いの軍服に袖を通す。
いまここに、ひとつのユニフォームをまとい、ひとつの意思で繋がれた集団が誕生した。
「オーニータウン守備隊、出撃する!」
「お出かけたぬ!」
「「うぉおおおおおっ」」
―
――
セイの立てた作戦とは、おおざっぱに書くと以下のようなものだった。
まず、アリスとキジーが兵隊四〇を率いて、警察と協力し、町の住人達を南の代官屋敷まで誘導して避難させる。
その間に、北から迫る敵兵四〇〇を砦のセイが、東の敵兵三〇〇を商店街でイヌヴェが、西の敵兵三〇〇を農業地区でサムエルが、それぞれ兵二〇を率いて足止めし、これを撃退する。
常識的に考えるなら、頭が悪いとしか言えない。
戦力をわざわざ分散させた上で、十倍以上の敵を待ちうけようなんて正気の沙汰ではないだろう。
そりゃあ、イヌヴェやキジーも、セイとアリスだけでも逃がそう、なんて考えるはずである。
東から迫る山賊たちは、民家に火をつけ、店から商品を略奪し、さまざまなものを破壊しながら、隊列を組んで街の中心へ向かってゆっくりと行進を続けていた。
先頭に立つのは、凍てついた白い剣と、幾重にも穂先が分かれた槍と、血まみれの蛇のようにうごめく鞭をもった、第六位級契約神器の三人の盟約者だ。
「おらおら、悪徳貴族の狗ども、隠れてないで出てこいや!」
「可愛い女隊長さんはどこですか、大人の時間だよぉ」
「それとも、おしっこもらして震えているのかなあ。ギャッハッハ」
一方のイヌヴェたちは、分散して物陰に隠れ、有効射程500mまで近づくのを今か今かと待ち構えていた。
目印である八百屋の看板を越えた瞬間、イヌヴェは手を振って、部下が特製の弾薬をレ式魔銃に装填し、……狙撃した。
発砲音は六発。直後、三人の盟約者は血煙となって消えて、10m後方までの山賊たちが全身を切り刻まれ、臓物を撒き散らして死んだ。
重軽傷を負った者を加えれば、30人以上の山賊が、一瞬にして死亡し、あるいは戦闘不能となった。
守備隊員一人につき一発だけ支給された、クロードが直々にファヴニルの魔法を封じた、対神器用弾頭が空間断裂という死神の鎌を振るったのだ。
奇襲に動揺したのか、山賊たちがわめきながら足を止める。
「やるぞお前達。俺たちにはあとがない。必ずセイ隊長との約束を果たせ!」
「撃て撃て撃て撃てぇえええっ」
鬨の声を上げて、物陰に隠れたイヌヴェの部隊は通常弾を撃ちまくった。
固まって移動する山賊たちは、いい的に過ぎない。銃弾を浴びて、瞬く間に数人が倒れた。
後方に控えていたのだろう、巨大な手甲をはめた第六位級契約神器の盟約者が飛び出してきたものの、再び対神器用弾頭が直撃して赤い霧と化す。
悪徳貴族だ! と山賊の誰かが叫んだ。邪竜ファヴニルだ! と誰かが泣き叫んだ。それをきっかけに、東の山賊軍は総崩れとなった。
守備隊が背後から撃つまでもなく、互いに足をひっぱり、武器を叩き付け合い、共食いのように互いを相食みながら、彼らは見苦しい逃走を始めた。
イヌヴェは、班長級にのみ与えられた通信用の貝殻に向かって叫んだ。
「こちらイヌヴェ。敵は壊走し、追撃する。サムエル、西部はどうなっている!?」
一方、同時刻。
農業地区に布陣したサムエルは、虎の子の対神器用弾頭を二つ使って大きな穴を掘ると、スコップで固めながら山賊たちを待ち受けていた。
遮蔽物の少ない農業地区よりも、もう少し奥の市街で待ち受けるべきではないか? とセイやイヌヴェは指摘したが、見晴らしが良い方が戦いやすいとサムエルは二人を説き伏せた。
彼はクロードから塹壕という存在を聞き、模擬弾による演習時に絶大な効果を発揮した為、実戦で試そうとしたのだ。
西方からは、全長一〇mはあるだろう赤銅色の巨体を誇る第五位級契約神器『岩巨人』が、緑色の巨大な西洋甲冑を模した軍用ゴーレムを十体引き連れて、畑を踏み潰しながら迫っていた。
サムエルは、舐めていた飴玉を噛み砕いた。
「なるほど、あれなら矢も飛礫も弾いちまう。だけど、残念……、地獄へようこそだ」
サムエルの指揮に従って、放たれた空間断裂弾が第五位級契約神器『岩巨人』をまるで手品のように消し飛ばし、続いて傭兵達が塹壕から十字砲火を浴びせかけた。
この世界における通常の軍隊は、矢避けや対魔法防御の呪文を厳重に重ねがけした上で、その効果を最大限発揮するために隊列を組むのがセオリーだ。
このようにまとまった軍事行動をとり、複数の契約神器と盟約者を動員している以上、ただの山賊などというのは有り得ない。
西方から攻め寄せる敵兵達は、戦場慣れしていたのだろうか、奇襲を受けてなお、混乱をたて直して進軍を続けようとした。
「怯えるな! 敵は少数だ。弩に毛が生えた程度の魔術兵器で、この大軍は阻めない!」
だが、気炎をあげる指揮官らしい男の前方で、頭部魔術回路を片端から撃ち抜かれた軍用ゴーレムがドウと倒れ、まるでドミノ倒しのようにことごとくが撃ち倒された。
「こ、こんなことが」
「悪いが敵さんよぉ。こいつはレ式魔銃ってんだ。銃身そのものにありったけの強化付与をこめてある。止められると思うな」
撃ち返される賊軍の矢や飛礫はサムエルたちが篭もる塹壕までほとんど届くことなく、かろうじて頭上を掠めた火球や氷柱といった遠隔魔法もまた、同行していた魔術士が張った魔法の盾に阻まれた。
レ式魔銃の有効射程は五〇〇m。ただし、最大射程は一〇〇〇mに達する。
見晴らしの良い農業地区で、十字砲撃を浴び続ければどうなるか。魔法盾や矢避け魔術は一瞬で効力を失って破られ、西方の賊軍は中途半端に士気を保っていたことが災いし、地獄絵図と化した。
塹壕が弩の射程に入るまでの残り三〇〇mを、賊軍たちは弾幕によって進むこともままならず、命令がないので退くことも出来ずに、サムエルたちが放つ銃弾の雨を浴び続けたのだ。
状況開始から数分とたたず、山賊たちは遂に指揮官を自らの手で殺害し、蜘蛛の子を散らすように四散した。
「サムエルよ。驚いたわ。こりゃあ勝ち戦になりそうだ」
「どうよ、オレの先見の明は?」
「言ってろ。凄いのは、この状況を見通していたセイ嬢ちゃんと、この銃をくれた悪、……辺境伯様だろ」
「普通、傭兵に契約神器の加護を分け与えたり、最新兵器を持たせたりするなんて有り得ないよな」
戦友たちがぼやくのを、サムエルは苦笑いしながら聞いていたが、胸元から聞こえたイヌヴェの叫びに通信用の貝殻を持っていたことを思い出した。
「ま、アレだ。期待には応えてやりたい。こちらサムエル。西部も上々だ」
そうサムエルが通信貝に返したとき、セイの持っていたはずの通信貝から、自警団団長アーカム・トイフェルのダミ声が響いた。
「愚かな劣等民族どもよ聞けっ。我々はすでに本陣を陥落させ、小娘は討ち取った。降伏するがいい!」
第48話で出てきた「姿の見えない敵」は、未だ戦場に姿を現していません。そして、セイの行方は――ご期待ください。