第538話 巫覡の力
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復興暦一一一二年/共和国暦一〇〇六年 晩樹の月(一二月)一四日丑三つ時。
クロード達が、ファヴニルの蘇生能力の謎を解き明かしていた頃――。
クロードの先輩であるニーダル・ゲレーゲンハイトと、平行世界からの来訪者ドゥーエは、邪竜の巫女レベッカを相手どり、一辺五〇〇mの逆ピラミッド型岩盤二基による空中戦を繰り広げていた。
「おい、厨二病患者。この〝清嵐砦〟とあっちの〝千蛇砦〟は、同じタイプの第四位級契約神器だろう。もうちょっとこう、どうにかならないか?」
黒髪の冒険者ニーダルは、ボロボロになった紅い外套で抜き身の妖刀ムラマサを包みながら、折れた石柱にしがみついていた。
「うるせえぞ、ロリコン野郎。守られておいてグダグダ抜かすな。向こうは生まれつきの異能〝巫覡の力〟で、未来を読んでいるんだぞ。インチキ相手にそう簡単に勝てるかよ」
黒褐色の髪を縄状に結えたドレッドロックスヘアの目立つ、隻眼隻腕の剣客ドゥーエもまた、破壊された城郭の石壁に身を潜めている。
「アハハ。インチキだなんて、弱者の戯言ですわ」
ニーダルとドゥーエが乗る第四位級契約神器・飛行要塞〝清嵐砦〟と同型の飛行要塞〝千蛇砦〟を駆る赤髪の少女レベッカは、黄金の首飾りを撫でさすりながら、蕩然と笑った。
交戦結果は、一目瞭然だ。
〝清嵐砦〟が要塞のあちこちに大穴が空いて、建造物や体積の六割以上を失い、青息吐息で飛行しているのに対し……。
〝千蛇砦〟は艦載の航空戦力こそ失ったものの、要塞本体は軽傷。天守閣付きの城郭が威圧的に鎮座している。
「ドゥーエ。貴方だって、ワタシやソフィお姉さまと同じ、巫覡の力に目覚めているでしょうに」
レベッカ・エングホルムは、黄金の首飾りに白い指を添えて、両の瞳を青く輝かせた。
ドゥーエに唯一つ残された、黒い右眼もまた、彼女と同様に青く輝いている。
「もっとも、貴方に発現した異能は〝死ににくい〟でしたか。仲間を見捨ててしぶとく生き残る、鼠らしい力ですわね」
レベッカがうっとりと微笑みながら黄金の首飾りをさすると、彼女の背後で鈴なりに並んだ、蛇を模した砲台から火球や氷柱が際限なく撃ちだされた。
「そっちは〝未来視を含む平行世界観測〟だったか? それだけの力を持ちながら、邪竜に媚びる寄生虫よりはマシだろうよ」
ドゥーエは挑発するものの、肝心の〝清嵐砦〟は、風を吹かして要塞内の砂や土を壁のように操り、〝千蛇砦〟からの砲撃を受け止めるのが精一杯。
前へ進むもならず、後ろへ戻るもならずの窮地に追い込まれていた。
「負け犬の遠吠えが心地よいですわね。ワタシは愛に生きているの。ファヴニル様からいただいたこの力こそ、ソフィお姉さまと育んだ愛の証ですわ」
「へえ、お嬢さん。お姉さまって人も、可愛い人なのかい?」
ニーダルは、飛行要塞を削って飛来する砲弾の破片を、妖刀ムラマサで迎撃しつつ……。
レベッカが、他の第三者を利用しているのではないかと勘付いた。
同型の要塞というには、あまりに戦闘能力に差があり、攻撃魔法にも首筋にひりつくような違和感があったからだ。
「そうよ。契約神器にすら作用する、〝魔法道具干渉〟という天賦の才に目覚めた巫女。ワタシとファヴニル様を繋ぐ赤い糸にして、最も美しい宝。でも、残念でしたわね。お姉さまはもう、カミサマのお腹に溶けてしまいましたわ」
レベッカのあまりに残酷な返答に、ニーダルは表情を失い絶句した。
「一〇〇〇年前。グリタヘイズの住民は、救いの手を差し伸べてくれた龍神を裏切った過ちを反省し、竜に力を供える様々な術式を作り上げましたの。お姉さまが我らがカミ、ファヴニル様に血も肉も捧げて強化したからこそ、貴方達とクローディアス・レーベンヒェルムを滅ぼせるのよ!」
邪竜の巫女はうっとりと頬を染めるも、クロードの先輩である男には狂気しか感じ取れなかった。
「おい、ロリコン。飲まれるなよ。ソフィちゃんが愛しているのはクロードだ。ストーカー女の戯言は、性質の悪い電波とでも思っておけ」
「ソフィ? ひょっとして首都クランで会ったあの子のことか」
ニーダルは首都で出会った赤毛の娘を思い出して動揺したものの、後輩を信じると決めた。
「俺の出る幕じゃ無いか。クロードなら必ずあの娘を救出できる。それに、こんなこともあろうかと――ぴったりの助っ人も送ってあるから、必ずやってくれるはずだ」
「えらく自信満々じゃないか。なら、オレ達はどうする?」
「クロードにムラマサを渡したいが、今は後退しても撃墜されるだけだ。守っても負けるなら、攻めるしかない」
「しょうがねえ、協力してやるよ。未来が読めても、回避できない攻撃をくれてやる!」
ドゥーエもまた退避不能と判断し、もはや三日月の如くえぐれた友の形見を前進させ、ニーダルは青白い炎をまとったムラマサで迫る砲火を切り裂いた。
因縁の敵同士だからだろうか。奇跡的に呼吸のあった共闘の結果――。
飛行要塞〝清嵐砦〟は、一発一発が馬車ほどもある巨大な砲弾一〇〇〇発による弾幕を見事に突破、〝千蛇砦〟へと肉薄した。
「落ちろ。落ちなさいよっ。こいつら、どこまでもワタシの未来を邪魔してっ」
レベッカ・エングホルムは絶叫するも、二基の要塞は、火山爆発のような轟音をあげながら激突。
赤い外套の冒険者と隻眼隻腕の剣客は、未来観測者が待つ敵要塞内部へと飛び込んだ。
「ドゥーエ、一つ気になる点がある。ファヴニルは、俺の〝第一の魔剣〟や、お前の〝第二の魔剣〟を警戒していたはずだ。なにせ時間の巻き戻しに関係なく、命中すれば〝殺す〟からな」
「どうしたナンパ野郎。今更それがどうしたってんだ?」
ドゥーエの問いに対し、ニーダルはレベッカが首元にさげた、黄金の首飾りを指した。
「あのクソトカゲなら、どこかに正常な〝分身体〟を保管して、〝死の呪い〟を受けた瞬間に上書きして回復する――くらいの対策は準備するだろう」
「おい待て、それって使い方次第じゃ無敵になるだろ。……いや、ソフィちゃんの〝巫覡の力〟を使えば、そんな無茶だってやれるのか。いいだろうっ、エセ占い師は殺すし、あのキンキラ飾りも壊してやるよ!」
あとがき
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