第537話 無敵の謎を解き明かせ
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三白眼の細身青年クロードは、青髪の侍女レア、金色の虎耳少女アリス、薄墨色髪の姫将軍セイとサメ型飛行ゴーレムの援護を受けて――、全長三〇mの邪竜ファヴニルの頭部を愛刀で切断した。
「あははは、もっと。もっとだよ。クローディアス」
しかし、頭部に刻み込んだはずの致命傷は爆発の後に復元し、ファヴニルは傷など最初からなかったかのように復活してしまう。
「ど、どうなっているんだ!?」
「辺境伯様が、確かに殺したのに」
「邪竜は、不死身なのかっ」
クロードが率いる、マラヤディヴァ国大同盟軍艦隊も眼前の光景に動揺を余儀なくされて――。
「理解したかい。ボクはお前達を不出来なオモチャを導く、不死身のカミサマさ!」
ファヴニルは弱った心に更なる絶望を与えるべく、空中に一〇を超える大型球形魔法陣を展開して、炎や氷の砲弾を乱射し始めた。
「艦隊が光学迷彩で隠れようと関係ない。この海域すべてを破壊してやろうっ」
「力技がすぎるぞ、この邪神!?」
ファヴニルが始めた広範囲無差別砲撃は、単純であればこそ効果的だった。
魔法による隠蔽が解けて、炎上する船、雷で穴が空く船、氷漬けになる船が続出。
海上決戦は、あたかもヒーロー不在の怪獣映画の如き、一方的な蹂躙劇となり果てた。
「くそっ。ファヴニルは、第一位級契約神器に進化したけどさ。致命傷を負ってもすぐに完治するなんて、いくらなんでもおかしいだろう」
クロードは、右手にはめたファヴニルから与えられた赤い宝石の指輪と、腰に差した被害者の遺したナイフを見てぼやいた。
今度こそ因縁を清算し、犠牲者達の仇を討ったと思ったのだ。しかし、ドラゴンは人の手にあまる怪物ゆえにドラゴンと呼ばれるのだろう。
「連続鋳造――はたき! 焼け石に水か」
クロードはありったけのはたきを投じて、艦隊の盾となる防御結界を構築するも折れて焼けて、たちまちの内に破られてしまう。
「たぬう、このままじゃ門神が壊れちゃうたぬ。ファヴニルの力はどこまで強いたぬ?」
アリスとガルムが作り出す門の防御結界も、火と氷の嵐にさらされて捻れ。
「ソフィ殿がマラヤディヴァ国中に施した、邪竜封印の術式が効いているのにこれか。堕ちても竜というべきか。まったく底が知れないな」
セイが操舵輪を握るサメ型飛行ゴーレムは砲弾をギリギリで回避したものの、ファヴニルから距離を取る間にかすめた船尾や甲板がゴッソリと削り取られた。
「御主人さま。私が武器や道具を創る魔法を得意とするように、馬鹿兄や、お兄さまは変化の魔術を得手とします。おそらく、自らの肉体を死ににくいよう、作り変えているのでしょう」
されど不利な戦況の中で、ファヴニルと一〇〇〇年の時を過ごした妹分、レギンだけは冷静に観察していた。
彼女は敢えて防御ではなく攻撃するようにはたきを射出し、火や氷の砲弾に当てることで方向を逸らし、辛くも安全圏を確保する。
「そう言えば、テルも遺跡で肉体を失ったけど、頭だけでちゃっかり生き延びていたっけ」
「はい。加えて、お兄さまは誘拐したソフィの〝魔術道具干渉〟の異能を悪用し、自身を取り巻く時間と空間を都合よく歪めていると思われます」
レアは青い髪の下、緋色の瞳に力を宿して真相を見抜いた。
「具体的には、どこかに分身体を用意して、一定以上の損耗や損傷を負った際に、自身を上書きしているのではないでしょうか?」
「ええっと、つまりどういうことたぬ?」
「このままではファヴニルは死んでも蘇るし、死なずとも望む時に完全回復できるということか」
クロード、レア、アリス、セイの四人は、球形魔法陣の砲撃にさらされつつ頭を抱えた。
第一位級契約神器が規格外だとは認識していたが、ここまで非常識だとは想像も及ばなかった。
「御主人様。ニーダル・ゲレーゲンハイトの使う〝第一の魔剣〟や、ドゥーエ様のムラマサが宿す〝第二の魔剣〟であれば、お兄さまに通じる可能性があります」
レアが対策を提案するも、クロードは首を横に振った。
「駄目だ、レア。部長とドゥーエさんを呼び戻すわけにはいかない。ファヴニルがバックアップを託すとしたら誰だ? 己の分身を隠すなら一体どこが安全だと思う?」
クロードは噛み締めるように告げると、レアとアリス、セイははっと息を飲み、空を見上げた。
「ソフィとは別の、もう一人のファフナーの末裔。巫女レベッカです」
「たぬう。お空の果てにいるのなら、さすがに手が届かないたぬう」
「なるほど、分身体を預かるレベッカと本体であるファヴニル。両方を倒さねば、我らに勝利は無いということか」
遥か成層圏では、クロードに味方する一辺五〇〇mに及ぶ逆三角錐型の飛行要塞〝清嵐砦と、ファヴニルが用意したらしい〝瓜二つの飛行要塞〟が激しい空中戦の最中にあった。
「部長とドゥーエさんを信じよう。あの二人ならやれる、んじゃないかなあ」
「お言葉ですが、控え目に申し上げても、お二人の相性は良くないかと」
「たぬう。ニーダルパパが死んじゃったら、イスカちゃんが悲しむたぬ」
「〝清嵐砦〟が一方的にやられているじゃないか。果たして勝てるのか」
クロード達がファヴニルに苦戦を強いられているのと同様に、成層圏の戦いも厳しいようだった。
「僕たちは僕たちで出来ることをしよう。それが部長達への援護にもなる」
「出来ること、ですか?」
クロードは、レア、アリス、セイに向かって頷いた。
「ファヴニルが空の飛行要塞とパイプを繋いでいるのは、ソフィの力を悪用しているからだろ?」
クロードは問いかけつつも、愛刀たる八丁念仏団子刺しを振るい、砲弾をばらまく球形魔法陣を両断――。
「たぬう。わかっちゃったぬ。つまり、ソフィちゃんを取り戻せば!」
アリスも合点がいったのか、ニカっと白い歯を見せながら竜巻を放って、球形魔法陣を吹き飛ばし――。
「ファヴニルの手品も、おじゃんになるということかっ」
セイはサメ型飛行ゴーレムで異なる二種の球形魔法陣を引き付けながら、撹乱。火と氷の砲弾を互いに命中させて相打ちさせる――。
「わかりました、御主人さま。ナンド領で積み込んだ〝とっておき〟をつかいましょう」
そしてレアもまた、抜け目なく切り札の準備を整えていた。
「ああ。きっとアレが作戦の要になる。問題は有効射程の短さだけど、なんとでもしてみせるさ」
「むふん、それでこそクロードたぬ」
「運転は任せておけ。必ず目的地まで届けよう」
クロードと彼の恋人達は、無敵となった邪竜ファヴニルに対してなお、怯むことなく闘志を燃やしていた。
あとがき
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