第534話 勇者の後継者たち
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邪竜ファヴニルが現世界を滅ぼし新世界に至るために降臨させた、世界樹を巡る戦いは、まさかの急展開を迎えた。
紅い外套をまとい、炎の翼を背負う黒い長髪の冒険者ニーダル・ゲレーゲンハイトが空飛ぶ顔なし竜を撃滅し、大樹を取り巻く虹の橋を破壊した直後――。
彼が振り回していた焔の魔剣の術式が、ぷすんと軽い音を立てて消失したからだ。
「え、ちょ、ま。燃料切れか」
「ナニヤッテルンダアッ!」
〝神剣の勇者〟と呼ばれる千年前の英雄は、好敵手たる〝黒衣の魔女〟から学んだ魔術の秘奥を元に、世界の危機に対する備えとなるカウンターを用意した。
ニーダルが契約したシステム・レーヴァテインこそ、勇者が遺した第一位級契約神器レーヴァテインの複製術式だ。
高位神器とも互角に戦える強力無比な力を秘める反面……。
使用者にかかる負担と魔力の消費が極悪という、露骨な欠点を抱えていた。
そのようにピーキーな魔剣を最大出力で振るい、世界樹を取り巻く虹の橋を破壊しながら、幼体とはいえ一〇〇体もの顔なし竜を撃墜すればどうなるかなんて、火を見るより明らかだろう。
ニーダルの首筋で燃える火の玉、システム・レーヴァテインが、猛然と抗議する。
「宿主ヨ、見直シテ損シタ。本番デ放送事故ナンテ、主演男優賞ドコロカ、最低助演男優賞モノダゾ」
「おう、レーヴァテイン。そのツッコミ、後輩っぽくてイイネ」
「言ッテル場合カア!」
ニーダルとレーヴァテインは、呑気に漫才に興じていたが、邪竜ファヴニルの巫女たるレベッカが見逃すはずもない。
「アハハハっ、ワタシが見た未来の通りっ、ファヴニル様による世界の滅亡と創造こそが正しい結末ですわ!」
レベッカは岩盤の上で燃えるような赤髪を振り乱し、藤色のカクテルドレスに包まれた妖艶な肉体を歓喜に震わせた。
彼女は狂ったように高笑いをあげながら、一辺五〇〇mの逆三角錐型の飛行要塞〝千蛇砦〟を駆り立て……。
「くたばり遊ばせ、旧世界の守護者。ワタシは阿鼻叫喚の絶望に満ちた地獄を手に入れますわ!」
黄金の首飾りに両手を添えるや、岩盤上に設置された蛇型砲台から、馬車程もある大きさの氷弾を次々と吐き出した。
「ぐっ、デカい弾丸だが、お嬢さん。昔の人はこう言ったという。当たらなければ、どうということは無い!」
「もちろん全てが誘導弾。いまやファヴニル様と一体となったソフィお姉さまの力で、砲台には追尾魔術を付与していますわ」
ニーダルが指摘した通り、どんな強力な攻撃でも命中しなければ無傷だが、生憎とここは魔法の存在する世界だ。
蛇像が吐き出す氷の砲弾は群れをなし、箒星か納豆のように残像の糸を引きながら、ニーダルへ撃ち込まれた。
「うわああっ、少しは加減しろおっ」
「宿主、不味イゾ。異常ナ強サダ。コノママデハ後輩ノ依頼デ、世界樹ヲ壊スドコロカ、此方ガ死ヌ」
ニーダルは炎の翼と徒手空拳で抵抗するものの、赤い外套がビリビリと裂けて赤い鮮血がほとばしった。
「アハッ。これがファヴニル様と、お姉さまとワタシが紡ぐ愛の力! ニーダル・ゲレーゲンハイトもレーヴァテインを失えば恐れるに足りない。たかだか何十億人かの犠牲と引き換えに、より進歩した新世界が生まれるのです。必要な犠牲ではありませんか?」
レベッカは冷笑し、ニーダルは奥歯を噛み締める。
「知るか、片思いのストーカー占い師。滅ぼされる側からすれば、貴様達の狂った妄言に付き合う義理は無いんだよ!」
その時。
戦場となった成層圏の遥か下方。水底のように暗く厚い雲海を割って、もう一機の飛行要塞が急浮上した。
隻眼隻腕の剣客ドゥーエが操縦する飛行要塞〝清嵐砦〟だ。
オリジナルである以上、模倣品である〝千蛇砦〟に酷似しているが――。
過酷な戦闘の結果、一辺五〇〇mの逆三角錐型の岩盤には穴が空き、天守閣や観測塔、砲台といった建築物も軒並み潰れていた。
それでも、国際テロリスト団体〝赤い導家士〟が作り上げた傑作機は、降り注ぐ砲弾を受け止めて体積の半ばを失う大打撃を受けたものの、ニーダルを庇う盾の役目を果たしてみせた。
「へえ。お前の刀とドレッドロックスヘアは覚えているぜ。〝神剣の勇者〟の血を引く末裔のお出ましか。意外な援軍じゃないか。クロードの人徳かなあ」
「ああ、クロードに頼まれたからココに来た。でなきゃ、お前なんぞに手を貸すものか」
ニーダルが邪気のない顔でニカッと微笑むと、因縁深いドゥーエは苛立たしげにそっぽを向いた。
赤い外套をまとった冒険者も、隻眼隻腕の剣客にそれ以上こだわることなく、邪竜の巫女に向けて手を差し伸べた。
「レベッカ・エングホルム。どんな素敵な世界も、俺の大切な娘や後輩、愛する女達の命には釣り合わない。そんなユメのない戦いよりも、今からベッドで俺と付き合わない? 新世界よりも甘い一夜を約束するよ」
ニーダルは片目を閉じてウインクし、レベッカを口説き始めた。
「死ね。ワタシが愛するのはお姉さまだけだ」
「ニーダル。お前の好みはおかしいぞ」
が、当然のことながら、反応は散々だった。
「おい、趣味極悪ナンパ野郎。お前がレーヴァテインに呪われた責任は、〝赤い導家士〟に参加したオレにもある。だから、パチモンの飛行要塞とメンヘラ占い師の相手はオレがしよう。世界樹を破壊できないなら、〝この刀を抜いて〟クロードに持って行ってくれ」
「正直言うと、俺もお前のことは信じられない。でも、何か策があるんだな?」
ニーダルは、ドゥーエが空中に投じた鎖で厳重に縛られた刀を受け止め、素直に鎖を外して抜いてしまった。
「ああ。そのままじゃクロードには、渡せないんだ。なにせその刀は、普通の奴が抜くと死んじまうからな。カカカ」
「はあ?」
ドゥーエからすれば、戦友たるクロードはともかく、ニーダルは処分しておきたい危険な存在だ。
妖刀ムラマサに潜む悪意、並行世界を滅ぼした〝四奸六賊〟の呪詛が虫のように這い出て、ニーダルの精神と肉体を侵そうとしたが……。
『不法侵入者はお断りだ。滅殺!』
『お前も変わらんだろうが! おい、やめろ。偉大なる我らがこんな平行世界で、ぎゃあああっ』
ニーダルに寄生する炎の呪いが先住権を主張し、飛んで火に入る夏の虫とばかりに、ムラマサの中に巣くう便所のカビじみた悪意を焼却、浄化してみせた。
「といっても、元から凶悪な呪いに憑かれてるお前ならどうってことないだろ」
「ふふふ、その通り、伊達に一〇年同居していないぜ。って、この死に損ない野郎、俺を蚊取り線香代わりにしたな。あとで絶対にぶちのめしてやる!」
一千年前、世界を守護した〝神剣の勇者〟の技を継ぐニーダルと、血を伝えるドゥーエ。
「「でも、クロードの為だ。ここは譲ってやる!」」
彼らの仲は著しく悪かったが、幸いなことに目的だけは一致していた。
「千年前に〝グリタヘイズの龍神〟を助けられなかった〝神剣の勇者〟の縁者なんて、世界樹にも悪徳貴族の元へも行かせるものですか。ファヴニル様は〝ここにいる〟。ならば、ワタシは勇者をも凌駕しますわ!」
レベッカは黄金の首飾りを抱きしめて、無数の砲台を操った。
そう。良きにつけ悪しきにつけ、〝神剣の勇者〟に因縁を持つ者は、二人だけではなかったのだ。
あとがき
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