第533話 ニーダル 対 レベッカ
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復興暦一一一二年/共和国暦一〇〇六年 晩樹の月(一二月)一四日の丑三つ時。
三白眼の細身青年クロードと、全長三〇mもの巨大竜ファヴニルが殴り合う、マラヤ半島とヴァルノー島の海上から、はるか上空五〇キロの成層圏。
第一位契約神器となったファヴニルが、世界滅亡という願いを叶える為に召喚した、宇宙を衝く世界樹と大樹を取り巻く虹の橋を巡って……。
赤い外套の冒険者ニーダル・ゲレーゲンハイトと、邪竜の巫女レベッカ・エングホルムの手勢が激しく衝突していた。
「お嬢さん。その瞳を見るに、巫覡の力だろう? 一〇年も戦っていれば、珍しい生まれの異能者ともぶつかるさ。貴女もその目で余計な世界や未来を観て、壊れたクチかい?」
「ワタシは、真実に目覚めたんだ。壊れてなんていない!」
ニーダルは一〇〇mを超える巨大な焔の剣を丸太のように振り回して、虹の橋と世界樹を斬り倒そうと試み。
レベッカは、そうはさせじと一辺五〇〇mの逆ピラミッド型要塞から、自立戦闘する飛行大太刀や蝿型バイオロイドを指揮して対抗する。
「そう。ワタシはあらゆる平行世界を観測し、検証して思い知ったの。人の本質は邪悪だ。だから、無意味な規則や道徳で縛る旧世界はファヴニル様に焼かれ、自由な新世界に至るべきなのよ」
「お嬢さんがどんな酷い光景を見て、どんな辛い目にあったか、俺にはわからない。でも極端な状況でくだす、極端な決断は、やっぱり極端なんだよ」
激昂するレベッカとは対照的に、ニーダルは冷静沈着に大太刀を踏み砕き、蠅兵士の首を蹴り落とした。
同時に振り回す焔の大剣は、虹の橋をもはや半ば以上破壊している。
「たとえば、こいつ。システム・レーヴァテインなんて、まさにその具体例だ。戦争や惨劇にばかり駆り出されたから、〝人類を滅ぼして、世界を平和にしよう〟なんて言い出す始末だ」
「宿主、喧嘩ヲ売ッテイルノカ。ソウナンダナ!」
ニーダルが揶揄すると、彼の首筋で燃える灯火、システム・レーヴァテインの意志が反発するようにパチパチと弾けた。
「ドン引きする過激思想ですわね。ワタシもファヴニル様も、新世界では人類を滅ぼすつもりなんてありませんわ。ただ望ましいように管理して、愛するだけ」
ニーダルとレーヴァテインは、大太刀と蠅兵士を全滅させることに成功するも、息つく暇は与えられない。
「……ニーダル・ゲレーゲンハイト。ワタシは〝貴方のような愚か者〟が此処に来ることを知っていたし、ワタシが打ち倒す未来も視えている。前哨戦はもう十分でしょう。育成途中の幼体ですが、攻撃力に差支えなし。第二陣、突撃なさい!」
レベッカの命令に従い、全長一mほどの目鼻が欠けて顔のない白蛇一〇〇体が、吹雪の翼を広げて殺到したからだ。
ニーダルは、担いだ炎の柱で受け止めようとするも――。
燃え盛る焔は吹雪の氷雪に相殺されて、プスプスと煙をあげながら消え始めたではないか?
「おいレーヴァテイン。この丸太は湿気ってるよ、防水塗料を持ってきてくれ」
「ダカラ丸太デハナイト……。マズイ、コノ吹雪ノ翼ハ我ト同種ノ存在ダ。〝赤い導家士〟ノ死ニ損ナイ、ロジオン・ドロフェーエフ、ガ使ウ〝第二の魔剣〟ニ続ク〝第三の魔剣〟か!?」
ニーダルは、焔の大剣を防御に用いつつ足技で迎撃を試みた。
だが、敵の数は多く一匹二匹を潰したところで、システム・ニーズヘッグの猛攻は止まらない。
『無敵の英雄になりたい』
『力を与えろ、奪わせろ』
『いっそ誰もが不幸になればいい』
幼体であればこそより純粋な、ニーズヘッグ一〇〇体による呪詛が、高城悠生という仮面を被った、呪いの燃え滓に染み込んでゆく。
「ねえ、高城悠生さん。ワタシのことをどうこう言いましたけれど、アナタこそ壊れているじゃありませんか?」
レベッカが甘ったるい声で問いかけるも、ニーダルは否定しなかった。
「ワタシ、貴方の過去を調べましたわ。およそ一〇年前、ガートランド聖王国で国際テロリスト団体〝赤い導家士〟の思想にかぶれた将校が蜂起し、貴方は民衆を守る為にレプリカ・レーヴァテインと契約した。そうでしょう?」
赤い外套をまとった男は十重二十重に包囲された窮地でなお、黄金の首輪と藤色のカクテルドレスで飾った少女に対し、悪戯っぽく笑顔を浮かべた。
「お嬢さん、嬉しいね。ひょっとして俺のファンなのかい? だったら戦うよりもさ、酒場で一杯飲まないか?」
クロードやファヴニルのような痩せ我慢でなく、ニーダルの場にそぐわない表情は、およそ血の通った行動から乖離していた。
レベッカは原因を調べ上げている。彼の表面的なキャラクター性は、失われた高城悠生を模倣しただけの、〝演技〟に過ぎないのだ。
「けれど聖王国は、呪われた貴方を危険視して、罪を着せて追放した。馬鹿馬鹿しいじゃありませんの? そんな呪いに付き合う理由なんて無いでしょう?」
「ヤ、宿主……」
ニーダルは仁王立ちしたまま、防御すらままならずに、一〇〇体もの顔なし竜が浴びせる呪詛に打ちのめされていた。
呪いは体と心を汚染し、演技の仮面が砕けて、壊れた本質があらわになる。
しかし。
「悪いね、〝レベッカさん〟。戦う理由は俺が決めるよ。レーヴァテイン、なにをしょげているんだ。確かに今のお前は〝平和のために人類死ね〟とか迷走しているけれど」
異世界から来た青年は、一〇年に亘る付き合いで、相棒たる呪いのことを誰よりも知っていた。
神剣の勇者が終末戦争阻止のカウンターとして創り上げて一〇〇〇年。
人類は破滅の淵から復興し、なにもかもが変わり果てた。
遺志も受け継がれて変質し、それでも変わらない意思がある。
「それでも、お前は後輩って俺の記憶を戻してまで、世界の破滅を止めに来た。俺はお前に託された祈りが、この蛇達とは違うって信じているよ」
「ヤ、宿主ヨ、我ト共ニ戦ッテクレルノカ?」
「ばーか! お前と契約を結んだ日から、俺たちは一蓮托生だっ」
レベッカは青く輝く瞳、異なる世界すらも覗き込む魔眼の持ち主だからこそ、理解した。
今、彼女の瞳が映す男は、ニーダル・ゲレーゲンハイトではなく、呪いに焼かれたはずの高城悠生だ。
「やはり、こいつも忌まわしい悪徳貴族の身内ってことか。ムカつきますわ。この偽善者があっ」
「〝お嬢さん〟、せっかくの笑顔が台無しだ。笑って笑って」
タカシロの意識は、長く維持できないらしい。
それでもニーダルは、先程よりも自然な表情で、空飛ぶ蛇の群れを殲滅。
炎の柱めいた大剣を台風の如く振り回して、虹の橋を完全に破壊した。
されど、肝心要の世界樹を伐採する前に、燃え盛る焔はプスンという軽い音を立てて消失した。
「え、ちょ、ま。燃料切れか」
「ナニヤッテルンダア!?」
あとがき
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