第532話 演劇部長、再び
532
復興暦一一一二年/共和国暦一〇〇六年 晩樹の月(一二月)一四日未明。
西部連邦人民共和国の冒険者ニーダル・ゲレーゲンハイトは、演劇部の後輩クロードから依頼を受けた。
その内容は、第一位級契約神器に進化した邪竜ファヴニルが接触、世界を滅ぼすことを阻止するために――。
マラヤディヴァ国に跨がる高空に出現した〝宇宙を衝く世界樹〟と、〝大樹を取り巻く虹の橋〟を破壊することだ。
「そら見ろレーヴァテイン。小鳥遊蔵人はデキた後輩だからな。クソトカゲの陰謀を粉砕し、マラヤディヴァ国の問題も見事に解決してみせた。その上、先輩にも見せ場を用意してくれるのさ!」
ニーダルは、クロードが演じ抜いた舞台に感嘆して、喝采する。
彼は後輩の期待に応えるために、黒い長髪をなびかせながら風を切り、紅い外套をまとう背の空間から生えた炎の翼をはためかせ、高く高く空を飛んだ。
「終わりの太刀――〝始まりの焔〟」
クロードの先輩、高城悠生に取り憑いた、一〇〇〇年続く呪いの炎翼〝システム・レーヴァテイン〟もまた、使い手の歓喜に同調するように全性能を発揮した。
地球のロケットに負けない速度で、高度五〇kmを突破して成層圏に到達し、世界樹の麓までたどり着くや……。
ニーダルの両手に一〇〇mにも及ぶ炎の剣、むしろ火柱を生み出して、七色に輝く光の橋を焼却して解体を始めた。
「よしいいぞ、レーヴァテイン。攻城戦の基本は破城槌、つまり丸太だ。大抵のトラブルは丸太で解決する」
「ワレハ丸太デハナク焔ダ。宿主ヨ、油断スルナ。〝第一位級契約神器〟ガ〝世界樹〟ニ接触スレバ、〝世界改変ガ可能トナル〟ノダ。当然、敵ガイルゾ!」
ニーダルが意気揚々と焔の大剣を振り回していると、相棒たる焔が首筋でパチリと燃えて警告を発した。
「ええ、ええ。万が一の為に待ち伏せしていて正解でしたわ。ニーダル・ゲレーゲンハイト、生憎とファヴニル様は取り込み中のため、招かれざるお客様は巫女であるワタシ、レベッカ・エングホルムが御相手しますわ」
一辺五〇〇mの逆ピラミッド型の岩盤に天守閣の付いた砦を築き、無数の砲塔で武装した飛行要塞が、虹の影からゆっくりと姿を見せた。
飛行要塞の全体像は、エカルド・ベックが領都レーフォンの戦いで喪失した〝桃火砦〟や、ドゥーエがイオーシフ・ヴォローニンから受け継いだ〝清嵐砦〟にそっくりだった。
「この要塞こそは、大陸中を震撼させた国際テロリスト団体〝赤い導家士〟の遺産を解析し、ファヴニル様が作り上げた第四位級契約神器・飛行要塞〝千蛇砦〟。貴方もこの要塞の強さはご存知でしょう?」
邪竜の巫女レベッカ・エングホルムは、炎のような赤髪を風で逆立て、緋色の瞳を赤々と輝かせながら、豊満な胸を見せつけるようにニーダルを威圧した。
が、ニーダルは要塞にまるで興味を示さず、むしろレベッカがつけた黄金の首輪の下、藤色のカクテルドレスに包まれてなお燦然と自己主張する、胸の大きさに圧倒されていた。
彼は邪竜の巫女が誇る豊かな膨らみに視線を釘付けにしたまま、上半身を猫背に曲げて両手で顔を覆う。
「ああ。がっくりだよ、お嬢さん。せっかくキミとの初デートなのに、電波野郎達が作った城のパチモノだなんて、ムード台無しじゃないか!」
「このセクハラ男、どこを見ながら言っているのです。ドゥーエと同じくらいムカつきますわ。死になさい!」
レベッカが白く細い手を振るや、飛行要塞の逆三角錐型岩盤に設置された通用扉が開き……。
全長一〇mの空飛ぶ大太刀と、甲殻類に似た鎧を身につけた蝿型人造兵士が、蜂の巣をつついたようにワラワラと飛び出してきた。
「ム? 照合ニ一致スル記録ナシ、ドウヤラ異世界由来ノ技術ダゾ!」
「へえ、でっかい太刀に、蝿と海産物の合成物か。俺たちの常識から離れた美しさ。他所の世界も浪漫があるね」
ニーダルは預かり知らぬことだが、クロードとアリスが倒した、異世界の狂魔科学者ドクター・ビーストの遺産の一部を、横取りしたものである。
「いいじゃないか、お嬢さん。あの邪竜にしちゃ良いセンスだ!」
「宿主ヨ。マタ正気試験ニ失敗シタノカ? 戦闘ニ支障ガ出ルノハ困ルゾ」
「おいおい、レーヴァテイン。俺はいつも通りの絶好調よ? さあお嬢さん、俺の美技に注目だ。ホイ、ソラ、アチョー!」
ニーダル・ゲレーゲンハイトは、空を変幻自在に動く大ぶりな刃と、装甲に包まれた空飛ぶ兵士に対し、デタラメなかけ声をあげて蹴りかかった。
「なにが美技よ、馬鹿なひとっ。この世界からは、素手格闘技術が失われて久しい。カリヤ・シュテンのような異世界人ならいざ知らず、そんな見かけ倒しの技が通用するものですかっ」
「カリヤ? ああ、ちゃんと覚えてないけど、この技はたぶんソレだ。お嬢さん、何を隠そう、俺はクロードの先輩なんだぜ!」
ニーダル自身は、呪いで記憶が曖昧になっているが――。
彼の格闘術は、高城少年が学んだ日本拳法を土台に、シュテンの遠い親戚である友人カリヤ・コノエの護身術で磨かれ、更に召喚されたガートランド王国の槍術でアレンジされたものである。
一〇年以上の遺跡探索と、西部連邦人民共和国の佞臣軍閥〝四奸六賊〟との戦闘で鍛え抜かれた蹴撃は、大太刀を容易く砕き、海産物系蠅男の頭を割って、死体も焔で焼き尽くした。
「ふははははっ。マーシャルアーツキックこそ戦闘の華と知るがいいっ」
「知ッテイルゾ。ソウイウ裏技ハ、遊戯規則ガ更新サレテ、埋没スルンダ」
「訳のわからないことをつらつらと。小憎らしい悪徳貴族の関係者め。異世界人なら、この世界に関わるんじゃないっ」
「いやいやお嬢さん、異世界の技術を使って、いや〝覗き見て〟か。その理屈は通らない。毒は毒を以て制するまでさ」
ニーダルの軽口に、レベッカの顔がひきつった。彼女の血を連想させる赤い瞳は、青い光を発して輝いていた。
「ニーダル・ゲレーゲンハイト。なぜ、ワタシの秘密を知っているのっ!?」
「お嬢さん。その瞳を見るに、巫覡の力だろう? 一〇年も戦っていれば、珍しい生まれの異能者ともぶつかるさ。貴女もその目で余計な世界や未来を観て、壊れたクチかい?」
「ワタシは、真実に目覚めたんだ。壊れてなんていない!」
あとがき
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