第530話 邪竜の切り札
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復興暦一一一二年/共和国暦一〇〇六年 晩樹の月(一二月)一三日日没。
最後の顔なし竜を打倒したクロードは、邪竜ファヴニルの襲撃を受けた。
三白眼の細身青年は、心通わせた少女達。青髪の侍女レア、金色の虎耳少女アリス、薄墨色髪の姫将軍セイと力を合わせて、歪められた時間の流れを正常に戻した。
「ファヴニルめ、とんでもない切り札を隠していたな。あんな抜け道を使って、世界を滅ぼすなんて思わなかった」
クロードと彼のパートナーたるレアこと、第三位級契約神器レギン同様に、宿敵たるファヴニルの全力稼働能力は〝一定範囲〟の時間の巻き戻しだ。
邪悪なる竜は、第一位級契約神器に進化することで、巻き戻しにとどまらない時間干渉が可能となり、範囲制限も取っ払って、〝惑星規模〟で時間の流れを狂わせたらしい。
そうなってしまえば、もはや世界滅亡と同義だろう。
「とう、りょう、どの?」
クロードに抱かれたセイが、葡萄色の瞳をぱちぱちと瞬かせながら首を傾げる。
「ざあざあって波の音が聞こえる。潮の匂いがする。ここは、海の上なのか?」
「うん。島影に見覚えがある。ファヴニルが何かをやった余波で、マラヤ半島とヴァルノー島の狭間にある海に飛ばされたらしい。大丈夫、僕はここにいるし」
クロードは戦いで傷ついた手で、セイの白皙の頬を優しく撫でた。
「御主人さま、セイさん。お待たせしました」
「セイちゃん、クロード。たぬとガッちゃんもいるたぬよ」
クロードとセイの二人は、サメによく似た空飛ぶゴーレムの上で、ボロボロと涙を流す青髪の侍女と、金色の獣耳少女に抱きしめられていた。
レアは桜貝の髪留めをつけたメイド姿で、アリスは契約神器であるガルムが変化した銀色の鎧を身につけている。
「レア、アリス。助かった。今乗っているのは、ショーコが改造した(自称クジラ型の)サメ型飛行ゴーレムだね。早目に来てくれたのか」
「いいえ、御主人さま。現在時刻は一四日の〇時です」
「「え? たった今、太陽が沈んだばかりじゃ?」」
クロードとセイは、唖然として互いの顔を見合わせた。
「クロードとセイちゃん。それに海上のファヴニルは、エカルド・ベックを倒してすぐに行方不明になったぬ」
「私とアリスさんもドゥーエ様から急報を受けた後、この〝クジラちゃん一号〟が感知した生命反応を辿って、此方に参ったのです。彼も作戦通りに行動中とのことですが、御主人さまとセイさんが無事でよかった」
クロードとセイが天上を見上げると、確かに月の位置がまるで違った。
「クローディアス、わからないかい? 辻褄合わせだよ」
そして月の光が照らしだす波上では、宿敵たるファヴニルがいた。
全長三〇mにも及ぶ機械と生身の肉体が混じるトカゲめいた巨体は、銀と緑の二重の鱗に守られている。
邪悪なる竜は、姿勢制御用らしい六枚翼をせわしなく動かし、尾や脚部についたロケットに似た噴射口に火を灯し、威圧感たっぷりに浮遊していた。
人工宝石にも似た視覚素子が闇夜に赤く光って、クロード一行を映し出す。
「ボクが時空間を壊して、キミが治した。その結果――ボクとキミがこの世界から六時間消えていた――という形で修繕したんだろう」
クロードを捜索中の大同盟軍艦隊も、巨大な邪竜を視認したらしい。
発砲音が鳴り響き、遠方から放たれた銃弾や砲弾が着弾したが、ファヴニルの磨き上げられた銀と緑の鱗には傷ひとつ付けられない。
「自然法則や概念さえも自由に書き換える。これが、第一位級契約神器か!」
クロードは高揚し、戦慄した。
一〇〇〇年前には、〝神剣の勇者〟や〝黒衣の魔女〟といった英雄達が遠慮なく力を振るったのだ。
そりゃあ複数の大陸だって沈むし、地上と地下に魔物だって蔓延るし、人口が戦前の五パーセント未満まで減少もする。
「クローディアス、キミはよくやった。世界滅亡を六時間も先に延ばしたんだ。旧世界への義理は十分に果たしただろう?」
ファヴニルが天を仰ぐように前肢を広げるや、海原から七色の光が広がった。
西のマラヤ半島と東のヴォルノー島で、山鳴りにも似た悲鳴があがる。
「壊れた時の世界で見た、虹の橋か?」
「そんな、世界樹が降臨するというのですか! お兄さまは、本気で世界を滅ぼすおつもりですか?」
おそらくは、ここまでがファヴニルの切り札だったのだろう。
時の流れが正常化したことで、マラヤディヴァ国の陸と海をまたにかけ、虹の橋と世界樹が再び出現したのだ。
「クローディアス。ボクは勝者としてキミを讃えよう。キミこそ我が盟約者に相応しい。世界樹は降臨し、第一位級契約神器たるボクもここにいる。用済みの三匹の泥棒猫とは手を切って、ボクと新世界へ新婚旅行に出かけようじゃないか」
クロードは首を横に振り、ファヴニルのプロポーズを拒絶した。
「ファヴニル、お断りだ。僕はレアを、アリスを、セイを、ソフィを愛している。僕が守りたいのは、このマラヤディヴァ国とこの世界だ。お前の創ろうとする新世界なんかじゃない!」
あとがき
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