第528話 世界の終わり
528
復興暦一一一二年/共和国暦一〇〇六年 晩樹の月(一二月)一三日夜。
クロードとセイは、邪竜ファヴニルが蘇らせた最後の死者、エカルド・ベックを再び葬り――。
大同盟は、大地から魔力を奪う一〇基の〝禍津の塔〟を破壊し、天空への道を阻む〝顔なし竜〟の殲滅に成功した。
「やったぞ、セイ」
「ああ、私達の勝利だ」
三白眼の細身青年クロードと薄墨色髪の和装少女セイは、歓声の響き渡る平原で抱擁し、唇を重ねた。
「セイ、飛行要塞に乗り込んで、ドゥーエさん達と合流しよう。今度こそ、ファヴニルの馬鹿と決着をつけるんだ」
クロードは柔らかく暖かな感触に相好を崩して、星の光が注ぐ夜空を指差して得意満面に告げるも――。
「クローディアス、決着の必要なんて無いよ。なぜならもうついているからね」
薄闇の中で、懐かしく、恐ろしい声が響いた。
「棟梁殿。逃げろっ」
セイは形相を変えて、愛する男を突き飛ばそうとしたが……。
次の瞬間。大量のガラスが砕けるような音が響いて、世界が歪む。
「セイ、どうしたんだ。なんだ、いったい何が起こっている?」
クロードが触れるセイの唇、握った手とから、温もりが感じられなくなった。
うるさいほどに響いていた兵器の稼働音や、兵士たちの歓声も聞こえない。
鳥や虫は沈黙し、星の光さえもぼやけて固まっている。
「やあクローディアス。三日ぶりだね」
「ファヴニル! お前、空に居たんじゃないのか?」
そればかりか、クロードが振り返ると、幼い悪魔が微笑んでいた。
彼の華奢な輪郭は、まるで乙女か妖精のようで、金銀の糸で織られたシャツは羽衣のように舞い、星光を浴びて戦場跡に立つ様子は、ひどく幻想的で魅惑的だった。
「レア、緊急事態だ。こっちに来てくれ!」
クロードは、パートナーたる契約神器の少女に呼びかけるも、返事は無い。
それどころか、先ほどまで確かに感じていた魔力的な繋がりが消えている。
「ファヴニル。お前はいったい何をした?」
「クローディアス、混乱しているんだね、無理もない。それでこそサプライズプレゼントを企画した甲斐があった」
クロードは身動きしないセイを抱きしめながら、ファヴニルに刀を向けたものの――。
悪魔は頬を染めて、愛らしいキューピッドが矢を射るように、投げキスをした。
「ファヴニル。御託はいいから、何をしに来たか答えろ」
もっとも、クロードという的からは、さっぱり外れていた。
「敢えて言うなら、後始末と総仕上げだよ。エカルド・ベックは、司令官としては二流だったろう?」
「確かに、お前が用意したニーズヘッグの軍勢は、僕達を圧殺するに充分な戦力だった。生かせなかったのは、ベックがあまりに自分本位だったからだ」
クロードは、ここまで乗り越えてきたニーズヘッグとの戦いを振り返った。
戦闘能力であれば、レーベンヒェルム領で戦ったイーヴォ・ブルックリンや、ヴァリン領で交戦した〝毒尸鬼隊〟のカミル・シャハト。
総合能力であれば、ナンド領でヴォルノー島の全戦力を単騎で翻弄した、イオーシフ・ヴォローニンが勝るだろう。
「辛口だなあ。でもね、ベックは詐欺師、煽動家としての手腕はちょっとしたものだよ。何より物事を台無しにするのにかけては、超一流なんだ」
クロードは、悪寒に背を震わせた。
ファヴニルの口ぶりは、あたかもベックの敗北を、確信していたように聞こえたからだ。
「ねえ、クローディアス。きっと誰もが英雄になることを望んでいる。より良い生活が欲しい、より高い名誉が欲しい。より強い暴力が欲しい。どうして自分には与えられない? 救われないのなら、いっそ誰もが不幸になればいい。第三の魔剣システム・ニーズヘッグは、そういった誰もが持つ『いのりとのろい』から生まれたんだ」
クロードは、この三日間で戦った死者の軍勢を思い返した。
蘇った者たちは、誰も彼もが強大無比な力に溺れ、欲望のままに暴れていた。あたかも世界に復讐するように。
例外は、友情に生命を賭したイオーシフ・ヴォローニンくらいだろう。
「ニーズヘッグとは、原初神話において、世界樹の根を噛む蛇の群れのこと、か」
「そうとも、クローディアス。良く覚えていたね。だったら、こうは思わないかい? ニーズヘッグが生まれて死ぬ場所とは、世界樹の根に他ならないって。つまり、ここマラヤディヴァ国のことさ」
ファヴニルは血のように赤い瞳を柔和に細め、白魚のような五本の指を広げて、ゆっくりと両手を挙げた。
時が止まったかのような静寂な世界で、大気が震え大地が唸りをあげた。
「なんだこの振動、いや光はっ?」
クロードの眼前で、夜空を覆い尽くすように、七色の光り輝く虹が幾重にも重なって伸び……。
その最奥では、マラヤ半島とヴァルノー島にまたがるように、宇宙に達する巨大なトネリコ樹の幻影が直立している。
「いつか夢で見た。いや、オッテルが見せてくれた、千年前の動画にあった世界樹と虹の橋か!?」
「そうとも。ボクの目的は第一位級契約神器への進化と世界樹への到達だ。その為に必要な儀式を遂行する為に、ネオジェネシスとニーズヘッグを生み出した」
クロードは、人形のように冷たいセイを抱きしめたまま、血が熱く燃えるのを感じた。
「じゃあ何か。僕たちの抵抗すらも、お前が準備した脚本通りだったとでも言うのか」
「クローディアス。礼を言うよ、手伝ってくれてありがとう。よくあの蛇どもを葬ってくれた」
クロードは拳を固く握りしめて、歯を剥きだしにした。
「クソが。お前は、ブロルさんやベック達に、負ける為の力を与えたのかよ?」
「まさか。そんな手抜きなんてするものか。彼らが勝ったなら、ボク自身の手で殺して、ちゃんと計画を成就させたさ」
ファヴニルは頬を上気させて、クロードに向かって艶然と微笑んだ。
「でも、クローディアス。キミならば、必ずすべての〝顔なし竜〟を討ち滅ぼすと信じていたよ。ボクの大切な黄金、最愛のドラゴンスレイヤー。ご褒美に、ボクと世界の半分をあげるよ」
あとがき
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