第526話 嘘と真実
526
復興暦一一一二年/共和国暦一〇〇六年 晩樹の月(一二月)一三日日没。
三白眼の細身青年クロードと、薄墨色の髪の和装少女セイ。
白馬に二人乗りした彼や彼女と志を同じくする仲間たちは、全長一〇キロを超える超巨大怪物〝血の湖〟に変身したエカルド・ベックを圧倒していた。
「GAAAA!? なぜダ、こンな雑魚どもに、どうして負けるっ。領都レーフォンでは勝っていタものをっ」
「ニーズヘッグが持つ魔力喰らいの特性と、お前の要塞構築術は脅威だった。だから事前に準備したまでだ」
「ベック。棟梁殿も私も、過去のお前やアルフォンスに手痛い打撃を受けた。なぜ対応策を講じないと思ったんだ?」
クロードは白馬を操って空を駆け、セイが太刀を振るって、赤い氷雪スライムの肉塊をざっくりと切断する。
かつて初代〝血の湖〟が領南部で暴れた時も、〝最初の顔なし竜〟と初めて交戦した時も、レーベンヒェル領は甚大な被害を受けた。
その苦戦と反省こそが、ファヴニルとニーズヘッグ対策を前進させた。
ドゥーエが、イオーシフから飛行要塞を託されたのは、予期せぬ幸運だっが……。
それがなくとも、邪竜封印の結界と攻略作戦は準備完了していたのだ。
「よし、スライムの半分を潰した。このままとどめをさす」
「私達はソフィ殿を救いに行くのだ。退いてもらおう」
「GAAAAAAAAA! 認めるものか。積み上げだ。クローディアスさえ殺せば、革命が成立する。私は絶対にあきらめないいいいっ」
ベックはスライム体の半分以上を失ったことで、全長二〇mの二足歩行の竜人数百体に分裂した。
そうして一人軍団で大同盟と交戦しつつ……。
詐欺師は己が最強の武器である嘘八百で言いくるめようと、クロードの傍にいるセイを睨みつけた。
「姫将軍セイっ! 聡明な貴女ならばわかるでしょう。ただ従順に世界のカタチを受け容れるだけではいけない。誰かが不幸に満ちた現状を変える為、変革という一石を投じなければならないのです」
クロードは言葉を交わす気はなかったが、セイは葡萄色の右目をつむって合図した。
数百体の分身の中に隠れられるよりは、ベックの意識が宿る本物を引き付けた方が有利になると判断したからだ。
「ふむ、私も棟梁殿と一緒に、戦争のない静謐な世界を望んだ。現状に疑問をいだくのは結構なことだ。ベックよ、お前は何をしたいんだ?」
「世界革命ですともっ。戦いなんて間違っている。私達は分かり合えるんです。そこの諸悪の元凶たる悪徳貴族を討ち、誠意を尽くして話し合えば、世界の終末を乗りこえて、必ずや平和で豊かな未来を得られるはず!」
クロードが竜の軍勢をはたきで爆撃する中、ベックが持ちかけた薄っぺらい未来絵図に、セイは唇を一文字に結んだ。
「なるほど。世界革命とやらを実現したら、唐突に世界の終わりがなくなって、問答無用で景気がよくなり、人々が博愛精神に目覚めるのか。そんなわけがないだろう?」
クロードにとって、最初の仲間であるエリック、ブリギッタ、アンセル、ヨアヒム。
彼ら四人は領主館襲撃事件の後、〝悪徳貴族クローディアス・レーベンヒェルムを討っても、レーベンヒェルム領を取り巻く情勢は何一つ好転しない〟という事実に直面した。
ベックは人間が構築する社会が、それほど単純でない事に敢えて触れない
否、気づいているからこそ、無理矢理に単純化させて、嘘で騙そうとする。
「邪竜ファヴニルも同じだ。奴を倒すだけでは、マラヤディヴァ国を立て直せない。だからこそ、棟梁殿は三年もの間、血と汗を流したんだ。比べて、お前がやったことは何だ?」
「私には輝かしい実績があります。私は赤い導家士と西部連邦人民共和国を和解させ、ユーツ領をボトムアップし、ダヴィッド・リードホルムの農業改革に助力し、ブロル・ハリアンの夢を叶える為に知識人を集めました」
「!!」
ベックのあまりに恥知らずな発言に、クロードは怒りのあまりはたきを増やし、爆撃速度を五割増しに加速させた。
「エカルト・ベック。棟梁殿が隣にいる以上、デタラメが通じると思うな。
〝赤い導家士〟は佞臣〝四奸六賊〟の手先となって破滅した。
ユーツ領を改革しようとしたバーツ男爵は、お前達に裏切られて精神を破壊された。
〝緋色革命軍〟は、罪もない住民を強制連行したことで農業も経済も崩壊した。
ネオジェネシスは、内部に裏切り者を抱えて分断された。
なあ、ベック。貴様は、彼らとの契約や約束をいつ守ったんだ?」
セイは爆音が轟く中、戦闘に集中するクロードの意思を代弁するように、穏やかに、静かに、躊躇わずに問い詰めた。
「ベック。話し合いを望むのなら、まずは契約と約束を守るところから始めてはどうだ?」
「姫将軍セイ、貴方もわからない人ですね。契約? 約束? 〝破ったのは相手方〟で、私はむしろ被害者なんですよ! 貴方に情はないのですか? 救われなかった犠牲に報いる為に、未来志向で私の善意を受け入れて、協力すべきなんですっ」
そうして、クロードとセイは理解した。
否、とうに知っていたことを、より深く認識したというべきか。
「棟梁殿、以前からくすぶっていた違和感の正体がやっとわかった。ベックは革命を口にしても、弱者に報いる気も社会を改善する気も一切ない。口先だけの善意を言い訳に責任を他者に転嫁し、火をつけ散らすことだけが目的の火事場泥棒、いや火付け泥棒だ」
「そうだね。僕もてっきりファヴニルと組んで過去を取り戻したいくらいは言うと思っていた。ベックにとっての犠牲は商売道具に過ぎないんだ。人間の心を忘れた外道とは、彼のことだろう」
あとがき
お読みいただきありがとうございました。
応援や励ましのコメント、いいねボタンなど、お気軽にいただけると幸いです(⌒▽⌒)





