第525話 赤い導家士、最後の二人
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復興暦一一一二年/共和国暦一〇〇六年 晩樹の月(一二月)一三日。
隻眼隻腕の剣客ドゥーエは、亡き友イオーシフ・ヴォローニンに託された飛行要塞を操って、元〝同志〟エカルド・ベックが変身した、全長一〇キロはあるだろう巨大な不定形の怪物と戦っていた。
「GAAAAA! 吹雪の翼で喰えないなら直接吸収するマデっ。恐れヨ、ドゥーエ。コレこそがKAKUSEIっ! ファヴニル様に与えられた力だっ」
「ベックの野郎。〝血の湖・三体目〟って退化してるじゃないか。カッコ悪っ」
ドゥーエが乗った飛行要塞〝清嵐砦〟は、ファヴニルが建てた一〇番目の〝禍津の塔〟を破壊する為に、要塞そのものを質量弾として強行着陸させた。
飛行要塞〝清嵐砦〟は、そんな無茶を実行したにもかかわらず、特に不具合もなく戦闘を続行――。
今もまた、かき氷に苺シロップとケチャップをぶちまけたような不定形怪物が繰り出す触手攻撃を砂と金属で創りあげた複合装甲で受け止めて、要塞全体を軋ませながら岩鉄の砲台から瓦礫を射出して反撃する。
「カカカッ、がっぷり四つに組んだ大相撲ってか。さすがはイオーシフの旦那が胸を張る自信作、第四位級だっていうのに頑丈じゃないの」
大陸中を騒がせた国際テロリスト団体〝赤い導家士〟の技術の結晶が為せる技というべきか。
あるいは、これまで死んでいった同志達の霊魂が、遺産を継承した彼に味方してくれているのか?
逆ピラミッド型の飛行要塞は、天守閣を砕かれ観測塔を折られ装甲を削られようとも、決して前進を止めない。
「GAAAAAA! なぜだ、ドゥーエ。どうしてお前が飛行要塞を、清嵐砦を使っている? それは私がイオーシフから受け継ぐべきトロフィーだ!」
「除名された部外者が何を言ってやがる? イオーシフからの伝言だ。仮にも世界を救う組織の元参加者が、世界の滅亡に手を貸すんじゃない。だとよ!」
ドゥーエは黄昏の空の下、五〇〇mの飛行要塞で、一〇キロmの不定形怪物の頭頂部を無理矢理に押さえつつ叫んだ。
(実のところ迷走していたのは、お前だけじゃないんだケドな)
〝赤い導家士〟が抱いた世界救済という目的は、組織の拡大と共に醜く歪み果ててしまった。
『姉バアさん、オレも行く。世界を変えるんだ。オレは人間の手で、こんな結末を変えてみせる』
ドゥーエは、第一位級ガングニールによって滅びた並行世界から、時空の壁を越えて逃された。
彼の初心だった〝妹分を救いたい〟という祈りもいつしか歪み、正気と狂気の狭間で、革命への妄執に変貌した。
『世界を変える。宿命を変える。革命だ、革命だ、アハハハハハっ』
そんな無明の闇に囚われたドゥーエだったが、クロードやアリスと出会ったことで、自らの殻を破った。
「なあベック、オレは太陽を見つけたぞ。正気を取り戻したからこそ、他人を踏みにじり悲劇を食い物にする、そんなお前を見過ごせない」
ドゥーエは岩盤の上で、青白く輝く妖刀ムラマサを抜いて構えた。
「GAAAAAAA! 太陽とは、革命のことだ。我らが抱いた始まりの志こそが、世界を照らすのだ」
「だったら、その志とやらを今ここで言って見ろよ」
ドゥーエの問いに、ベックは答えられない。なぜなら志を裏切ったからこそ、彼はファヴニルに縋ったのだから。
「オレは、過去のイオーシフやお前たちのように、そして今のクロードのように。大切な連中が流す涙を、止められる人間になりたい」
ドゥーエが振るう刀の波紋が、真っ白な吹雪を生み出して、血の色に染まったスライム体を滅ぼしてゆく。
「だからよベック。お前を終わらせる」
ムラマサの一閃は、飛行要塞が縫い止めた赤いスライムの中央に穴を空けて、ドーナツ状に穿った。
「GAAAA。イタイ、痛い、なんてことだっ。虫ケラどもが寄せ集まって!」
ベックは、巨大な体を震わせながら悲鳴をあげた。
そう、このキャメル平原で〝血の湖〟と戦っているのは、ドゥーエだけではない。
「おうおう、ベック。お前とも一度は殴りあいたかったんじゃ。楽しいのおっ」
過去には同じ〝緋色革命軍〟に所属した〝万人敵〟ゴルト・トイフェルがまさかり片手に熊に跨がってスライムに突進、副官ジュリエッタらと共に暴れ回る。
「ええい、真っ正直に戦っていられるか。ミーナ、フォックストロット、罠を仕掛けるぞ」
〝マラヤディヴァ国で最も非常識な男〟と呼ばれるアンドルー・チョーカーは、仲間のドリスが作り上げた対ニーズヘッグ用の電撃網やら火焔筒やらをばら撒いて、スライムの体組織を破壊する。
「このベータ。亡くなった黒竜将軍ギュンターに恥じぬよう、全力で闘うぞ」
「バッツ兄さん。どうか力を貸して」
「エカルド・ベック。覚悟!」
北の戦場では、ベータが雷の拳を叩きつけ、マルグリットとラーシュも亡き親族の仇を前に奮起する。
「これが、辺境伯様やロビン達が乗り越えたという〝血の湖〟か。相手にとって不足なし! 術式――〝獅子舞〟――起動!」
「リヌス兄さんと鉄砲騎馬隊の道は、ぼくら飛行自転車隊が切り開く!」
リヌス&ロビン兄弟も大いに奮戦。
クロードと大同盟に、かつての好敵手や新たな仲間を加えたドリームチームは、三番煎じの怪物を追い詰めてゆく。
最初は一〇キロmを超えた長大な氷雪のスライムも、今では五キロm未満まで縮小していた。
道を誤ったヒトデナシは、自らの野望を阻むちっぽけな人間に殺意を向けた。
「GAAAAA。私は最強の存在となったんです。恐れなさい、慄きなさい、辺境伯め、貴方に恐怖という感情はないのですか?」
「まさかっ。僕は部長の〝第一の魔剣〟やドゥーエさんの〝第二の魔剣〟と同じくらい、お前達が使う〝第三の魔剣〟が恐ろしい。だからこそ、皆で越えるんだよ!」
あとがき
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