第523話 エカルド・ベックの罪禍と変身
523
クロードの作戦により、ドゥーエは飛行要塞を強行着陸させるという荒技で、ファヴニルが建てた一〇番目の〝禍津の塔〟を破壊した。
マラヤディヴァ国上空から暗雲が取り払われ、黄金の太陽が三日ぶりに姿を現すも……。
キャメル平原に建てられた、幅二〇キロmを超える巨大な氷雪要塞と、〝顔なし竜〟部隊は、未だ健在だ。
「塔は失ったか! しかし、ベックの為にも、お前達をファヴニルの元へは行かせん。ここで死ね!」
特に北部では、ベータやマルグリット達が要塞に接近したものの、黒竜将軍ギュンターの卓抜した防衛戦術に阻まれていた。
「ギュンター! それほどの強さを持ちながら、なぜエカルド・ベックなんかに協力するんだ?」
白髪白眼の筋肉青年ベータは部隊の先頭に立ち、黒い重装鎧をまとう将軍ギュンターを、雷をまとった拳で殴りつけながら問いただした。
「小僧、恵まれたお前にはわかるまい。報われぬ者の憤怒と悲哀をっ!」
ギュンターもまたベータに負けじと斧を振るい、鎧から無数の氷刃を生やして応戦する。
「いや、ブロル・ハリアンの盟友カリヤ・シュテンと、女男爵マルグリット・シェルクヴィスト。お前達なら共感できるかもな」
「あら、何が言いたいのかしら?」
「あのような詐欺師に共感なんてしませんっ」
ギュンターに名指しされた二人。
初老の筋肉男シュテンは、両腕に深い傷を負うも……。
女性用ビキニアーマーから伸びた毛深い足を変幻自在に操り、一〇mはあろう白大蛇を蹴り飛ばしていた。
マルグリットもまた、黄蜜色のショートヘアの下、リムレス型の眼鏡をかけた灰色の瞳に怒りを宿して黒い兵士達と斬り結んでいる。
「そうかな? オレ様はガキの頃、貴族どもに家族を殺されて、反政府組織に参加したクチだ」
ベータは父親のブロルが同様の目に遭ったことを知っていたし、シュテンは母親が理不尽に惨殺され、マルグリットも腐敗した貴族に苦しんだ経験があった。
「……入った組織の内実は酷いものだった。地方閥に学閥、果ては生まれや身体の特徴で差別する。不健康なガキの扱いなど奴隷以下だ。反政府組織を謳いながら、腐った貴族と何も変わらない!」
それゆえ、ギュンターの心からの叫びに、三人は思わず沈黙した。
「そんな汚物のような組織を改革したのが、協力団体〝赤い導家士〟から派遣されてきたベックだった」
ギュンターは語りつつも大斧を振り回し、背負った吹雪の翼を交えた連続攻撃で、ベータを切り刻んで吹き飛ばした。
「うわああっ」
「マルグリット・シェルクヴィスト。貴様にも覚えがあるのではないか? しがらみに囚われて右往左往するばかりの若手貴族達。〝カビが生えたような改革組織〟の改革を一度なりと成し遂げたのは、ベックの力だろう」
「でも、それは乗っ取っただけです!」
マルグリットが反発し軍刀で斬り込むと、ギュンターは斧の柄で払いつつも遠い目で頷いた。
「そうだな、女男爵よ、貴様の言う通りだとも。病弱だったオレ様にとっては恩人だが、ベックのやったことは、客観的に見て組織の乗っ取りだ」
黒竜将軍は身体を低く沈めるや、力任せのショルダータックルで女男爵を弾き飛ばそうと試みた。
「ベックは、そうやって同志を増やし出資者を集め〝赤い導家士〟を際限なく拡大させて、奴の夢を終わらせたのだよ」
「マル姉をやらせるか!」
しかし、間一髪でマルグリットの婚約者ラーシュが神器の力で加速して救出――。
「首狩りギュンター、お前の言うことはちっともわからない。あの詐欺師が、実は凄いヤツだって自慢したいのか?」
「弱いガキは引っ込んでろ」
――勢いに任せて、ギュンターに殴りかかるも、斧の一撃で吹き飛ばされる。
「違うの、ラーシュ君。〝そういう組織〟は拡大すれば良いわけじゃないの」
「なるほど、たしかにワタシとマルグリットちゃんには、身のつまされる話ね」
ラーシュは彼を抱きとめたマルグリットと、防衛に入ったシュテンが肯定するのを聞いて、思わず言葉を失った。
「皆、思い出してちょうだい。ワタシ達には負けられない理由があるでしょう?」
シュテンが大声で呼びかけるや、ギュンターら黒竜将軍部隊に押されていた大同盟兵士達は口々に想いを叫んだ。
ある者は邪竜への憤怒を。
ある者は家族への愛情を。
ある者は国主への忠誠を。
ある者は明日への希望を。
「だったら諦めないでっ。もう少しだけ踏ん張るのよ!」
「「わかったぜ。うおおおっ」」
空元気かも知れないが、大同盟兵士達の武器を握る手にわずかな力が戻る。
「聞こえた? ラーシュ君。ここに集まった皆は、ばらばらだけど同じ方角を向いているの。辺境伯様がまとめた大同盟の理念はその集約、〝邪竜を討ち、国主を象徴とする法治国家を開くこと〟よ」
シュテンの呼びかけにラーシュは戸惑い、ギュンターはやっかむように舌を鳴らした。
「まったく、羨ましいことだ」
「〝赤い導家士〟には、組織としての理念がないワ。いいえ、本来あった〝世界を救う〟という目的が、革命という手段にとって変わられて、最後は私欲を満たすための方便に成り果てた」
世界救済を目指した組織は、無秩序な拡大によって変質し、結成時の本質を見失ってしまった。
「黒竜将軍ギュンター、貴方の言葉で確信できた。〝赤い導家士〟が目的を見失い、烏合の衆に成り果てた原因は、エカルド・ベックだったのネ」
寂しげなシュテンの弾劾は、氷雪要塞にわずかに残った盗聴器を通じてベックの耳にも届いていた。
「違う、違うんだ。私じゃない。私は間違っていない。誰だ、誰が悪いんだ?」
ゴーレムと要塞を操る本体。真なるエカルト・ベックは、情報のフィードバックに耐えきれず赤い血を吐きだした。
「くろーでぃあすっ、お前の、お前のせいだああっ」
太陽が西の海に沈む中。
ベックは血走った目でクロードを見つめ、自ら定めた呪詛を口にした。
「刮目せよ。終焉の告知者。世界樹の仇。万象が平伏す偉大なる咆哮を!
暴食機構 |はじまりにしておわりの蛇雪 ――変造――」
雪が、降った。
風が、吹いた。
嵐が、巻き起こった。
「悪徳貴族め、お前が全てを狂わせた。ファヴニル様がいる空へなど、行かせるものか。ころす、コロス、殺す。殺してやるぞおおっ」
エカルド・ベックは、背から生み出した吹雪の翼を広げて、赤い鎧を身につけた親衛隊員や、自ら築いた巨大氷雪要塞すらも喰らい始めた。
「「ベック司令、これはいったい? ぎゃあああっ」」
「あははは、あーっはははっは」
ベックは仲間であったはずの親衛隊すらも飲み込んで一体化し、新たな生命として再誕生した。
全長は一〇キロ以上だろうか? たらいに入ったかき氷に、苺シロップとケチャップをぶちまけたような不定形の怪物が、高笑いをあげながら咆哮する。
「〝血の湖・三体目〟かよ。ロビン君とリヌスさんは、鉄砲騎馬隊と飛行自転車部隊を連れて北のベータ達と合流してくれ。セイも」
「棟梁殿、分担はこのままだ。ファヴニルとの決戦前に、ベックを討って後顧の憂いを断つ。私と貴方で奴を倒すぞ!」
あとがき
お読みいただきありがとうございました。
応援や励ましのコメント、いいねボタンなど、お気軽にいただけると幸いです(⌒▽⌒)