第522話 一〇番目の塔破壊と要塞決戦
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復興暦一一一二年/共和国暦一〇〇六年 晩樹の月(一二月)一三日。黄金の太陽が西の空に沈む頃……。
クロードら大同盟は、邪竜ファヴニルが大地から魔力を奪う為に建て、エカルド・ベック達〝蘇った死人竜〟が守る、一〇番目の〝禍津の塔〟を前代未聞の攻撃手段で奇襲した。
「ベック、邪竜と見る悪い夢は終わりだ。いい加減目を覚ますんだなっ」
隻眼隻腕の剣客ドゥーエは、友たるイオーシフ・ヴォローニンから受け継いだ飛行要塞〝清嵐砦〟を、地上に高速で落下させたのだ。
それは、まさに最大最強の破城槌――。
「ああああっ。ドゥーエ、貴様あ、なんてことをしてくれたあああ!?」
四〇〇m級要塞が自由落下するハチャメチャな一撃は、爆音をあげて大地を揺るがし、塔を守る二〇キロm級巨大要塞の中心部に、鉢底めいたクレーターを作りあげた。
氷雪要塞は城門を含む防衛設備がことごとく崩壊。爆心地にあった〝禍津の塔〟も、当然ながら消し飛んでいる。
そして飛行要塞には、ベックに足止めされたはずのゴルト隊とチョーカー隊がちゃっかり乗り込んでいた。
「がはははっ。チョーカー、感謝するぞ。あの時生き延びたおかげで、素晴らしい体験ができた。生命を賭けたスリル、何度だって味わいたいものよ」
牛の如き体格の偉丈夫、〝万人敵〟ゴルト・トイフェルはまさかりを背負って豪快に笑い、逆ピラミッド型の要塞岩盤からロープを伝って地上に降りる。
「ゴルトめ、小生は二度と御免だぞ。しかし、絶景でないか。ドゥーエよ、〝キャメル平原の三角錐要塞〟として売り出すのはどうか? 観光地化するなら、小生がマネージャーを務めよう」
〝マラヤディヴァ国で最も非常識な男〟アンドルー・チョーカーも続こうとしたが、あまりの高所に腰が引けたらしい。
カマキリめいた印象の細マッチョは、大量の荷物を背負ったまま、ふざけた口調で時間稼ぎをはじめた。
「……このように、高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変な客寄せを」
「やかましいぞ、チョーカー。ダチの遺産を金儲けの道具にするな。早く行け」
が、ドゥーエは聞く耳をもたず、チョーカーを容赦なく地上に蹴り落とした。
「な、何をするきさまー。オタスケー」
「恋人のミーナちゃんと副官のフォックストロットが先に降りたんだ。下に砂ゴムの救命具も設置したから死なんだろ」
ドゥーエはそう言って見送った後、左の金属義手で革袋を掴み出し、中にげーげーと吐瀉物を吐きだした。
「うえっぷ。要塞は見かけ通りに頑丈だが、乗り物酔いだけはたまらんな。イオーシフの旦那は運転が上手だったなあ」
ドゥーエが酸っぱい臭いを漂わせながら亡き友を思い起こしていると、氷雪要塞外壁の一部が落下してきた。
白いブロックは瞬く間に変化して、酔って乱れた髪とあごヒゲ、特徴的なスカーフが目立つエカルド・ベックの姿に変わったではないか。
「なんだベック。イオーシフの物真似でゴーレムを送ってきたのか? だったら、せめて見た目くらい清潔にしろよ」
『黙れクソがっ。無関係な貴様が、我々〝赤い導家士〟を、代表イオーシフを語るなっ』
白く透明なベックの氷像は、涙代わりの水を流しながら悲痛に叫んだ。
『我らが本拠地グラズヘイムが失われた今、飛行要塞〝清嵐砦〟は〝赤い導家士〟の象徴だぞ。それなのに、よくもファヴニル様が新世界へ誘う為に必要な、〝導きの塔〟にぶつけたなああっ』
ベックの氷像は掴みかかろうとするも、ドゥーエは彼の腕を取って背負い、あっさりと投げ飛ばす。
「阿呆め。クロードに頼まれたのもあるが、〝赤い導家士〟の象徴だからこそ、〝禍津の塔〟にぶつけたんだよ!」
ドゥーエは左義手から刃を伸ばして追撃したが、ベックの氷像は足元に雪のトラバサミを敷き詰めて迎撃した。
「ドゥーエ、象徴だからぶつけたとは、いったいどういう了簡だ?」
「ベック。〝赤い導家士〟の目的が、世界を破滅から救うことだからだよ。イオーシフの旦那に嫉妬するのは勝手だが、初心を見失ってんじゃねーぞ、面汚しのカス野郎」
ドゥーエは言葉を交わしながらも、鋼糸を放ってトラバサミを掘り返し、義手に仕込んだ刃で標的の首をはねた。
が、ベックの氷像もさるものだ。同型ゴーレムを増殖させて身代わりにする。
その上、氷雪要塞の内側に大弓や砲台といった兵器を生み出して、遠距離からの砲撃を開始した。
「私は嫉妬なんてしていない。何が世界の危機だっ。下手な言い訳をするなっ」
「ベック。お前のような死者が何千何万と真っ昼間に歩くのが、世界の危機以外の何だというんだ? ゴーレム相手にゃ語るだけ無駄だな、捻り潰してやる」
「黙れ、お前達をファヴニル様の元へはいかせない! 〝清嵐砦〟は私のものだあ!」
ドゥーエは、この期に及んで邪竜に傅き、砦に執着するベックに呆れた。
一〇〇、二〇〇と増え続ける同じ顔の氷像に浅く息を吐きつつ、背中に鎖で縛り付けた妖刀ムラマサに手を伸ばした。
「なあ姉弟」
ドゥーエは、妖刀に取り憑く幽霊たちに祈る。
彼らの世界は、燃え盛る戦乱の炎と、止むことのない雪によって滅亡した。
剣と技を教えてくれた師シュテンは消えて、受け継いだ刀を修理してくれたレギンら何処かへ去った。
ドゥーエは愛する仲間の大半を己が手にかけ、ずっと一緒に戦ってくれた嫁も彼の腕の中で事切れた。
「オレは、この世界も救いたいよ。そうして胸を張って会いに行くんだ。向こうの世界に取り残された末の妹に、もう一人じゃないって言ってやりたいんだ」
何もかも失ったドゥーエだが、取り戻したものもある。たとえば師匠、たとえば親戚、そして――心を許せる友と絆。
「クロードがオレを変えてくれた。だからアイツの為に、オレ自身の為に。力を貸してくれムラマサ」
『ばーか』
『もう、しょうがないなあ。お兄ちゃんはっ』
瞳の隅で、年若い黒髪の長姉と、成長した白金髪の末妹が微笑んだ気がした。
『降臨せよ。救済の氷雪。世界樹の虚。地を覆う天恵の光よ!
贖罪機構 |はじまりにしておわりの氷雪 ――接続――』
ドゥーエが抜いた青く輝く妖刀は、彼の手で踊るように舞い、氷像の軍勢を次々に消し飛ばす。
最後のゴーレムを切り捨てた時、砕けた氷像は恨めしげに尋ねた。
「なぜだ。なぜイオーシフは、私ではなくお前を選んだ?」
「自分の胸に聞いてみろ。遺書をしたためるなら今だぜ。本体もすぐに斬ってやらあ」
あとがき
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