第521話 最大最強の破城槌
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復興暦一一一二年/共和国暦一〇〇六年 晩樹の月(一二月)一三日夕刻。
クロードとセイが白竜将軍ハインリヒを討ちとるや、巨大要塞の司令官エカルド・ベックは、豪奢な赤い鎧を身につけた人型〝顔なし竜〟の親衛隊を連れて穴埋めに走った。
しかし、氷雪を積み上げた要塞が幅二〇キロを超えたせいか、ベック隊の赤い装束が西部の城壁に姿を見せた頃には、もはや大勢が決まった後だった。
「何故だ? 人間が、ネオジェネシスが、どうして一緒に戦っている?」
ベックは、リヌスとロビン少年ら人間と、デルタ&チャーリー達ネオジェシスが協力して、白竜将軍の残党と干戈を交える光景を目撃し、衝撃のあまり氷の城壁に膝をついた。
彼は不摂生な生活で乱れた、柿色の髪とあごひげをかきむしり、首に巻いた赤いスカーフに手をあてて天を仰いだ。
「それだけの理性がありながら、どうして私の正しさを受け入れない?」
ベックは悲歎するが、あらゆる組織を分裂させてきた彼の行動と照らし合わせれば、矛盾もいいところだろう。
「エカルド・ベック。お前が嘘つきで、間違っているからだよ!」
「悪徳貴族クローディアス・レーベンヒェルムと、姫将軍セイかっ」
三白眼の細身青年クロードと薄墨色の髪を風になびかせた少女セイは、二人で白馬に乗って跳躍、城壁の上で息を吐くベックに斬りかかる。
「私はっ、嘘など吐いていないし、間違ってもいないっ。要塞よ動けっ」
氷雪の要塞は、ベックの手足も同然なのだろう。
彼が身振り手振りで意志を示す度に、白い雪と透明の氷が剣山のように隆起して、二人の乗った馬を狙う。
「鋳造――はたき」
クロードは鋳造魔術で一〇〇〇を超えるはたきを作り、空中で馬の足場に用いて方向転換する、奇想天外な回避行動を披露してみせた。
「さすが棟梁殿。想像以上のカブキぶりだ。私も負けてはいられないなっ」
同乗するセイも太刀を振るって雪と氷の槍を破壊、白い結晶に砕いて消す。
「ネオジェネシス隊は防衛し、騎馬隊は牽制、飛行自転車隊は爆撃を始め!」
「「了解」」
「ベック司令の命令だ。まずは悪徳貴族以外の雑兵を殺せっ」
「「やってやらあ」」
時を同じくして西部城門と城壁を挟んで、大同盟部隊とニーズヘッグ親衛隊が交戦を開始する。
「リヌスさんも支えてくれているし、やっぱり後輩達が頼りになって嬉しいね。セイ、担当を変わろうか?」
「いいや棟梁殿は、このまま手綱を頼む。攻撃は私が担うから、御身が全力を出すのは邪竜との戦いまでとっておけ」
クロードとセイの会話を聴いて、ベックの唇が三日月のようにつり上がった。
「甘く見られたものですね。腐った古い秩序を破壊し、瑞々しい新しき世を創造するのが我々ニーズヘッグだ。古き人類に手加減をする余裕があるとでも?」
「詐欺師と話す趣味は無いっ」
クロードはベックにほとほと愛想が尽きており、一喝して白馬を走らせた。
セイの太刀が閃き、要塞の銃眼から放たれる氷弾をスパスパと砕いてゆく。
「ハハハハ。ならば、これでどうです!?」
ベックが手を竜の爪に変えて、オーケストラの指揮棒のように大仰に振った。
白く透明な要塞は生命があるようにぶるぶると震えて、城壁に数千もの大砲や大型弓が生える。
大型の砲弾と矢が、交響曲を奏でるかのように絶え間なく発射された。
「悪徳貴族、姫将軍。貴方達と同様に、私にも守りたいものはある。青春の日々、仲間と共に過ごした時間は、最高に輝いていた!」
ベックの熱弁を耳にして、セイは一瞬だけ動揺したかのように剣を鈍らせた。
クロードは彼女の逡巡をフォローして砲弾と矢の雨を読み切り、氷の城壁を轡で踏み割りながら回避してみせた。
ギリギリまで接近して一撃離脱しつつ、すれ違いざまに決定的な一言を告げる。
「エカルド・ベック。〝赤い導家士〟は、ドゥーエさんが継承したぞ」
「はあ? 人を詐欺師呼ばわりした挙げ句に、ミエミエの嘘を吐かないでください。仮にもイオーシフがあのような外様男を認めるなど、天地がひっくりかえってもあり得ない」
クロードは悪戯っぽく微笑んで、天に向けて人差し指を立てた。
瞬間、ベックの冷たく空っぽな笑顔が、血の通った熱い憎悪に歪む。
「わ、私の想い出を汚すなああ。迎撃だっ、あの無関係な傭兵を殺すのです!」
ベックの絶望に応じるように、巨大要塞から無数の氷の大砲が造られて、濃厚な弾幕を張った。
されど、時すでに遅い。空飛ぶ要塞は岩弾の砲撃で応戦しつつ、速度を増して接近――。否、それどころか落下してくるではないか!?
「ベック、邪竜と見る悪い夢は終わりだ。いい加減目を覚ますんだなっ」
ドゥーエは飛行要塞の天守閣で高らかに宣言し、ベックは目の前の光景に悲鳴をあげる。
「よせ、やめろおっ、それだけはやめてくれええっ」
それは、まさに最大最強の破城槌――。
ハチャメチャな空からの一撃は、二〇キロ級の巨大要塞を撃ち貫いた。
爆音を響かせ、大地を揺るがし、クレーター状の大穴をあける。
高高度からの大質量攻撃には、ファヴニルが建てた〝禍津の塔〟も耐えきれず、ねじくれた枯れ木のような塔も折れくだけて散った。
「ああああっ。ドゥーエ、貴様あ、なんてことをしてくれたあああ!?」
あとがき
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