第520話 切り札、空より来たる
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邪竜ファヴニルがグェンロック領に建てた、一〇番目の〝禍津の塔〟攻防戦。
クロード達は戦場となったキャメル平原の西側より進撃し、白竜将軍ハインリヒと彼が率いる空戦部隊の大半を撃墜。
勢いのままに、敵司令官エカルド・ベックが築いた幅二〇キロmを超える巨大氷雪要塞に取り付いた。
その頃、北側の戦場では――。
「さすがは、クロード。さすがは姫将軍セイ。兄弟達よ、負けてはいられないぞ、このベータと共に突撃だ。筋肉こそパワー&ジャスティス!」
「うーん、ベータは馬鹿弟子と違っていい子ねえ」
長兄ベータと彼の師シュテンが先頭に立ち、ネオジェネシス部隊はおのおの筋骨隆々の肉体でポージングを決めながら、水草と泥の混じった平野を爆走。
「ラーシュくん、わたしと一緒に行こうねっ」
「ああ、マル姉。どこまでも共にっ」
戦上手で名を馳せた〝女男爵〟マルグリット・シェルクヴィストと、彼女の婚約者ラーシュ・ルンドクヴィストが、騎兵と飛行自転車部隊を伴って疾走した。
両部隊は、高機動を生かして黒竜将軍の人型〝顔なし竜〟部隊を翻弄する。
「フン。速いのであれば、脚を潰せばいいだけのこと。黒竜将軍ギュンターが命じる。吹雪の翼を五分間限界まで広げた後、氷雪要塞に退け」
敵将ギュンターは、一方的にやられてばかりの部下達に命令。黒鎧に身を包んだ兵隊達は、吹雪の翼を薄く広げて平原の一角を占めた。
ソフィが創りあげた対抗結界は、マラヤディヴァ国全体を覆い、〝禍津の塔〟九基を破壊したことで、敵ニーズヘッグを弱体化させていた。
だが、最大の強みである魔力喰らいを封じてなお、翼の一斉展開は平野を湿地へ変えてしまうのに充分だった。
「うおおおっ。足が泥にとられる」
「この吹雪じゃ空を飛べないし、濡れた足場じゃ馬と車輪が動かせない」
まさかの地形変化によって、ベータ隊とマルグリット隊は挟撃に失敗。
黒竜将軍ギュンター率いる黒い陸戦部隊と、僅かに残った白い空戦部隊は包囲を逃れて、幅二〇キロmに及ぶ巨大氷雪要塞への撤退に成功する。
マルグリット達は飛行自転車で追撃をかけたものの、激しい対空砲火にさらされて、空爆は中断を余儀なくされた。
「馬と自転車が使えなくても問題ありません。ラーシュ君が、神器の力で〝軽く〟して機動力をあげて……」
「マル姉が、攻撃を〝重く〟して破壊力をあげる。攻城戦はむしろ得意分野さ」
「二人の絆に我ら兄弟の力があわされば、どんな要塞も落とせぬはずは無い」
マルグリットが左腕にはめた銀の腕輪は〝重さ〟を操り、ラーシュが背負う金の儀礼剣は〝軽さ〟を操る。
二人のコンビネーションは大同盟でも最高峰の支援であり、ベータ達ネオジェネシスの戦闘力も強力無比だ。
三人は自信満々で歩兵部隊の先頭に立ち、蛇像が飾る城門を破ろうとした。
「フン。貴様達のやり方は、これまでの戦場で把握済みよ。最初に狙うのはあの二人だ。翼を重ねて、無力化しろ」
一方迎え撃つギュンターは、吹雪の翼を局所的に重ねることで、マルグリットとラーシュの神器を無力化。
「「えっ!?」」
突然強化魔法の支援を失って、大同盟部隊が呆気にとられたところに……。
「屠れ!」
氷の城壁から雪崩をうったように大量の雪氷弾が発射され、さらには城門を飾る蛇が〝顔のない巨大竜〟に変わって襲いかかった。
「ここは任せてもらおう。マッスル・ローリング・ライトニング!」
ベータが前衛を務めていたことが幸いした。彼は両拳から二本の雷柱を生み出して魔法の弾丸を消し、ニーズヘッグ二体の鼻先を焼いた。
「まさか、城の一部に擬態するなんて」
「マル姉、後ろに。まだ来るよ!」
マルグリットとラーシュは混乱する部隊を立て直そうとするも、そのような余裕はなかった。
要塞からは絶え間なく射撃と砲撃が浴びせられ、後退しようと隊列を乱せば、城の飾りに化けたニーズヘッグが奇襲する。
「まるで蟻地獄にはまったよう。これほどの武将が野に隠れていたの?」
「マル姉、思い出した。〝赤い導家士〟から〝緋色革命軍〟に移籍した傭兵の中に、ゲリラ戦が得意で〝首狩りギュンター〟って恐れられた男がいた。噂じゃあのゴルト・トイフェルと模擬戦で引き分けたとか。病死したって聞いたのに」
ラーシュは、襲いくる人型ニーズヘッグからマルグリットを庇いつつ、どうにか兵士たちを逃がそうとした。
「ほう、小僧。オレ様のことを知っていたか」
だが、よりにもよってギュンター率いる黒鎧の精鋭部隊に退路を塞がれた。
大同盟部隊は、敵部隊と城塞に包囲されて、もはや逃げ場はない。
「病死したからこそ、エカルド・ベックの甘言にのり、ファヴニル様に第二の生を与えられたのだ。あのような不完全燃焼、決して認めん!」
吹雪の翼がはためき、銃声と砲声が轟く。
ここに、ベータ、マルグリット、シュテンらの命運は尽きた。
「うーん。その最期じゃあ、お化けになっちゃう気持ちもわかるわねえ」
しかし、女性用ビキニアーマーに身を包み、すね毛がびっしりと生えた太ももを興奮で桃色に染めた初老の男。
カリヤ・シュテンが、物干し竿と呼ばれる長大な刀を、空飛ぶツバメのように自在に振るって、仲間達の命脈を繋ぐ。
弾丸を切り、竜を払い、城をも削る連続攻撃は、黒竜将軍を唸らせた。
「凄まじい武術よ。だが、無傷とはいかなかったな。その腕で長くは戦えまい」
されど、救出の代償は大きかった。
シュテンは、返り血を浴びるかのように弾丸や翼を受け止めて、両腕を中心に全身が傷だらけになってしまう。
「心配ご無用。可愛い弟子と、愛らしい恋人達が逆転するからね。それにもうすぐ援軍もくるワ」
「強がりだな、援軍はこない。ベックが西の辺境伯を抑えるだろうし、南と東は間に合わん」
ギュンターが断言すると、シュテンは悪戯っぽく片目を瞑った。
「あら、強がる必要なんて無いわヨ。辺境伯のことだから、ちゃんと手をうつでしょう。そもそも、そのエカルド・ベックは因縁の相手だから、不肖の馬鹿弟子がやらかすに決まってるのよね」
「やらかすだと、いったい、何を言っている?」
シュテンの謎かけの意味を、ギュンターはすぐに理解する。
ビキニアーマーの初老男性が、人差し指で空を示したからだ。
「ハ」
灰色の混じった黄金色に染まる南東の空に、一辺五〇〇mはあるだろう、逆ピラミッド型の空飛ぶ岩盤が浮いている。
「ハ、ハハ」
ギュンターは過去、国際テロリスト団体〝赤い導家士〟に所属した経験があり、当然ながら知っていた。
その岩盤こそは、極悪非道の賊軍拠点として悪名を馳せた、第四位級契約神器飛行要塞〝清嵐砦〟だ。
敵味方の識別を迷う必要もない。空飛ぶ要塞は、氷雪の超巨大要塞に向かって砲撃を始めた。
「ハハハ。これだ、これでこそ蘇った意味がある。オレ様は今、生きている!」
あとがき
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