第517話 善と悪をわかつもの
517
アンドルー・チョーカーと南方部隊は、橙竜将軍バルトロメウスが率いる〝顔なし竜〟部隊に快勝した。
しかし決め手となった女装少年フォックストロットと、飛行自転車に乗ったパイロット達、ネオジェネシス兵は真っ青になって落ち込んでいた。
「どうした? 小生というマラヤディヴァ国で最も非常識、ではない! 天下無双の軍略家アンドルー・チョーカーが華麗なる勝利を収めたのだぞ。もっと盛り上がろうではないか。ひゃっほー!」
「アンドルーは、ちょっと黙ってね。皆の飛行自転車の運転が凄くて、ミーナも驚いちゃった」
チョーカーがガッツポーズを決め、恋人の羊人ミーナがお酒を盃に注いで励まそうとするも――。
「でも、チョーカー隊長。ボクたちの弟妹が、迷惑をかけてしまった」
「ハインツ・リンデンベルクら〝新秩序革命委員会〟にそそのかされて、創造者ブロルを裏切った兄姉がいることは承知していました。でもいざ外道に堕ちた同族を見ると、いたたまれないのです」
「長兄ベータは、ニーズヘッグはネオジェネシスの研究から派生した存在だと教えてくれました。我々の誕生は、間違いだったのでしょうか?」
フォックストロットはドレス風の布鎧を泥で汚してうなだれ、他のネオジェネシス兄弟も似たり寄ったりの姿で森の下草に額を落とす。
部隊の士気は右肩下がりで、このままでは作戦続行すらままならないだろう。
「ア、アンドルー。お酒、お酒を飲んでもらおっ。悪いことは、酔っ払って陽気に流すのが一番よっ」
「いやミーナ、飲酒運転はまずいぞっ。ここは、小生に任せて欲しい。コトリアソビめ、一〇番目の塔攻略にネオジェネシスを多く参加させた理由は、そういうことかっ……」
チョーカーは、悪友クロードの心中がありありと理解できた。
フォックストロットらネオジェネシスが戦力として期待できる、というのも勿論だろう。
しかし、人間と共に歩むことを決めた仲間達が負い目を残さぬよう、最終決戦で華を持たせたかったのではないか?
「小生は、諸君の父ブロルの友だった。だから、どうか聞いて欲しい。世の中、悪党もいる。でたらめな過激思想を説いて世を乱したハインツ・リンデンベルクなど、まさにその典型であろう」
チョーカーは演説をぶちながら、胸の古傷がずきずきと痛むのを自覚した。
「ハインツは人間として悪事を尽くし、ネオジェネシスとして裏切りや略奪を働いた。これは、特定の種族だから悪いのか?」
モテたいから、気に入った女を奴隷に堕として買おうとしたチョーカー。
男でも女でもない存在が至高と信じるから、普通の男女を殺すバルトロメウス。
どちらも罪深いことに変わりない。
「そうじゃないだろう! 善悪に種族の違いは関係ないっ」
もしも、クロードと奴隷オークション会場で戦わなければ――。
もしも、最愛のミーナと出会わなければ――。
ファヴニルに魂を売り渡し、今日この場で討たれたのは、バルトロメウスでなく、チョーカーだったかも知れない。
「善とは、悪とは、つまるところ一人一人の生き方こそが問われるのだ。だからこそ、ブロルは子供達に後を託したのだと、小生は信じたい」
チョーカーのたどたどしくも真心をこめた説得は、ネオジェネシスの子供達へ種族の垣根を越えて届いたらしい。
まばらながらパチパチと拍手が始まり、やがては白髪白眼の兵士ほぼ全員が立ち上がって、かまきりめいた青年と抱擁を交わした。
「チョーカー隊長、ありがとうございます。さすがは父様が切り札と見込んだ方だ」
「うむ、うむ」
「今までずっと、非常識な人だと思っていてすみませんでした」
「うむ、うむ。そ、それは、本当に反省してね」
飛行自転車隊のパイロット達はやる気を取り戻し、遅れて駆けつけたローズマリーらの本隊に手を振った。
されどフォックストロットだけは気まずそうに俯いたまま、チョーカーに上目遣いで問いかけた。
「チョーカーさんは、ぼくの恰好をどう思いますか?」
「人の趣味はそれぞれ、小生は好きだぞ。コトリアソビは似合わんが、フォックストロットはぴったりだからな」
「あはっ、そっかあ。そうだったんだ」
麗しい女装少年は頬を林檎のように赤く染めて、冴えない風貌の指揮官を熱く見つめた。
「……ベティも壊すのじゃなくて、愛すれば良かったのに」
フォックストロットの熱っぽい表情から、羊人の少女ミーナは彼の心中を察した。
「あ、アンドルーっ、危機を感じるわ。かつてないほどに!」
「ミーナ、突然どうした? 確かにゴルトはともかく、クロードやベータは心配だな。あいつら小生と違い、粗忽だったり、脳筋だったりするからなあ」
「そうじゃないのっ、魚を狙う泥棒猫がいるのよっ」
「てへへ。よーし、頑張るぞ! ミーナさんもよろしくね」
「ねえフォックトロット、それはどっちの意味で!?」
微妙に鈍感なチョーカーが「猫なんて見当たらないぞ?」と、ぼやいていた頃――。
「おーい、姫さん。旅は道連れってね、乗っていかないかあ?」
「まったく飛行要塞なんてどこから調達したのよ。辺境伯も非常識なことね!」
ローズマリーら本隊の頭上を、隻腕隻眼の剣客と金色の鬼一行を乗せた、空飛ぶ逆ピラミッド型の岩盤が通りかかり。
「見つけたぞ、あれが最後の拠点だ。さあ、第一〇の塔を破壊しよう!」
「おのれ悪徳貴族があ!」
クロードたち西方部隊とベータたち北方部隊は、グェンロック領キャメル平原にて一大決戦に突入していた。
あとがき
お読みいただきありがとうございました。
応援や励ましのコメント、いいねボタンなど、お気軽にいただけると幸いです(⌒▽⌒)





