第516話 色惚け隊長の橙竜将軍討伐
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クロード達の最後のおおいくさとなる、グェンロック領への四路進撃作戦。
緒戦を担った〝万人敵〟ゴルト・トイフェルが、東部を守る蒼竜将軍アンドレアスを破った頃――。
ローズマリー・ユーツ率いる南方部隊もまた、鉄道と鉄道の狭間にある山岳地帯の村で、住民が巨大な鳥籠めいた大檻に囚われた光景に出くわしていた。
「なんて非道い真似を! すぐに救出へ向かうわよ。総員、周囲を警戒しつつ、村人を解放するわ」
「あ、あれは、ローズマリー様だ。ユーツ侯爵様が助けに来てくださった」
気丈な令嬢と彼女を慕う兵士達は、即座に檻の解体を始めたが、そんな山村の様子を離れた盆地から遠視鏡で覗く一〇体余りの影があった。
「アハっ、早速罠にかかったわね。アタクシ、橙竜将軍バルトロメウスが用意した、超大型魔導砲の破壊力に恐れ慄きなさいっ!」
バルトロメウスを名乗る将軍は、ネオジェネシスの特徴である白髪白眼を黒と黄に染めた、男とも女ともつかぬ中性的な肉体の持ち主だ。
元々ネオジェネシスは作り物めいた美しさがあるが、この人物の場合、外科整形の跡もはなはだしく、人体として露骨に不自然な印象があった。
「このボルケーノキャノンは、アタクシがファヴニル様からいただいた灼熱の力を、火山噴火の如く叩きつける唯一無二の傑作兵器ってワケ!」
バルトロメウスは、ムカデのように無数の足で固定された三〇〇mに達する長大な灰色の砲塔を、うっとりと撫でさすり、同じように男とも女ともつかぬ見た目の部下達に攻撃を命じた。
「さあ。忌まわしい女も男も、人質ごと消し飛ばしてあげるわ。カウントダウンを開始して」
「はい発射までスリーカウント、三、二、一、ゼロ。発射!」
バルトロメウスの命じるまま、灰色のムカデ砲は膨大なエネルギーで赤熱したが、発射する直前に轟音をあげて爆発四散した。
「な、何があったの。アタクシが精魂込めて作った大砲がどうして!?」
バルトロメウスが絹を裂くような悲鳴をあげた次の瞬間――。
橙竜将軍の部下に紛れこんでいた、三人の間者が正体をあらわして乱戦が始まった。
「いや潜入したら、こんなデンジャラスな代物を見つけたのだ。壊すだろう?」
一人はアンドルー・チョーカー。
かまきりめいた冴えない印象の男だが、細マッチョに鍛えた肉体で俊敏に動き回り、雷をまとった拳で人型〝顔なし竜〟を叩きのめす。
「ミーナがお酒を供えて、鎮魂歌を奏でてあげる。死者は死者らしく、大地の下で眠りなさい」
一人はミーナ。
チョーカーの恋人で、もこもこした髪から巻角の生えた羊人の少女は、左手で掴んだ革袋から酒の霧を振りまいて撹乱しつつ、右手に握る角笛で殴り飛ばす。
「ベティ、ネオジェネシスの精神感応を使えば、通信が漏れないとでも思ったのかい? せめて偽装か暗号を使おうよ」
最後の一人はフォックストロット。
ネオジェネシスの女装少年は、ふわふわのドレスめいた布鎧を着込み、華やかな剣捌きで薙ぎ倒す。
「くそったれっ、エリザベートの名前は捨てたの。フォックストロット兄さんの、そいう天然ぶった所がムカつくのよ。〝マラヤディヴァ国で最も非常識な男〟なんて連れて来て!」
「敵までが小生をそう呼ぶのか。そのけったいな異名は誰が広めているんだ?」
「ミ、ミーナは知らないわよ」
「ぼ、ぼくも知らないですよ」
チョーカーは「「ねーっ」」と声を揃える恋人と補佐役を、乾いた瞳で見つめた。灯台下暗しというか、真犯人はすぐ側に居そうだった。
三人が和気藹々《わきあいあい》と騒ぎながら部下を圧倒する姿が、よほど腹に据えかねたらしい。
バルトロメウス。あるいはエリザベートは人型を捨てて、断頭台の刃が如き嘴が目立つ、枯葉色の顔なし竜へと変身した。
「えーい、イチャつくんじゃない。男と女の絡み合いなんて、気持ち悪いのよ」
「寝言を言っておるのか? お前もブロルとアルファが愛し合って生まれた存在だろうに」
「黙りなさい。無能な創造者と連れ合いの血が流れているなんて、恥よ!」
バルトロメウスの傲慢な罵倒が、三人の逆鱗に触れた。
チョーカーの拳から青白い雷が奔り、ミーナが唇を強く一文字に結び、フォックストロットが整った眉をひそめる。
「おい、バルトなんちゃらっ。お前は、小生の友を侮辱したか!?」
「ベティ、普通の性別が劣っているなんて考え方は極端すぎる。君は死んだハインツ・リンデンベルク学長に騙されているんだよう。もう家出なんてやめよ?」
「黙りなさい。アタクシは〝新秩序革命委員会〟で学んだの。新しい時代には、男も女も、旧人類もネオジェネシスもいらない。ニーズヘッグだけが残れば良い。さあ、皆、変身して見せつけよう。新たなる生命の強さを!」
一度は倒された彼女の部下達も起き上がり、目鼻の欠けたしゃれこうべめいた顔の巨大竜へと変貌するが、すでに遅い。
爆音と戦闘音を聞きつけた飛行自転車部隊が、車体の四隅にとりつけた回転翼の音を立てながら飛来し、木々の中で蠢く巨大な白蛇の群れへ爆弾を投下した。
「アハハッ、旧人類はこの程度か。アンドルー・チョーカーって、聞きしに勝る馬鹿だったわね。視界の悪い山中で、空からの爆弾なんて使い物にならないわ」
バルトロメウスは背中から吹雪の翼を広げ、嘴から灼熱の吐息を放出しながら、チョーカー達を嘲笑う。
「果たしてそうかな? コトリアソビが作った空間破砕弾を、魔法道具オタク娘のドリスが組み込んで改造したとっておきだ。目の玉ひんむいて見るがいいっ」
が、対するチョーカーは自信満々だった。
彼が指揮する飛行自転車隊は、まるで透視でもしているかのように、的確に顔なし竜を狙って爆弾を投下、直径二m程度の球状空間を木々ごと消し飛ばした。
人型のままであれば避ける手段もあっただろうが、巨大な蛇となった今はそれすらままならない。
彼女の部下だったニーズヘッグ達は、肉体のそこかしこをえぐり取られて絶命し、白い結晶となって消える。
「この山中でどうして精密爆撃ができるのよっ? そうか、パイロットは白髪白眼だ! フォックストロット兄さんが、精神感応で誘導したのねっ」
黄色い鳥竜は、かまきり男が披露した手品の種に気づいたが、既に遅かった。
「人間もネオジェネシスも成長するのだ。時の止まったお前達と違ってな。受けよ我が奥義――マッスル・スマート・ライトニング!」
「男も女も必要ないと言ったわね。そんな貴方が、一番必要ないっ」
「ベティ、さよならだ」
アンドルー・チョーカーは雷をまとった拳で、鋭利な嘴を粉砕しつつ頭部に甚大なダメージを与え、ミーナは鱗にヒビが入った脳天を殴って動きを止めて、最期にフォックストロットが剣で大蛇の首をかき切る。
「ああっ。エカルド・ベックめ、まさかアタクシ達を捨て石にしたのっ!?」
そう。バルトロメウスが気づいたときには、既に何もかもが遅かったのだ。
愛し合う男女と、血を分けた兄貴は、冥府より這い出た亡霊に引導を渡した。
あとがき
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