第515話 万人敵、蒼竜将軍を撃破する
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大同盟は、〝邪竜が蘇らせた死人〟に引導を渡すべく、グェンロック領を取り囲む、東西南北の四領から進撃作戦を開始――。
最後の敵将エカルド・ベックが、グェンロック領が他領と接する東西南北の境界に築いた四つの要塞を、わずか数時間で陥落せしめた。
「はっはあ、氷の城塞とは楽しめたぞ。次の敵はどこじゃ?」
「ゴルト隊長、前方の町に異常を発見しました」
そして次なる強敵と、真っ先に交戦したのは、牛の如き巨体を誇る猛将〝万人敵〟ゴルト・トイフェルが指揮する東の部隊だった。
「なんじゃい? 町が森みたいになっとるぞ?」
ゴルト隊は徒歩移動と鉄道乗車を繰り返してグェンロック領を西進中、木や草に覆われて廃墟となった町に遭遇する。
「大同盟軍か。来てはいけないっ、迂回するんだ」
「いいや、私たちの屍をこえて先へゆけ」
町では民衆が蔦の拘束具と茨の檻にで囚われており……。
血走った目とボサボサの青髭が特徴的な、ふくよかな巨漢が率いる人型顔なし竜の小隊が、ゴルト一行を待ち受けていた。
「ギハハハハっ、わしは蒼竜将軍アンドレアスなり。復讐の機会が訪れるとは喜ばしい。かつての恨みを晴らさせて貰うぞゴルト・トイフェル!」
「緋色革命軍時代の部下に、あんなクソ野郎がいたな。青白い顔で、もっと痩せていた気がするが」
ゴルトが辛子色の蓬髪の上に両手を組んで、木で鼻をくくったように言い捨てると、副官であり、彼の恋人となった白髪白眼の少女ジュリエッタが補足した。
「〝吸血鬼アンドレアス〟。幾人もの女性や少年を己が快楽の為に拷問死させて、ゴルト隊長に処刑された悪漢です」
「ギハハッ、なんとでも言うがいい。わしは、ファヴニル様から顔なし竜という第二の生命と、植物を操る力を授かったのだ。少しでも近づいてみろ、生贄どもを殺す。わしを殺した意趣返しだ。ゴルトよ、貴様達もじっくりと弱らせてから、我が血肉にしてやろう」
「そうか、死ね。術式――〝雷迅〟――起動!」
ゴルトは蒼竜将軍アンドレアスに一言告げるや、まさかり型の契約神器を全力展開。全身に紫電をみなぎらせて突撃した。
「は? はぎゃああ」
ゴルトは、神話に謳われる狂戦士もかくやという速度で走り、人質へ手をかける時間すら与えず、青髭の巨漢に斬りかかる。
彼が振り下ろす大斧の一撃は、あたかも暴風のように、大地から伸びる蔦やら木やらを四散させ、術者を骨も肉もまとめて叩き潰した。
「し、しょうぐーん!?」
目撃した一〇体の部下が同じように竹や茨といった植物を操って、民衆を手にかけようとするも。
「させません、術式――〝包奏〟――起動!」
ジュリエッタがフクロウの仮面をかぶり、羽織った法衣から布地を伸ばして、植物もろともに暴漢達を縛り上げる。
「う、うわあああっ。動けないぞ!?」
「さすがは隊長のヨメだ。やっるー!」
そして、彼女のサポートに合わせるように、雷光をまとうゴルト隊のメンバーが殺到。
「「くたばれ、外道ども! 術式――起動!」」
姫将軍セイと幾度も死闘を繰り広げてきた歴戦の部隊は、ニーズヘッグすらも雷刃で切り裂いた。
「な、なんだ。どうなっているんだ、わしらは無敵の竜ではないのか?」
ゴルトに潰され、人型を維持できなくなったアンドレアスが無様に嘆く。
吸血鬼の異名を持つ悪党は、青犬と蛇の合成獣めいた姿となって、吹雪の翼で抵抗したが、まるで勝負にならなかった。
「辺境伯と〝龍神の巫女〟ソフィがとっくに対抗結界を構築済みだ。〝禍津の塔〟に邪魔されていたようだが、すでに九基を潰したからな」
「ま、待って、助けてくれ。人質は解放しよう。せめて再生するまでは……」
同情を誘うように呻く蛇に、金の鬼は放電しながら冷たく言い放った。
「ファヴニルの犬ころに、かける情けなどあるものかっ」
「ぎひゃああっ。お、おたすけええ」
ゴルトは身の丈ほどもある大まさかりをガツガツと振るい、哀れな犬の化け物を滅多切りにした。
アンドレアスらニーズヘッグの部隊が白い雪の結晶体となって消えて、町には歓喜の声がこだまする。
「ありがとうございます!」
「貴方がたは命の恩人です」
ゴルトと彼の部下達は無類の戦好きだがお人好しでもあり、町人達に医療品や食糧を分け与えて共に焚き火を囲んだ。
「犬ゆえに執着するか。因果じゃな」
「ゴルト隊長、どうされましたか?」
ゴルトが仏頂面で炎を見つめていると、恋人となったばかりのジュリエッタがそっと隣に寄り添った。
「ジュリエッタ。こういう生き方もあったのだと、お前を得られて良かったと、思い知っただけじゃ」
ゴルトは、気づいてしまった。
アンドレアスの姿は、過去の自分だ。
「クローディアス・レーベンヒェルムの影武者は多くのものを抱いて、ファヴニルに抗い続けている。まこと大した男よ」
「……四股交際はどうかと思いますが、父様が認めた人だけあります」
「言うてやるな。むしろ刺されずによくやっとる」
ゴルトとジュリエッタは、長く戦い続けた敵大将を揶揄しつつ、胸の痛みを自覚した。
ゴルトの戦友にして、ジュリエッタの父母。ブロル・ハリアンとアルファが、かの青年にネオジェネシスを託した理由が、愛という感情を知った二人には理解できたからだ。
「それに、チョーカーの奴めがおいを相手にメーレンブルク領で殿軍をやった時、なぜああも粘ったのかわかる気がする」
「……あの浮気ナンパ男が、隊長を相手に善戦したなんて想像できません」
「チョーカーは意外なほどに強いぞ。今では恋人のミーナと、補佐役のフォックストロットもいるしな。そろそろ次の汽車の発車時刻が気になる。奴に先を越されんよう、おいどもも発つかっ」
ゴルトとジュリエッタが、そのような会話を交わしていた頃。
グェンロック領の南部では、奇しくもアンドルー・チョーカーが、人型顔なし竜の部隊と交戦していた。
あとがき
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