第514話 四要塞突破と詐欺師の苦悩
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クロードが、邪竜ファヴニルに操られた〝緋色革命軍〟ら敵勢力を打ち破り、マラヤディヴァ国を再統一してから半年あまり――。
非力だった青年は、強大な邪竜との決戦に向けて、様々な準備を進めていた。
軍勢を迅速に輸送展開する為に、国中の鉄道や水路を整備したのもその一環だ。
その上で、内戦中に炭鉱都市エグネで発見された小規模転移魔法陣を解析して量産し、密かに各領へ設置していた。
転移可能な荷物はわずか数人とスーツケース数個程度だが、貴重な指揮官や物資を瞬時に戦線に送りこめる戦術効果は計り知れない。
「いざ開戦したら、魔力を喰らう顔なし竜に邪魔されて、思ったほど使えなかったんだけどね」
「ふふっ、でもこうして間に合ったじゃないか。レア殿、アリス殿、そしてソフィ殿には悪いが、この戦いの間だけは独占させてもらう」
「皆も快く送り出してくれたよ。セイ、最後の塔を破壊に向かおうか」
三白眼の細身青年と薄墨色の姫将軍が白馬に二人乗りして向かう、大同盟軍の行き先には、エカルド・ベックが顔なし竜の力で作り上げた、一辺四〇〇mはあるだろう、氷と雪の要塞が待ち受けていた。
しかし、この日のグェンロック領の緒戦は、史書においてこう記される。
すなわち――『大勝利!』――と。
「セイ、柔らかいのが当たってるって」
「もちろん、当てているのだとも」
大同盟の盟主と総司令は、見せつけるように前線でイチャイチャして――。
「「あの悪徳貴族ぶっ殺すっ。よくも我々のセイ様を独り占めにして。その前に死ねや、邪竜の手先め!」」
大同盟兵士たちは、アイドルの熱愛発覚にブチ切れた八つ当たりとばかりに、氷の壁や雪の柱を殴りつけて解体――。
「あれは契約神器の光! マルグリット・シェルクヴィストが我が方の防衛を〝軽く〟し、ラーシュ・ルンドクヴィストが大同盟の攻撃を〝重く〟したのか?」
「魔術的な妨害と支援があるのはわかる。でも、城塞を殴って壊すな!」
「こんな理不尽な理由で負けるとはっ?」
姫将軍が率いる西方部隊は、勢いのままに要塞を破壊してグェンロック領に乗り込み、東南北の他三部隊も続く。
ファヴニルが作り上げた、最後の楔。一〇番目の塔を巡る決戦は、大同盟にとって上々の滑り出しだった。
その一方――。
「なんだこれは、いったいどうなっているというのだ!?」
今や邪竜の走狗と堕ち果てた、元〝赤い導家士〟の古参幹部エカルド・ベックは、大混乱に陥っていた。
彼は西のユングヴィ領と北のメーレンブルク領にほど近い、キャメル平原に建てられた一〇番目の〝禍津〟の塔を守るために氷の要塞を連ね、四方の城壁がそれぞれ二〇kmに達する超巨大要塞を作り上げていたのだが――。
「九つの塔が二晩で陥落だって? 他の雑魚どもはともかく、イオーシフ・ヴォローニンめ、口ほども無いっ」
司令官であるはずのベックは要塞奥間に閉じこもり、柿色の髪を掻きむしりながら、蒸留酒を浴びるように飲んでいた。
彼はファヴニルが蘇らせた旧友イオーシフと再会したものの、かつての友にすげなくあしらわれたのだ。
『エカルド・ベック。私は理想を忘れて邪竜におもねる貴方を、同志として認めるわけにはいきません。〝赤い導家士〟最後の代表者として貴方を除名します。さようなら、我が青春の同胞よ」
ベックは酒瓶を透明な床に叩きつけ、八つ当たりするように踏みにじった。
「イオーシフぅうう。間違っているのはお前で、正しいのが私だ! たとえ他の領が陥落しようとも、グェンロック領には顔なし竜に憑依させた、選りすぐりの将が残っている。大同盟よ、貴様達は追い詰めたのではなく誘い込まれたと知れ!」
ベックはこの二日間、策謀家の面目躍如とばかりに暗躍していた。
大同盟の進軍を遅滞させつつ、他の戦線から目をかけていた人型顔なし竜を引き抜き、自らの戦力に組み込んだのだ。
その結果、エカルド・ベック自身は、グェンロック領を守備するマルグリット&ラーシュ隊を退けたものの……。
邪竜ファヴニルが用意した他の軍勢は大いに混乱し、モンスター頼りの交戦を余儀なくされた。
彼はそのような卑怯卑劣な手段を用いながらも、まるで恥とも思わなかった。
「間違いを正すんだ。私は世界を救う、私だけがっ、世界を救える。その為に手段は選べない。こんな簡単なことが、どうして他の連中はわからない!」
ベックが感情のままに暴れるうちに、灰色雲に隠れた太陽が中天に達した。
選抜した人型顔なし竜の士官数人が氷のドアを叩いて、機嫌を伺うようにオドオドと入室する。
「ベック様、前線から通信が届きました。貴方様の予想通りに、四つの要塞が大同盟を迎え撃っております」
「フフフ。そうか、ニーズヘッグの力で作り上げた、難攻不落の要塞だ。いくら〝姫将軍セイ〟や〝万人敵ゴルト〟でも容易には抜けないはず」
「……。東西南北、すべての要塞が苦戦中とのこと。援軍要請が届いております」
ひとりの士官が恐る恐る真実を伝えると――。
「そんな話は聞きたくない。さては、貴様、反革命分子か!」
「な、なにをっ」
ベックは彼の首を掴むや、手を竜の爪に変えて顔ごと握りつぶした。
グシャリと、ざくろを潰したように鮮血が飛び散る。
「まだ、まだだっ。ファヴニルの力を得た私ならば、この窮地だって乗り越えられる。おいグズどもっ、要塞には自力で倒せと伝えておけ!」
「「お、おおせのとおりに」」
ベックは奥歯を軋ませながら、逃げ去る部下を呼び止めた。
「待て、四竜将軍を呼べっ。万が一だが、この大要塞が戦場となった場合に備えねばならない」
あとがき
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