第510話 ダヴィッド・リードホルムの最期
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三白眼の細身青年クロードは、黄金の竜人ダヴィッド・リードホルムを一刀両断し、必滅の魔術文字を刻み込んだ。
「長い因縁もこれで仕舞いだ。今度こそ冥府に帰れ。ダヴィッド・リードホルム」
しかし、ダヴィッドはとうの昔に人間をやめていた。左右に分かれた二つの肉塊ながら、すぐさま肉体の再生に取り掛かる。
「まだ、まだまだあっ。今こそ覚醒の時、選ばれた〝融合体〟の、〝顔なし竜〟の力を見せてやる!」
が、再生しない。
システム・レーヴァテインを模倣、改編した〝熱止剣〟は、人間にこそ効かないが、怪物の肉体であれば情け容赦なく滅ぼしてゆく。
「なぜだっ、オレはヒーローだぞ。こんなところで負けるはずがない。悪徳貴族を倒し、今度こそ勝利を掴むのだっ」
「アハハッ。ダヴィッド、やめてください。私を笑い死にさせる気ですか。辺境伯への対抗心から英雄を名乗ったのでしょうが、……その称号は誰かを愛し誰かに愛されて、初めて世に認識されるものです。己自身しか愛せない貴方に、いったい誰が憧れるというのですか?」
「こ、この声はっ!?」
クロードは、唐突に割り込んできた声の方角、壊れた塔の跡地を見て愕然とした。
そこには、先程ダヴィッドに殺されたはずの、イオーシフ・ヴォローニンの砂像が立っていたからだ。
ダヴィッドも気づいたのだろう。真っ二つに割れたしゃれこうべ顔を向けて、自由にならない手足をばたばたと動かした。
「お、おい。イオーシフ、なんで生きている? た、助けてくれ。お前はオレを必要だと言ったはずだ!」
「ええ、邪竜ファヴニルの作り出した肉体という枷から逃れるために、貴方という愚者が必要だったのです。もう終わったので、早くこの世から消えてください」
ダヴィッドはイオーシフの辛辣な反応に、怒りのあまり歯を砕きながら吠え叫ぶ。
「オレを裏切るつもりか、この外道め。生きていたなら何故手を貸さない? そうすれば勝っていたのはオレ達だった」
ダヴィッドが青い血にまみれながらくってかかると、砂像となったイオーシフは大仰に肩をすくめた。
「おやおや、自分がやったことを忘れたんですか? 他の誰でもない、〝貴方が私を殺した〟んじゃないですか。砂像に逃せたのは意識だけで、ファヴニルに作られた肉体はバッチリ死にましたよ。おかげで自我を消されることもなく、この通り自由になったわけですが……」
クロードは晴れ晴れとしたスーツ男の笑顔を見て、背筋が冷たくなった。
(アルフォンス・ラインマイヤーは、ファヴニルに一矢報いて自壊した。イオーシフがダヴィッドを一度救ったのは、先に肉体を〝殺させる〟為だったのか?)
イオーシフの深謀遠慮は、ファヴニルの束縛から逃れただけに留まらない。
ダヴィッドの肉体が黄金色から灰色に染まり、クロードが両断した傷口から石化を始めたではないか。
「なんだ、力が抜ける。このおぞましい気配は、ファヴニルがはめた黄金の首輪と同じっ! 何かがオレを貪っているっ?」
「そうそうダヴィッド、その石化。貴方に〝喰われる〟と見越して、捨てた肉体には呪いを縫い付けておきました」
どうやらイオーシフは、ダヴィッドの一挙一足を見越して、入念に準備を整えていたらしい。
「私の命を奪う仇敵に対し、死後に存在の全てを要塞が貰い受ける――。私が知る〝融合体と時空魔術〟の全てを懸けた、とっておきの呪詛です。辺境伯が貴方にトドメを刺してくれたことで、条件は成立しました」
「ちょっと待て、イオーシフ。もし先にお前を殺していたら、呪われたのは僕なのか?」
「ハッハッハ。そうならないよう、常に砂像でお相手したじゃないですか」
自業自得と言えばそれまでだが、ダヴィッドはイオーシフの脚本通りに利用され、使い捨てられたらしい。
「くそが、カスが、テロリストがあ。ゆるさんぞ。よくもオレを利用したなっ」
「私を殺しておいてよく言いますよ。痛かったんですよー。でも、その愉快な顔を見れたから、ヨシとしましょう」
ダヴィッドは石化しながらも喘ぐように息を吐き、イオーシフに手を伸ばした。
「オ、オレを救え、イオーシフ。ファヴニルとクローディアスを殺して、一緒に世界を掴もうじゃないか!」
「嫌ですよ、馬鹿馬鹿しい」
「お前もその為に生き返ったんだろう。でなければ何故蘇ったんだ!」
「――友がまだ戦っていたから。ならば、たとえ死しても駆けつけましょう」
イオーシフは隻眼隻腕の剣客に向けて片目をつむり、ドゥーエもまたスーツ姿の伊達男に親指を立てた。
「あ、ああ、あああっ」
ダヴィッド・リードホルムは、彼が率いた〝緋色革命軍〟は、その始まりにおいて、〝赤い導家士〟の同胞を邪竜ファヴニルへ生贄に捧げて誕生した。
「オ、オレは〝一の同志〟、最高の革命家!」
「いいえ。貴方は人民の敵、腐敗した独裁者。私の大切な同志を殺した仇です」
〝赤い導家士〟と〝緋色革命軍。両団体の首領は、どちらも非道に手を染めた。
しかし、ダヴィッドは仲間をゴミと切り捨て、イオーシフは仲間こそ黄金と見なした。――両者が心中に秘めた信念の差は、最後の最後で明暗を分ける。
「そ、そうだ。クローディアス、早くオレを助けろ。見てわからないか、可哀想だろう? オレこそ被害者なんだあっ」
「ダヴィッド・リードホルム」
クロードは、革命家気取りの加害者が奪った数えきれない命と、犠牲者の無念を想った。
穏やかな老後を迎えた夫婦、子宝に恵まれた男女、幼い子供や赤ん坊……、彼や彼女が地の底から手を伸ばす光景を幻視する。
「お前は、地獄へ堕ちろ」
クロードの静かな宣告を受けて、黄泉より舞い戻った大罪人は石像と化し、粉々になって消え去った。
あとがき
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