第507話 悪徳貴族と英雄革命家、四度目の対決
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復興暦一一一二年/共和国暦一〇〇六年 晩樹の月(一二月)一三日未明。
クロード一行は、暗雲に閉ざされた夜空を飛ぶ機関車に乗って、真っ黒な海上に浮かぶ一辺五〇〇m高さ一〇mに及ぶ逆ピラミッド型の岩盤に建てられた、空中要塞へと侵入を果たした。
「ダヴィッド。お前は何をやっている?」
クロードはファヴニルが作り上げた九番目の〝禍津の塔〟を破壊することに成功するも、要塞中庭の魔法植物が淡い光で照らす中、唐突な凶行を目撃して愕然とした。
宿敵の一人ダヴィッド・リードホルムが竜爪の如く変化させた右腕で、彼の仲間だったはずの白スーツ男を背後から貫いたからだ。
「ひゃはっははは。イオーシフ・ヴォローニン。貰ったぞお前の生命。この要塞はオレのものだあっ!」
トウモロコシ色の髪を逆立てた殺人者は、高笑いと罵声を響かせながら、物言わぬ犠牲者からドクドクと脈打つ心臓を掴み取る。
ダヴィッドはイオーシフの遺体から噴き出す青黒い鮮血をびしゃびしゃと浴びて、パーカーめいた上着とダボダボのタイツズボンをぐっしょりと濡らした。
「ひょうっ、チャラチャラしたインテリ気取りめ。初めて会った時から目障りだったんだ。〝赤い導家士〟だあ? 田舎のテロリスト風情が大きな顔してさあ。オレは偉大な革命家だぞ。それを、それを、ムカつくんだよおおっ」
イオーシフは既に事切れている。
ダヴィッドに心臓を抜き取られた年齢不詳の伊達男は、要塞の中庭に力なく崩れ落ち、金色の魔力塊へと変えられてしまう。
「だから、喰らってやるよ。いまいましいゴルトもレベッカも、ファヴニルも、世界の全てをオレが食べてやる。オオオオオオッ――〝 変新〟!」
ダヴィッドはイオーシフであった魔力を取り込みながら、天を仰いで吠え猛った。
弟のアンセルと同じ緑色だった瞳が割れて髑髏のように変貌し、上着とズボンが消し飛び、裸体を黄金の鱗が覆ってゆく。
竜頭を模した兜をかぶり、背から蝙蝠に似た金属の翼と蛇のごとき尻尾が生える。胸腹は鋭角的な鎧に守られ、四肢には竜爪をあしらった籠手と具足が装着された。
わずかな亀裂を除いて外界から閉ざされた要塞の中、全身を黄金色に飾られた異形の竜人。人型顔なし竜が、草花の光をかき消すほどに強烈な光を放ちながら誕生した。
「ダヴィッド・リードホルムっ。自前でスポットライトを用意とか、目立ちたがりが過ぎるだろ!」
三白眼の細身青年クロードは、共に〝禍津の塔〟を破壊した、青髪の侍女レアの手を引いて竜人の前方へと駆け出した。
イオーシフが惨殺された残り香か、鉄臭い血の匂いに咽せそうになる。
「トーシュ教授は、生徒さん達を連れて逃げてくれ!」
「わかりました。緊急脱出装置作動!」
クロードの呼びかけに、未だ機関車に残っていたトーシュ教授は、煤と油で黒く染まった白衣を翻しつつ、床下のガラス板を踏み抜いて、隠されていた円形ボタンを蹴った。
教授と生徒たちが乗った機関室は、ガシャガシャと音を立てながら鉛筆型ロケットのように変形する。
「辺境伯様。御武運を祈ります!」
「逃がすものかよお。この要塞は、もうオレのもんだあっ」
ダヴィッドはクロードとレアを迎えうつように爪を構えながら、尻尾を使って魔術文字を綴った。
飛行要塞がゆっくりと動き出し、岩盤を包むドーム状の防壁が再生する。
しかし、ロケットは閉じ込められる寸前、間一髪で飛行要塞からの脱出に成功した。
「御主人さま。トーシュ教授達は無事、戦場から離れられました」
「させるか。時よ遡れっ。模造術式――〝喰尽者〟――起動!」
ダヴィッドはレアの発言を否定するように、爪の生えた右腕を思い切り振り上げる。
瞬間。岩盤上の時間が、あたかもコマ送りした動画のように巻き戻った。
「……!?」
クロードとレアは不自然な格好で背中方向へ駆け戻り、教授と生徒達が乗ったロケットもまた吸い込まれるように着地。機関室へと逆さまに変形する。
要塞の中にいる面々が言葉を失う中、トーシュ教授だけは大口をあけて歯を光らせた。
「これが一部の神器と盟約者が使う、時空魔術というものか。閃いたぞっ。このアイデアは次の研究に生かせるかも知れない!」
「「教授っ。感心してる場合じゃないっ」」
師匠の突飛な言動に、生徒達は彼を押し退けて脱出装置を起動させようとしたが……。
「いけません。要塞はもう防壁で閉ざされています」
クロードと手を繋いだレアがすぐさま声をあげて、機関室を制止した。
時間が巻き戻ったのは、あくまで要塞の内部だけだ。
要塞上部を覆う卵型の防壁は、すでに隙間なく展開されて、脱出路は失われていた。
「だったら、ぶっ壊してやるたぬ」
「バウワウ(ドリルには負けないっ)」
金色の大虎アリスと銀色の大犬ガルムは、壊した塔の残骸から離れて、防壁を破壊せんと走り出し――。
「壁を壊すより、クソ野郎を撃ち殺した方が早くない?」
『おほほっ。ワタシと気が合いますわね、ミズキちゃん。やっちゃいましょう』
ミズキは騎兵銃を構えつつ、妖刀ムラマサを封印する鎖を解くが――。
「ぎゃはは。無駄だ無駄あ。模造術式――〝喰尽者〟――起動!」
ダヴィッドの魔術によって、金色虎も銀色犬も、狙撃手と刀の封印も、何度だって巻き戻される――。
「これが、世界を統べる〝オレの力〟だ!」
「お前の力であるものか」
クロードはダヴィッドの傲慢な言い分が、なぜか癇に障った。
「レア。力を貸してくれ!」
「はい、御主人さま」
青髪の侍女が薄い光に包まれて、主人が手ずから作った桃色貝の髪飾りへと変身する。
本来〝時を巻き戻す〟という神器の全力展開は、クロードとファヴニル、レアに共通した望みに由来する奥義だ。
ダヴィッドはその境地に至る悔恨も、渇望も、絶望も知らず。ただ盗人のように、ファヴニルから力を引き出しているに過ぎない。
「術式――〝抱擁者〟――起動!」
クロードはレアが変身した髪飾りを後ろ髪に結び、ぐいと拳をかかげた。
世界が揺らぐ。ぐるぐると螺旋を描きながら、歪んだ流れが正常に戻る。
ダヴィッドによる〝時の巻き戻し〟を、更に〝巻き戻す〟ことで無力化したのだ。
「なんだとおおっ。クローディアス・レーベンヒェルム。またオレの邪魔をするのかっ」
「世の平穏に邪魔なのはお前だ、ダヴィッド・リードホルム! 借り物の力で大口を叩くなっ」
クロードとダヴィッドが刃を交え、アリスやミズキ達が脱出口を開こうと奮戦する。
混迷する戦場の中……。ドレッドロックスヘアが目立つ隻眼隻腕の剣客ドゥーエは、乗り物酔いの吐瀉物が入った皮袋を手に、機関車の上へどっかと腰掛けていた。
「ふうん。クロードやコーネならいざ知らず、旦那がダヴィッドに殺される、ねえ」
ドゥーエのただ一つ残った黒い右目は、〝巫覡の力〟を発動したのか、青く輝いている。
彼の表情に友を失った悲しみはなく、むしろ信頼に裏打ちされた警戒があった。
あとがき
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