第503話 顔なし竜討伐と微かな違和感
503
復興暦一一一二年/共和国暦一〇〇六年 晩樹の月(一二月)一二日。
マラヤディヴァ国で、最も長い一日が終わろうとしている頃。
クロード一行は、イオーシフ・ヴォローニンの操る指揮個体の破壊に成功。
臨海都市ビョルハンを囲む、数万体もの怪物魔像の軍勢を大混乱状態に陥れた。
「GYA! GYA!」
「GUOO」
「BAOOON」
統率個体を失い、生前の習性が忠実に再現された結果。
赤銅色の小妖鬼は、自身より何倍も大きな豚鬼に剣で斬りかかり――、
傷ついたオークは、狂乱のままに緑灰色の犬頭鬼を棍棒で殴りつけ――、
吹っ飛ばされたコボルトが、ゴブリンに牙を剥き出しに噛み付く――。
そんな同士討ちが、戦場のあちこちで繰り広げられた。
臨海都市ビョルハンを守る大同盟軍が、怪物魔像を押し戻すのも時間の問題だろう。
しかし、イオーシフを討つにはまだ乗り越えなければならない壁がある。
「GIYAAAAA!」
クロード達が目指す、ナンド領西海岸に浮かぶ飛行要塞。その手前に位置する、全長二〇mに及ぶ巨大な〝顔なし竜〟一〇体が、無差別砲撃を開始したからだ。
「アリス、ウロコの砲弾が来るぞっ」
「たぬうっ。ガッちゃん、ジャンプたぬっ」
クロードがまたがる、金色の大虎アリスが右前方に高々と跳躍する。
直後、人間一人分の大きさに等しい真っ白な鉄塊が撃ち込まれ……。
ゴブリンやコボルト、オーク数百体を血煙に変えながら、大地に大穴を開けた。
「バウワウっ(危機一髪)!」
アリスと並走していた銀犬ガルムもまた、左側へと大きく跳んで砲弾を避けたものの、ピンチはまだまだ終わらない。
「あ、足元が針の山に変わったぬっ」
「バウワウ(落とし穴、やってくれるっ)」
イオーシフの仕込みだろう。
飛行要塞から風が吹くたびに、着地点や進行方向に危険な障害物が設置されて、クロード一行は足止めされる。
一〇体の巨大蛇はそんな彼らを嘲笑うように、雨霰とばかりにウロコを乱射する。
「ひいいっ、旦那め。モンスターの被害を数えちゃいない。際限なく飛んでくるでゲス」
ガルムの背に乗った隻眼隻腕の剣客ドゥーエは、特徴的なドレッドロックスヘアにまとめた頭を抱えながら、ふさふさした銀色の体毛に顔面を突っ込んだ。
「いい度胸じゃない。こっちもお返しだよっ」
『ミズキちゃん、ダメですっ』
だらしない剣客とは違い、彼の背後に座る薄桃色がかった金髪の少女ミズキは、妖刀ムラマサの力を借りて銃弾を果敢に撃ち放つ。
しかし、びゅうと一陣の風が吹くや、砂浜が隆起して弾丸を阻む壁となり――。
「「GIYAAAA!」」
更に顔なし竜一〇体が雄叫びと共に吹雪の翼を広げたため、必殺の銃弾も届くことなく、砂壁もろとも雪に溶け消えた。
「ちょっ、ウソでしょ。なんでえっ?」
「ムラマサが宿す〝第二の魔剣〟と、顔なし竜に搭載された〝第三の魔剣〟は同じ起源を持つ技術です。闇雲に撃っても、相殺されてしまいますわ」
ミズキはムラマサに取り憑く幽霊長女にたしなめられて、ぷうと頬を膨らませた。
「なんだよ、妖刀って割には頼りないじゃんっ」
「まあ、 顔なし竜が強敵なのは今更だ。落ち込むことはないって、痛エ!」
ドゥーエはフォローのつもりか、ミズキの頭を撫でようと生身の右手を伸ばしたが、先ほどの醜態では説得力などあったものではなく、指先に噛みつかれて悲鳴をあげた。
「ドゥーエさん、先に行くよ。多分、僕とアリスの方が相性がいい」
「たぬっ、たぬう。たぬとクロードのらぶらぶアタックに注目たぬ。あのヘビさえ壊せば勝ちはもらったぬ」
目鼻が欠けて、赤く一文字に裂けた口だけを持つ巨大な白蛇竜。
ニーズヘッグと名付けられた怪物には、魔力を喰らう吹雪を放出する能力があり、魔法に依存する船や飛行自転車を寄せ付けない。
だが逆に言えば、顔なし竜さえ破壊してしまえば、飛行要塞は丸裸も同然なのだ。
「そうだ、アリス。顔なし竜さえ壊せば、艦隊で支援砲撃もできるし、ドリル付き機関車だって動かせる」
「むふん。レアちゃん達が〝血の湖〟を貫通したの、カッコ良かったぬ。たぬもやってみたいたぬ」
クロードとアリスは呼吸を合わせて、迷路のような砂壁を蹴り破って……。
海岸から撃ち込まれる何十発という白い鉄塊にも、恐れることなく突っ込んだ。
「砲弾をぶっ放してる間は、吹雪の翼は使えないだろうっ」
「たぬぬうっ♪ 迷路に石合戦、キャンプみたいで楽しいたぬ」
クロードは二刀で顔なし竜のウロコを次々と焼き払い、アリスは肉球のついた拳で竜巻を作り出して吹き飛ばす。
「「GIYAA!!」」
顔なし竜一〇体は二人の接近に怯えたか、あるいはイオーシフが指示したのか、砲撃を中断して吹雪の翼で暴れ始めた。
しかし、弾幕をひとたび停止してしまえば、銀色の大犬ガルムが自由を得る。
「クロードだけじゃないぞマヌケ!」
ミズキに噛まれたことで気合を取り戻したのだろうか?
ガルムにまたがるドゥーエは、鞘に巻いた鎖を解き放ち、妖刀ムラマサを引き抜いた。
白刃が流星のように尾を引きながら走り、目鼻の欠けた竜の頭部を真っ二つにする。
「イオーシフの旦那、慢心する悪癖が出たな。技術の根っこは同じでも、〝殺す〟力と〝喰らう〟力だ。直接戦闘で負けるかよ!」
「やるね、ドゥーエさんっ」
クロードには、システム・ヘルヘイムとシステム・ニーズヘッグの、いずれが優秀かなんて判別がつかない。
しかし、本気を出したドゥーエが量産型ニーズヘッグより遥かに強いことは、この最終決戦に至るまでの共闘で重々知っていた。
「これなら、飛行要塞まですぐだよっ。――熱止剣!」
「たぬぬうっ」
クロードもまたアリスと共に吹雪の翼を掻い潜り、火を噴く脇差し火車切で顔なし竜の巨体に魔術文字を刻み、爆殺する。
(長かった、長すぎた一日が、終わる)
クロードは爆風に吹かれて、手首に張り付いた赤い布切れを握りしめた。
おそらくは、イオーシフが怪物の軍勢を指揮する為に使っていた小物の一部だろう。
(レア。僕はもう一度ファヴニルに、拳を届かせるっ)
クロードは、臨海都市ビョルハンで飛行要塞攻略の準備を整えているだろう、青髪の侍女レアの顔を思い浮かべた。
瞬間、彼女の言葉が脳裏に木霊した。
『御主人さま。イオーシフ・ヴォローニンは、何かを隠しているようです』
レアは、イオーシフの内心を訝しんでいなかっただろうか?
『彼の者は、お兄さまを一貫して〝邪竜〟と呼んでいました。口に出さずとも、敵意すら込めていた気がするのです』
クロードが愛する少女であっても、その見立てが必ず正しいとは限らない。
事実、レアの疑念とは裏腹に、イオーシフはファヴニルに忠実な遅滞戦闘を、ナンド領で展開している。ただ一点だけ、奇妙な違和感が残るとすれば……。
「この赤い目印だ。もしも時間稼ぎが目的なら……、イオーシフはなぜ指揮個体に、わざわざ〝目立つ赤い小物〟をつけたんだ?」
あとがき
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