第502話 悪徳貴族、魔軍を突破する
502
復興暦一一一二年/共和国暦一〇〇六年 晩樹の月(一二月)一二日。
夜も深まり、時計の針がゆっくりと正子に近づく頃。
クロード達は、臨海都市ビョルハンを包囲する数万体のモンスター軍に対し、逆転の秘策を得た。
鍵となるのは、ドレッドロックスヘアの剣客ドゥーエが背負う妖刀ムラマサ。
そして彼と共に銀犬ガルムに腰掛けた、薄桃色がかった金髪の銃使いミズキだ。
「ミズキちゃん、イオーシフは〝自分のゴーレムは、ファヴニルの雪人形から学び、凌駕するために腐心した技術だ〟と言っていた。死者の魂を憑依させる力はないけれど、モデルの能力や反応を真似ることはできるんだ」
クロードが、金色の大虎アリスにのったまま早口で説明したが……。
「聞いてたよ。あのうさんくさいスーツのテロリストが、小妖鬼や犬頭鬼、豚鬼の肉を使って生肉魔像を作ったんでしょ。でも、おかしいよ。数万体の怪物を再現したとしても、本能のままに暴れるだけじゃない?」
ミズキは、既におおよそを理解していた。
彼女の疑問はもっともだ。怪物の死骸を使い、モンスターとまったく同じ人形を作っても、生前同様の暴虐にふけるだけで軍隊として機能するはずがない。
しかし、その欠点を埋める裏技を、イオーシフの親友たるドゥーエは知っていた。
「だからイオーシフの旦那は、自分が操作する指揮個体を別に用意したんだ。あとは、ゴーレム達が最大の戦術効果を発揮できるよう誘導すればいい。〝赤い導家士〟の代表を引き継いだ旦那は、荒くれ者を率いるのに手慣れている」
「ドゥーエ。アンタ達がいたテロ団体の構成員は、モンスター並の考えなしなのかい!?」
ミズキが皮肉たっぷりに罵ると、ドゥーエは背負った妖刀ムラマサを抑えながら、さらりと視線を逸らした。
「ミズキ。工作員ってのは、いわば細胞なんだよ。細胞が頭を使ったら駄目だろう」
「実感できるから、なおさら腹が立つね。何が革命だよ、馬鹿馬鹿しい。アンタたち〝赤い導家士〟も、クソッタレの佞臣軍閥、〝四奸六賊〟と変わらないじゃないか!」
「フヒヒ、細胞は統率者がいなくなると、すぐに内輪揉めを始めるんだぜ。抑え込もうとすれば、今度は粛清まみれの恐怖政治だ。やっぱり独裁社会ってろくなものじゃないな」
「なら、とっとと滅べ! って、〝赤い導家士〟はもう滅んでるじゃんっ」
ミズキも、ドゥーエにがみがみと噛みつきながら理解したらしい。
つまるところ、モンスター軍が統率されているのは、イオーシフが直々に操る指揮個体がいるからであり、それらを破壊すれば――組織だった行動は不可能になる。
「じゃあ、あたしに指揮個体を騎兵銃で狙撃しろって言うの? 無茶言わないでよ」
『あら、ミズキさん。末妹のイスカちゃんに出来たことを無茶だなんて、頼りないお姉さんですわね。無理なら、ワタシが変わってあげましょうか?』
実のところ、見晴らしの良い高所から射程の長い弩で射抜くのと、乱戦の中で射程と精度に劣る馬上銃で狙撃するのでは、後者の方がより困難なのだが……。
妖刀ムラマサに取り憑く幽霊姉弟の長女に煽られたミズキは、風船のように頬を膨らませて騎兵銃を振り回した。
「いいわよっ、やってやろうじゃない。 この幽霊姉貴!」
「アリスとガルムちゃん、ドゥーエさんは、指揮個体を見つけてくれ。僕は射線を確保する」
「むふんっ、たぬはとっても鼻が利くたぬ。真正面〇時の方向にいる、赤いマフラーを巻いたゴブリンから変わった魔法の匂いがするたぬっ。その奥一〇〇m先の赤いバッジをつけたゴブリン、更に二〇〇m先の赤い手袋のゴブリンもたぬっ」
ここで、意外な活躍を見せたのがアリスだ。
卓越した嗅覚で魔法すらも嗅ぎ分けて、大軍の中から指揮個体を次々と見抜いた。
「バウ(なるほど)。ワウワウ(左前方、一〇時方向。砦跡に隠れた、赤い腕輪をつけたコボルトの動きも怪しい)」
「あいよっ。右後方の五時方向、赤いたすきを巻いたオークが指揮しているでゲス。なんだァ、闇夜でわからなかったが、簡単な目印でゲス」
そうして赤いアクセサリという目星をつけてしまえば、指揮個体の捜索は驚くほどスムーズに進んだ。
「〝雷切〟、〝火車切〟、力を示せ!」
クロードは、雷を帯びた刀と火を噴く脇差しを使い、モンスターの軍勢へ雷火を浴びせかけて標的までの障害を焼き払い――。
「熱くなってるのは、心だけ。頭は冷静に、指先は迷わないっ」
『並行世界でも家族ですから、お手伝いしてあげますわっ』
ミズキが両手で構えた騎兵銃から、ムラマサの力を宿した弾丸を指揮個体に命中させ、バラバラの氷片へと変えた。
イオーシフが、飛行要塞〝清嵐砦〟から風を送り込み、再生を試みるが無駄だ。
〝世界を滅ぼす呪い〟を宿した銃弾は、ゴーレムを構成する肉塊も、遠隔操作を中継する赤い小物も、構成素材に至るまで念入りに殺し尽くしたからだ。
「命中、的中、百発百中ってね!」
ミズキが引き金をひくたびに、モンスターを軍勢たらしめる指揮個体が失われる。
「GYAGYA!」
「GUOOOO!」
そして、一度統制が失われるや……。
赤銅色のゴブリンは、緑灰色の毛を持つコボルトに矢を射かけ、コボルトは斧を片手に巨躯のオークに斬りかかり、オークはゴブリンを掴んで食らいついた。
数万体に及ぶ怪物人形達は、造形された器が宿す破壊衝動に駆られるがまま、互いを喰らい始めたのだ。
かくして臨海都市ビョルハンを包囲する軍勢は、たちまちのうちに大混乱に陥った。
「GYAOON!」
断末魔の叫びをあげてモンスター達が崩れ落ちる。
幾度かびゅうと風が吹くも、イオーシフの制御を離れたからか、それともミズキとムラマサが統率個体を葬ったからか、怪物が復活することもなくなった。
「あーっはっは。やってやったぜ。どうよ姉貴っ」
『ミズキちゃん、信じていましたわっ』
ミズキとムラマサがハイタッチでも交わすように、手と柄をぶつけ合う。
「たぬう。クロード、兄弟や家族っていいものたぬ。たぬもややこが欲しいたぬ」
「うん、アリス。戦いが終わったら家族になろう」
「たぬう。大好きたぬ」
クロードとアリスが仲睦まじく身を寄せ合うのを見て、ドゥーエは茶々を入れたくなったらしい。
「カッカッカッ、姉弟が多いのも考えものですぜ。オレも口煩い姉貴と短気な妹達に挟まれて、何度胃を痛めたことか。ひょげえっ」
「『だまれ、そして死ね!』」
兄にして弟たる男は、姉と妹から手厳しい制裁を受けたが、自業自得と言えよう。
「皆、次の標的は、砲台になっている顔なし竜一〇体。飛行要塞まであと少しだっ!」
あとがき
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