第499話 クロードとセイ
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復興暦一一一二年/共和国暦一〇〇六年 晩樹の月(一二月)一二日。
長かった一日が終わり、再び夜がやってきた。
クロード達は、お互いの無事と七つの塔の破壊を喜びあい、食事と小休憩を取った。
ファヴニルが第一位級契約神器に進化するために、マラヤディヴァ国に建てた一〇本の楔――。地脈からエネルギーを汲み出す塔も、残すところあと三つだけだ。
「セイ。ヴォルノー島の西海岸には、ナンド領に建てられた第八の塔と、飛行要塞でルクレ領から運ばれた第九の塔がある。次の攻撃でまとめて破壊するよ」
「棟梁殿。マラヤ半島に残っている塔は、中央部グェンロック領でそびえる第一〇の塔だけだ。此方も準備が整い次第、制圧しよう」
クロードは、臨海都市ビョルハンの郊外に用意された臨時キャンプ、鈴なりに並ぶテントの一角で、通信用の水晶玉と向き合っていた。
彼の恋人の一人であり、大同盟の総司令官でもある〝姫将軍〟セイと、今日一日の情報を共有しているのだ。
「よしよし、一度は途絶したマラヤ半島とヴォルノー島間の通信も、だいぶ回復したみたいだね。もうひとつの懸念だった、魔力喰らいの顔なし竜もおおかた討ち取れた」
「塔を破壊した後も戦闘は続いているから、まだ何匹か残っているだろう。それでも、上下水道のような魔法設備も復旧したし、基地や艦艇、飛行自転車の稼働も順調だ。ようやくファヴニルと同じ土俵に上がれそうだ」
クロードとセイは、ほうと息を吐いた。
「それにしても、チョーカーとゴルトさんはやっぱり生きていたか。アイツら殺しても死なないんじゃないか?」
「ははっ、そうやも知れん」
クロードがタダでさえ良くない目つきを更に悪化させてこぼやくと、セイは薄墨色の髪の下、張り詰めていた相好を崩して、悪戯っぽく唇をつりあげた。
「チョーカーやゴルトに引っ掻き回された礼は、祝勝会でお返ししよう。棟梁殿が音楽を奏で、ショーコ殿が絵を描き、私とアリス殿が手料理を馳走し、ベータ殿とシュテン殿が給仕をする。今から驚く顔が目に浮かぶよ」
「これぞサプライズパーティってやつだね。肝のすわった連中も、揃ってひっくり返るんじゃないかな?」
クロードとセイは遊び心たっぷりに目配せを交わしたが……。
もしも第三者が聞いていれば、『やめろ、参加者が全滅する!』と苦言を申し立てたことだろう。
邪竜ファヴニルと巫女レベッカでさえも逃走しかねない〝悪魔の宴〟だが、残念ながら企画者二人には自覚が無かった。
「ゴルト殿も、あのチョーカーと半年過ごして良い影響を受けたようだ。もはや、みだりに乱を起こす気はないらしい」
「そうなのか? あの色惚け隊長もたまには善行をやるんだな」
クロードもセイも指揮と戦闘と明け暮れて、細々とした情報は把握していない。
アンドルー・チョーカーはこの半年間、『恋人のミーナに生存を知らせず、ゴルト隊の女性兵士を片端から口説く』という、とんでもない悪行に及んでいた。
とはいえ、チョーカーの〝マラヤディヴァで一番非常識な男〟という異名に違わぬ奇行の結果……。
隊長ゴルトと副長のジュリエッタを筆頭に、〝体育会系一筋だった隊員達が恋愛に目覚める〟という意外な効果を発揮していた。
「棟梁殿。それよりも、リヌス殿が戻ってきたという情報は本当か? 奥方のアネッテ殿や、弟のロビン君が真偽を知りたがっているんだ」
「さっき顔を合わせたよ。高城部長が緋色革命軍から救出して、イルヴァさんやカロリナさんと一緒に援軍に送ってくれたらしい」
アリスの言っていた変わった匂いとは、リヌスのことだったらしい。
クロードは、時折寂しげだったアネッテを思い出して、安堵で胸を撫で下ろした。
「今は、ファヴニルを弱体化させる儀式を行ってくれている。後詰めの心配も必要なさそうだ。部長には頭が下がるよ」
クロード達がファヴニル討伐に失敗し、マラヤディヴァ国が失われたとしても――ニーダル・ゲレーゲンハイトが第二の矢として、ファヴニルに挑むことだろう。
世界はまだ終わらない。
「棟梁殿。敗退した場合の保険ではなく、決戦時の助力は得られないのか? その方が勝算は高いだろう」
「セイ、駄目だよ。高城部長は西部連邦人民共和国の冒険者だ。リヌスさん達のような〝故郷を守るため〟という大義名分もない以上、力を借りるのはマラヤディヴァ国にとって悪手だ」
マラヤディヴァ国は三年前と異なり、内乱でおおいに弱体化した。
もしも、『ニーダルが主体となってファヴニルを討伐した』と海外諸国に受け止められれば、国家の生殺与奪を共和国に握られかねない。
「僕達がファヴニルを倒すんだ。部長にも他の誰にも、譲れないし、譲りたくない」
クロードが、レアが、ソフィが、アリスが、セイが。エリック達が――マラヤディヴァ国に住むひとりひとりが、生きるために命をかけて戦ってきたのだから。
「それでこそ、棟梁殿だとも。そうだな、私達の手で奪い返さねばソフィ殿に合わせる顔もない」
「セイ、エカルド・ベックは強敵だ。僕達が行くまで、どうにか持ち堪えてくれ」
「棟梁殿、私達を信じてくれ。此方にもゴルト殿をはじめ将は揃っているんだ。ちゃんと勝ってみせるさ」
「うん」
クロードは薄墨色の髪が華やかな少女を見つめ、セイは心惹かれる三白眼の青年を瞳に映した。
「セイ、愛しているよ」
「クロード、私も愛している」
二人は示し合わせたかのように、互いの額を水晶玉に重ねた。
「「必ず、勝とう」」
必勝を誓って、通信を切る。
次の瞬間、キャンプが大きく揺れた。
「な、なんだ。地震か? それともレアが」
「御主人さま、敵襲です!」
クロードがあらぬ妄言を口走りかけた時、青髪の侍女が緋色の瞳を揺らしながら、慌ただしく天幕の中へ踏み込んできた。
「レア、徘徊怪物の軍勢はさっき壊滅させただろう。それともゴーレムが襲ってきたのか?」
クロードはレアに手を引かれ、テントを飛び出して愕然とした。臨海都市ビョルハンを守るように、巨大な門の幻影が広がっていたからだ。
「アリスとガルムちゃんが防御結界を、〝門神〟を起動した?」
そして、その外側では――。
昼間、確かに討ち取ったはずのモンスターの大軍。その死体が再び起き上がって、十重二十重に街を包囲していた。
「御主人さま。イオーシフは、お兄さまの力を借りたのかも知れません。街は今、動く死体に取り囲まれています」
「まさかアイツ、僕たちがダヴィッドの軍勢を潰すことまで予定通りだったのか」
クロードは、敵将イオーシフ・ヴォローニンの底知れなさに戦慄した。
あとがき
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