第497話 ツバメ返し四連を乗り越えろ
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三白眼の細身青年クロードは、スーツ姿の砂像イオーシフが召喚した、四体の砂礫魔像を見て、驚きの声をあげた。
ハリのある長髪と切れ長な瞳が麗しい、涼やかな面差し。猛禽めいた生命力を感じさせる小柄な肉体。男女ともつかない中性的な美貌は、彼の記憶にある人物像とそっくりだ。
「苅谷近衛。男装先輩じゃないかっ!?」
クロードは、無骨な皮鎧を身につけてなお、美しさと儚さを両立させた魔像のモデルとなった女性を知っていた。
ドゥーエの師匠である、美麗なビキニアーマーを愛用する筋肉ダルマの男剣客、カリヤ・シュテンの遠い縁戚だ。
「彼女は、コーネ・カリヤスクと名乗っていたよ。やはり本名を知っていたのかい?」
イオーシフが砂で作った人工物といえ、クロードは懐かしい演劇部の先輩を目撃して、動揺のあまり目眩すら覚えていた。
(僕達がマラヤディヴァ国上陸を阻止し、高城先輩が共和国で首魁を討った、国際テロリスト団体〝赤い導家士〟。その末路は……)
イオーシフ・ヴォローニンが率いた〝赤い導家士〟は、イシディア国でコーネ・カリヤスクなる英雄によって引導を渡された。
しかし、眼前にいる亡霊を討伐した英雄は、名前以外の一切が明かされていない。
「男装先輩は何をやっているんだっ」
クロードは、近衛に似せた四体の魔像が振るう長剣。V字、半円、ジグザグといった無軌道な斬撃を必死でかわす。
コノエの砂像が長剣を振るうたび、ダヴィッドが壊した砦の柱がすっぱり切られ、瓦礫の山がプリンのように崩れ、荒れた大地すらもザックリと傷がつく。
「センパイはシュテンさんと同じ一族だし、武道の才能もずば抜けていたから、この技を、ツバメ返しを自力で習得したのは納得するよ、でも!」
クロードは四体の魔像が振るう背丈ほどもある長い刀に対し、敢えて至近距離に飛び込む奇策で、辛くも回避に成功した。
半壊した大鎧は、猛攻に耐えきれず砕け散ったが、生きているだけ儲け物だ。
「名前が売れたのなら、新聞に顔を出してくれたっていいじゃないか」
クロードは苅谷近衛の像を間近に見て、高城部長との別離以来、積もった想いが溢れ出すのを止められなくなった。
「そうじゃなくても、僕の顔を見つけられただろ。それとも、まだ記憶が戻っていないのか?」
クロードは同じ高校の演劇部員であったコノエを、大切な友人と信じていた。
だからこそ、まるで見捨てられたかのように音信不通だったことが、悲しくて仕方がない。
「いやあ、記憶は戻っているんじゃないですか? 私、コーネさんと戦った時、貴方のことを紹介しましたから」
「なん、だって」
イオーシフは、クロードの無様を見物しながら、こともなげに放言した。
一〇中八、九、嘘だろう。惑わせる為の策謀だろう。それでも、耳を離せない。
「私も〝貴方達〟がロジオンと同じような、別世界からの転移者ではないかと疑って、直接尋ねたんです。マラヤディヴァ国にいるクローディアスという男と、お知り合いじゃないですかって」
クロードは粘液状の鎧を手足に集中させることで、砂礫魔像のツバメ返しを弾きつつ、イオーシフの言葉に生唾を飲み込む。
「そしたら『デタラメ言うなっ。私の後輩は真面目な子だ。間違っても、四股の悪徳貴族になるはずがない』と激怒されました」
「ぐはあっ」
クロードは偽ゴーレムの技こそしのいだものの、本物による容赦のないツッコミに精神と胃壁を削り取られた。
結果、四連続の衝撃を逸らしきれなくなり、後方へとはね飛ばされる。
(人付き合いの苦手な後輩が、評判の悪い貴族になって、四人の女の子と仲良くしています。駄目だ、誤解される要素しかないっ)
クロードの知るコノエという少女は、地球時代から精神的に脆い側面があった。
刺々しい記事を目にしたことで、再会が怖くなったのかも知れない。
むしろ立ち止まってくれるだけ有情だ。他の先輩達なら、『よし、あいつを殴って正気に戻そう』なんて、討伐の準備を始めても不思議はない。
「むむむっ、つくられたスキャンダルが憎いっ」
「いやあ。悪徳貴族はデタラメな虚像としても、――四股交際は事実でしょう。自業自得では?」
「い、痛いところをついてくれる。でも、アンタとのやり取りで攻略法が見えた」
「ほう。私の砂礫魔像は、かの邪竜の雪人形から学び、凌駕するために腐心した技術の結晶です。貴方を倒すに足ると自負している」
クロードは、破壊された砦の廃墟へ突っ込んだものの、ふらつく足で大地を踏み締めて立ち上がった。
イオーシフと交わした何気ない会話から、活路を見出したのだ。
「ふ、まずは小手調べだ。〝近衛センパイ、高城部長が美人二人とデートしてましたよ〟」
「はい? ええっ……」
クロードには確信があった。
もしもコノエに自我があれば、即座に悲鳴をあげて戦闘不能になることだろう。
しかし、ここにいるのは、あくまでイオーシフが再現した砂礫魔像だ。
四体とも、特に目立った動揺はなく、無表情で刀を構えている。
「やっぱり無反応か。精神攻撃が効かない男装先輩なんて、具を抜いた饅頭に等しい!」
「あの。私が言うのも何ですが、貴方は、コーネさんを何だと思ってるんですか?」
「やる時はやるけど、それ以外は精神強度が豆腐並でとっても面倒臭い先輩」
「ひどすぎるっ。もう少し言葉を選びましょう。なんで敵だった、それも〝殺された〟私が、コーネさんを庇っているんですか?」
クロードはイオーシフとの漫才に興じたあと、ニヤリと唇を歪めた。
「冗談だ」
クロードは徒手空拳のまま、再び四体の魔像へと接近する。
そして、四連続のツバメ返しを、衝突寸前のギリギリで避けた。
「僕に戦闘の基本を叩き込んだのは、近衛先輩だ。さっきも言ったように、闘る時は闘る女性だって知ってるよ」
シュテンとコノエが使う秘技、ツバメ返しの恐るべき点は、変幻自在の剣捌きに他ならない。
どこへ逃げようとも、物理法則を無視したように追尾してくる魔剣と向き合うなんて、恐怖以外の何モノでもない。しかし。
「イオーシフ、さっき〝使う〟ことが大切と言ったな。確かにアンタの魔像技術はファヴニルに匹敵する。でも、どれだけ精密に模倣しても、太刀筋の違いは誤魔化せない」
クロードはドゥーエと共に、源流派と言えるカリヤ・シュテンを打倒している。
一方のイオーシフは〝ゴーレム使い〟であって、剣術家ではない。だから、四体のコノエ人形がツバメ返しを振るうことで――。
互いの長剣が邪魔になり、せっかくの持ち味を生かしきれていないことを見落とした。
「もう一度断言しよう。ツバメ返し四連撃は脅威だけど、だからこそ攻略法が見えた」
「口先のブラフと言いたいが、妙な説得力を感じる。さすが一度は我らを阻んだ男。まったく、食えないお人だ」
クロードはイオーシフが渋面で呟くのを横目に、戦場全体を見渡した。
(今、街の方でゴオッって汽笛が聞こえた。ヴォルノー島に残る敵はこのナンド領だけだ。他の領で戦っていた部隊が、援軍に到着したんだろう)
クロードがダヴィッドを、そしてコノエの魔像四体を引きつけた甲斐があった。
大同盟は優勢に転じつつあり、アリスとガルムも此方へ向かっているようだ。そして。
「煮ても焼いても食えない邪竜に、三年間揉まれたからね。レア!」
「はい、御主人さま。鋳造――雷切!――火車切!」
細身青年は三白眼の片方を閉じてウィンクし、彼のパートナーたる青髪の侍女が後方から投じた二本のはたきを受け止めた。
レアの魔術によって、布付き清掃棒は雷を帯びた刀と火を噴く脇差しへ造り替わる。
「イオーシフ・ヴォローニン。アンタが〝使う〟には、男装先輩は重いんだよっ」
クロードは二刀流で十文字に斬りつけ、コノエを模したサンドゴーレム一体を破壊する。
「御主人さま。お待たせしました」
「ううん、助かったよ。さあ反撃と行こうか!」
あとがき
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