第496話 思いがけぬ再会?
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三白眼の細身青年クロードは右足を用いて、自らに迫る黄金の竜人ダヴィッドの手首を蹴り上げた。
彼の目論み通り、七色の光を帯びた空間破砕魔術は空に逸れて、無力化に成功した。
「どうやら本当のダヴィッド・リードホルムは、ファヴニルに縋ったときに死んだらしい。ここにいるのは残骸もいいところだ」
「うるさい。虫ケラが俺をはかるなっ。そうか、オレが怖いんだなっ、オレの力が恐ろしいんだ。だから囀らずにいられないんだっ!」
人間を捨てて、髑髏顔の人型〝顔なし竜〟となったダヴィッドは、切り札をかわされたと知るや、まるで駄々っ子のように爪や尻尾をぶんぶんと振り回した。
(同じニーズヘッグなのに、まるでハリボテだ。もしイーヴォさんやカミルに徒手空拳で向き合ったら、とっくに殺されているよ)
クロードは見え見えの攻撃を容易く避けながら、劣化も甚だしいダヴィッドの姿を見つめる。
虚栄と強欲が形になったかのような、貴金属で飾り立てられた鱗、竜を模した籠手に脚甲、蝙蝠に似た翼。
肉体のすべてが金色だが、まるで腐臭漂う排泄物を塗りたくっているようだ。
「ダヴィッド、お前にも仲間が居ただろう。自分だけの野心があっただろう。ファヴニルに魂を差し出して、借り物の力を恵んでもらって満足か?」
「やはり、図星かっ。オレの力を怖れているんだ。そら針だ、剣だ、槍だっ、踊れ踊れ」
ダヴィッドは高笑いしながら手足を異形化させ、ナンド領兵士達の血で濡れた大地を凶器の海に変えた。
だが、イーヴォ隊ほどに凶悪な連続攻撃も無ければ、カミル隊ほどに性質の悪い毒罠があるわけでもない。
ダヴィッド・リードホルムには、汗を涙を血を流して、心と体に通した芯がない。
「鋳造――八龍の鎧。ダヴィッド、せめてもの情けだ。僕が介錯してやるよ」
クロードは、八柱の竜が描かれた黒い大鎧を身に纏い、荒々しい攻撃の渦中へゆったりと踏み込んだ。
「やかましいっ。死ね、死ね、死ねええっ」
ダヴィッドが繰り出す連続攻撃――。
鋭い爪を右手袋でさばき、太い尾を左手甲で逸らし、剣や槍の林を肘膝の装甲で折り、針山を靴で踏み砕いて、クロードは泰然と歩を進める。
「鋳造――八丁念仏団子刺し」
クロードは重心を下げて、やや腰を落とした下段から愛刀を抜き撃ち、斜め上へ逆袈裟に斬り込んだ。
涼やかな刃は、暴れるダヴィッドの腹から胸の境目を走り、装甲、鱗、骨肉をすっぱりと両断した。
「ぎいえやあああ!?」
ダヴィッド・リードホルムは、信じられないとばかりに顔を不格好に歪め、下半身からずり落ちながら断末魔の絶叫を上げる。
『やはり今の彼では勝てないか。〝使い勝手〟はよくなったが、悩ましいね』
しかし、次の瞬間。
びゅうと一陣の風が吹き、謎の声が響いた。
「この声はっ、赤い導家士のイオーシフ・ヴォローニンか!?」
唐突な風が鮮血に濡れた土埃を舞いあげて、遮光カーテンのように視界を閉ざす。
やがて煙幕が晴れた後には、瀕死の竜人と入れ替わるように、清潔なスーツ姿の砂像が立っていた。
「ええ、イオーシフですとも。名前を覚えていただいて光栄だ。ダヴィッドの救出に参上した」
ダヴィッドの真っ二つになった肉体は、ガラスめいた巨大水晶に包まれている。
「しかし、辺境伯。先ほどの問答はいただけない。ダヴィッドがせっかく〝鉄砲玉に仕上がってくれた〟のだから、私としては彼の意志を尊重して欲しいね」
「アンタはまるで、自分が使う側だと誤認しているようだ」
クロードは『お前もファヴルの鉄砲玉だろうに』と皮肉ったのだが、イオーシフは蛙の面に小便とばかりに受け流した。
「そうとも、〝使う〟ことが大切さ。辺境伯は、先程ダヴィッドの力を借り物だと指摘したが、君の立場だって最初は借り物だったはずだ。重要なのは〝使い方〟なのさ!」
イオーシフ・ヴォローニン。
テロリスト団体〝赤い導家士〟最後の指導者であり、一時はダヴィッドの上司でもあった男は、自信満々に言い放つ。
(イオーシフめ、露骨な挑発だ。目的はダヴィッドの回収か、それとも囮に罠を仕掛けているのか)
クロードが冷ややかに見つめる中、イオーシフは身振り手振りを交えて熱心に語るが、背後ではダヴィッドの入った水晶をゴブリンやオークの群れに運ばせていた。
「ふふふ。何を隠そう、私は昔から金を借りるのも、債務を踏み倒すのも、――大好きなんだ!」
「アンタ、めちゃくちゃ言ってるよ」
クロードは軽口を叩きつつ、交戦を決意した。
「嫌だなあ。テロリストの親玉が約束なんて守るわけないと思わないかい?」
「つまり、交渉は不要ってことだろう。同感だっ」
三白眼の細身青年は息を整えて再び足軸を動かし、スーツ姿の砂像が無為に両手を動かした隙を突いて、愛刀で突き込もうとした。
「〝鮮血兜鎧〟展開!」
しかしその直後、クロードは恥もへったくれなく、転がるように背後へ逃れた。
愛刀が真っ二つに両断され、脇楯が破られ、正面装甲すらも断ち斬られている。
とっさに物理攻撃を逸らす、特殊な粘液をまとったものの、間一髪もいいところだ。
(なんだ今の攻撃はっ。もう一息下がるのが遅れたら剣や鎧どころか、四肢を持っていかれた)
イオーシフは芝居めいた手の挙動に隠して魔術文字を綴り、新たな戦力を呼び寄せていた。
「ひとつ種明かしをしよう。私は第四位級契約神器飛行要塞との契約により、神器の影響が及ぼす範囲内であれば、砂や土といった〝物質〟を思うがままに〝使う〟ことができる」
クロードは、風が作り上げた魔像を見た。
艶やかな長い髪と、整った頬筋、小柄ながら可憐さとしなやかさを兼ねた、妖しい魅力を秘めた肢体。
無骨な皮鎧を身につけながら、男にも女にも見える砂礫魔像が四体、術者を守るように立ち上がり、身の丈ほどもある長い曲刀を振るったのだ。
(あり得ない。この剣筋、ツバメ返しを実現出来るのは、シュテンさんだけのはずだっ)
ビキニアーマーを着る、マッスルすね毛親父と同様に……。
美しい四体の使い魔は、物理法則を無視したかのように、Vの字やらジグザグやら半円を描く異様な剣をクロードに命中させた。
「辺境伯様を歓待する為、私の知る最強を用意したよ。どれほど強いかというと、生前の〝私を殺した〟くらいだとも。彼女は――」
イオーシフが勿体ぶって、サンドゴーレムのモデルを口にしようとしたが、クロードは聞く前に叫んでいた。
「――苅谷近衛。男装先輩じゃないかっ!?」
「コーネ・カリヤスクと名乗っていたよ。おや、やはり本名を知っていたのかい?」
あとがき
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