第495話 クロード 対 ダヴィッド 三戦目
495
復興暦一一一二年/共和国暦一〇〇六年 晩樹の月(一二月)一二日夕刻。
三白眼の細身青年クロードは、夜の気配が近づくナンド領の臨海都市ビョルハンで、盟友たるマルク侯爵と婚約者ガブリエラを庇い――、目鼻の無いしゃれこうべめいた顔の黄金竜人を蹴り飛ばした。
「クロード殿!?」
「へ、辺境伯様っ」
「「盟主様が来たぞ。いやったああっ」」
兜鎧が砕け散って満身創痍となったマルクも、儚い命を散らす間際だったガブリエラも、瀕死となって倒れ伏す兵士達も、一斉に歓喜の声をあげた。
「マルク侯爵、ガブリエラさん。大同盟の皆、よくビョルハンの街を守ってくれた。皆が頑張ってくれたから、僕はここに来られたんだ!」
「「辺境伯様の到着を信じてました!」」
クロードは歓声に包まれながら、感謝するのは自分だと拳を強く握りしめた。
(今の優位はマルク達のおかげだ。もしもビョルハンの街が陥落していたら? 港湾と鉄道がファヴニルの手に渡っていたら? きっと恐ろしい被害が出ていたはずだ)
果たして今のダヴィッドに、船や鉄道を利用する意図があるかは不明だが……。
ファヴニルの傍に立つレベッカ・エングホルムであれば、必ず悪用したに違いない。
「ファヴニルが蘇らせた元〝緋色革命軍〟代表、ダヴィッド・リードホルムの相手は僕がする。マルクとガブリエラは怪我人を連れて下がってくれ」
「クロード殿、わかりました」
「お姉さん、待ってますからねっ」
「「仕切り直しだ。マルク様とガブリエラ様を守りつつ、後退!」」
マルクはガブリエラに支えられつつ、まだ生きている怪我人を回収して、軍の再編をはかった。
「御主人さま。ナンド領の皆様、こちらに治療キャンプを用意しました!」
「「レア様だっ、助かった。助かったぞおおおっ」」
ガルムの背に乗って追いついたらしい、青髪の侍女レアが後方で手を振るや、傷だらけの兵士達は歓喜の叫びをあげた。
「軽傷の人は、たぬやガっちゃんと一緒にモンスターと戦うたぬ。もうひと踏ん張りたぬ」
「「守護虎アリス様も来られたぞ、もう負けないっ。やるぞやってやるぞっ!」」
更にアリスとガルムが激励すると、丸一日の激戦で疲労困憊だった兵士達が、足を震わせながらもゴブリンやコボルトに武器を向けた。
「やっぱり、レアやアリスの方が人気じゃないかっ」
クロードは、兵士達の興味と関心がすぐ恋人達に移ったことで肩を落としたが、残念ながらおちゃらけている余裕はなかった。
全身金ピカの鱗に包まれた髑髏顔の竜人、ダヴィッド・リードホルムが、剣ほどもある爪で斬りかかってきたからだ。
「ぐうう、クローオオオオオオディアス。この偽物貴族がっ、殺してやるっ。今度こそ殺してやるぞぉおおっ」
「ダヴィッド・リードホルム。エセ革命家が吼えるなっ」
ひとりは、悪徳貴族の影武者として。
ひとりは、革命政権の独裁者として。
クロードとダヴィッドは、共に邪竜の玩具に選ばれながら、まるで正反対の道を選んだ。そして数奇なる旅路の果て、再び同じ闘争の舞台へあがる。
「なにがエセ革命家だっ。この美しい黄金の肉体を見ろ。オレは強大な力を得たっ。もうレベッカにも、ゴルトにも負けやしないっ」
ダヴィッドが蝙蝠めいた黄金の翼を広げるや、戦場に雪と霰が吹き荒れた。
魔法の氷雪は破られた壁や壊された柱を、針の山や剣の泉、拷問器具の海へ変えて、クロードを刺し貫こうとする。
「これが、オレの新しい最強の力だあああ」
「ああ、強いな。でも、これはファヴニルの力で、お前のものじゃないだろう?」
クロードは両手にはたきを生み出して、あたかもホコリを落とすように、氷雪で作られた剣呑な凶器を掃除する。
「なあ、ダヴィッド。お前は新参者だったはずなのに、テロリスト集団〝赤い導家士〟に確たる派閥を作った。外国の佞臣軍閥〝四奸六賊〟や、傘下の悪徳商人達とも、強力なコネクションを築いていた」
クロードは生来の才能をドブに捨て、竜人となり果てたダヴィッドに胸が痛んだ。
「お前の獣じみた直感と決断力。そして組織掌握能力は、僕には無かったものだ」
善悪は別にして、認めなければならない。
「領都レーフォンで初めて出会った時、ダヴィッド・リードホルムは、この僕よりもずっと強かった」
「そうだ、そして今も強い!」
ダヴィッドは、足元の地形を氷山や氷沼に変化させ、人間離れしたパワーと速度でごり押ししてくる。別に力任せが悪いわけでは無いが……。
(ファヴニルに与えられた力ばかりで、ダヴィッドの長所・美点がまるで残っていない)
友情を秘めたが故に、脅威の生存力を見せたカミル。
尊大な我儘を、自由への渇望に昇華させたアルフォンス。
ヴァリン領で遭遇した強敵達と比較しても、ダヴィッドはあまりに空っぽだ。
「ちいいっ、ちょこまかとウザい。これがっ、邪竜の爪牙だっ!」
「懐かしいな。初めて戦った時の、裏返しかっ」
一進一退の戦いに業を煮やしたのか?
反則級の力を与えられてなお思い通りにならぬ現実にキレたのか?
ダヴィッドは空間破砕の魔術を爪にこめて、クロードを引き裂こうとした。
「ダヴィッド。あの頃の僕は、ファヴニルの技を真似るしか戦うすべがなかった。お前が防いで見せた時、恐怖したよ。……でも!」
クロードはダヴィッドの手首を蹴りあげることで、破壊魔法を何も無い空へとそらした。
「があああああっ。なん、でだっ。どうして当たらないっ」
「どうやら本物のダヴィッド・リードホルムは、ファヴニルに縋ったときに死んだらしい。ここにいるのは残骸もいいところだ」
あとがき
お読みいただきありがとうございました。
応援や励ましのコメント、いいねボタンなど、お気軽にいただけると幸いです(⌒▽⌒)





