第493話 汽車は終末へ走る
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復興暦一一一二年/共和国暦一〇〇六年 晩樹の月(一二月)一二日夕刻。
クロード達は大型掘削機をつけた機関車に乗り、黄昏に沈みゆく大地を走っていた。
「トーシュ教授。ファヴニルが建てた〝禍津の塔〟は、あと三基だ。ナンド領西海岸にある第八の塔と、ルクレ領から空を移動してきた第九の塔を破壊すれば、王手をかけられる。もう少しだけ付き合って欲しい」
クロードは、機関車を運転中のニコラス・トーシュ教授と、彼の弟子達に向かって深々と頭を下げた。
マラヤディヴァ国随一の才人にして機関車開発の第一人者といえ、トーシュ教授と学生達は民間の非戦闘員だ。戦場のど真ん中へ連れだすのは、正気の沙汰ではない。
しかし、太陽が暗雲に閉ざされ、死人がねり歩く世界滅亡の瀬戸際では、手札を惜しむ余裕はなかった。
「辺境伯様。足手まといでないなら、御供しますよ。手塩にかけた研究成果を間近で見られる機会は滅多にない。それに」
トーシュ教授は白衣をバサリと翻し、眼鏡をキラリと光らせた。
「私にも夢があります。都市と農村が手を取り合う、理想郷の建設! ファヴニルが人間をもてあそび、死人が毒を撒く絶望郷なんてお断りだ」
「うん、一緒にファヴニルを止めよう」
クロードとトーシュ博士は、固い握手を交わす。その間にも、機関車は風を切って前進したが、やがて遠視鏡で索敵を担当する学生が声をあげた。
「トーシュ教授、線路上に高さ五mの砂壁を発見。ドリルの使用許可をお願いします」
邪竜ファヴニルが蘇生させた元〝赤い導家士〟の指導者イオーシフ・ヴォローニンは、クロード一行を足止めすべく、ナンド領全体に砂壁を迷路のように張り巡らせていた。
「辺境伯様、強行突破して構いませんね」
「ああ、やってくれ」
クロードの許可を得ると、トーシュ博士は手元のスティックを軽く押し込んだ。
「生徒諸君、エネルギーは一〇%未満を維持してくれ。安全運転で行こう」
「教授、わかりました。魔力障壁を展開」
「掘削機、回転を始めますっ」
黒光りする機関車の車体が淡い光に包まれて、先端の大型掘削機が唸りをあげる。
蜘蛛の巣のように延々と広がる砂壁だが、ドリルが触れた瞬間に、周囲一帯の障害がまとめて消し飛んだ。
機関車は、元々全長一,〇〇〇m級の巨大怪物〝血の湖〟を仮想敵として開発されたものだ。生半可な障害ならば、一〇%未満の力でも突破可能らしい。
「トーシュ教授。さっき〝血の湖〟戦でみせた突撃は、まだやれそうかい?」
クロードが問いかけると、トーシュ博士は蒸気に曇った眼鏡を外し、布で拭った。
「もう一度だけなら可能です。次に特製炭を投入すれば、エンジンは確実に焼き切れる」
「つまり片道切符を覚悟すれば、切り札として使えるんだね?」
クロードの無茶な言い分に、傍で控えていた青髪の侍女レアや、金色の狸猫アリス、銀犬ガルムが抗議の声をあげた。
「御主人さま、いけません」
「それじゃ、博士達が死んじゃうたぬっ」
「バウワウ(なに考えてるんだスカタン)」
しかし、トーシュ教授は手をあげて彼女達を止め、クロードに向き直った。
「辺境伯様は、ナンド領西海岸を飛行中の要塞に、機関車をぶつけるつもりですか?」
「その通りだ」
クロードとレアの助力こそあったが、ドリル付き機関車は、全長一,〇〇〇m級の巨大怪物〝血の湖〟すら貫通している。飛行要塞にも充分な打撃を与え得るだろう。
「この機関車を作った時から、覚悟の上ですよ。ソフィさんが念を押したので、脱出装置も完備しています。心配は無用です」
「ありがとう。教授と生徒の皆は、僕が命にかえても守るよ」
かくして、クロード一行はヴォルノー島西端に立つ〝禍津の塔〟を目指したのだが――。
線路の終着駅たる臨海都市ビョルハンでは、メッキのように輝く〝黄金色の人型顔なし竜〟と膨大な数のモンスターが暴れていた。
数千もの兵士が勇敢に抗っているものの、絶対的な力に吹き飛ばされてしまう。
「オレはヒーローだ、ヒーローだぞ。邪悪を滅ぼす正義の使者だ。だから、金を寄越せ、宝石を寄越せ、宝を寄越せ。この世の全てを寄越しやがれええええっ」
「くそ、あの勘違い野郎め」
クロードは、自己主張の激しい〝黄金色のニーズヘッグ〟の正体にすぐさま勘づいた。
しゃれこうべの如き顔に目立つツノをつけ、全身を覆う黄金の鱗をゴテゴテした装甲で彩り、蝙蝠めいた翼や長い爪にもケバケバしい装飾を施している。
死してなお変わらぬ成金根性は、いっそ賞賛に値するかも知れない。
「そりゃあ、お前も復活するよな。ダヴィッド・リードホルム。墓に叩き戻してやる!」
☆
クロードが機関車から飛び降りて、まっすぐにダヴィッドの元へ走る光景を――。
上空に漂う浮遊城塞の中庭で、白スーツを着た端正な顔立ちの男が見下ろしていた。
「そうでしょうね。クローディアス・レーベンヒェルム。ナンド領を守るためにも、我が第四位級契約神器飛行要塞に至る為にも、貴方はダヴィッドを無視できない」
橙色の髪を香油でまとめ、化粧と衣服の入念な工夫で実年齢より若々しく見える伊達男こそ、〝禍津の塔〟をルクレ領からナンド領まで運んだ空飛ぶ城の主人。イオーシフ・ヴォローニンに他ならない。
「業腹ですが、レベッカ・エングホルムの異能〝並行世界の観測〟と、彼女の未来予測は恐るべきものです」
イオーシフは、故郷で〝世界の終末〟を予言した巫女のことを想起した。
「辺境伯が万全の準備を整え、予定外だったはずの因子が多数介入したにも関わらず、戦争はいまだレベッカの手中にある」
イオーシフと故郷の仲間たちは、〝赤い導家士〟を結成し、巫女の予言を覆そうと戦った。
だが、理想に燃える仲間達は櫛の歯が抜けるように命を落とし、やがてベックのように堕落する者が続出、遂には佞臣の走狗へと堕ち果てた。
「〝イオーシフならば、クローディアスを殺せる〟なんて妄言も、あながちデタラメではないのかも知れません。私も、暫くはレベッカの思うがままに踊りましょう」
巫女の予言は成就し、世界は滅ぶ。
あたかも予定調和のように。
たとえ、そうだとしても。
「私は革命を諦めない。クローディアス、ロジ……いえ、ドゥーエ。世界を救うのなら、定められた流れくらい、覆して見せなさい」
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