第492話 赤い導家士再び
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「イオーシフ・ヴォローニンだってっ」
クロードは砂土で作られたスーツ男の名乗りを聞いて、燃えるように血が熱くなった。
「僕は覚えているぞ、イオーシフ。三年前、お前が率いた〝赤い導家士〟がレーベンヒェルム領で何をやったかを!」
「ふむ、麻薬密売に人身売買、強盗に殺人、放火といったところかな。懐かしい、あの頃は組織の拡大期で金が必要だったんだ」
「それだけじゃない。お前の仲間、ダヴィッド・リードホルムはマラヤディヴァ国を内戦と虐殺でめちゃくちゃにしたし、エカルド・ベックは一年前レアを殺すところだった!」
イオーシフの悪びれない返答に、クロードは血をたぎらせて殴りかかった。
「たぬううっ、イスカちゃんを誘拐し、ニーダルさんの故郷を焼いて、レアちゃんにひどいことした大悪党っ、とっちめてやる!」
「バウワウっ」
同時に、彼の肩に乗った狸猫アリス・ヤツフサも堪忍袋の尾を切った。
金の瞳と、虎の耳、狼に似た尻尾を持つ日に焼けた少女の姿へと変身――、相棒の銀犬ガルムと共に突撃する。
クロードとアリスの拳が顔と胸に、ガルムの牙が横腹に直撃し、イオーシフの砂像はバラバラになって吹き飛んだ。
「やれやれ。自業自得とはいえ、ひどく恨まれたものだね」
しかし、びゅうと一陣の風が吹くや、砂土が寄り集まってイオーシフの像を再生する。
「まずは、邪魔な機関車から破壊しようか!」
そればかりか、彼が指を鳴らすや、獣や甲冑人形を模した砂礫魔像を一〇〇体も作り上げたではないか。
「なるほど、空中要塞を使うだけある。詐欺師のベックと似た戦い方だ」
「もう容赦しないたぬ。こいつらを片づけた後は、本物を引きずり出してやるたぬ」
「ワオーン!」
クロードとアリス、ガルムの三人は、カミルら〝毒尸鬼〟隊との激戦を越えて、更なる連携の冴えを見せた。
「たぬうアッパーカット、たぬう俵返し、たぬうハリケーン!」
まずアリスが先陣を切って、猛獣や兵士を模したゴーレムを殴り、投げ、竜巻を起こして空中にかちあげる。
「「鋳造――鎖」」
次にクロードとガルムが、鋳造魔術で作りった鎖で、敵性魔術生命を鎖で厳重に縛り上げ……。
「「「トドメは、三人揃ってキック」」」
地上に向けて、容赦なく蹴飛ばした。
獣も兵士甲冑も縛られて身動きが取れないまま、あるものは頭から、あるものは足先から、まるで杭のように地面にめり込んだ。
「へえ、頭と尻尾が見えるニシンのパイ包みに似ているね。よし、今の技は〝奥義スターゲイジーパイ〟と名付けよう」
「むふん、クロードと戦うのは楽しいたぬ。ガルムちゃんもそう思うたぬ?」
「バウ、ウウウー(その技名はやめて)」
このように、三人がサンドゴーレムを退治している間に……。
「御主人さま、アリスちゃん、ガルムさん。私の為に怒ってくれて、ありがとう。イオーシフの相手はお任せください」
青髪の侍女レアが、スーツ姿の砂像に向かってしずしずと進み出た。
彼女は砂像はあくまで囮であり、イオーシフ本体は付ナンド領西海岸に浮遊中の要塞に潜んでいると見抜いていた。
ならば三人が交戦している間に、少しでも情報を得ようと考えたのだ。
「私は侍女のレアと申します。我が主人に代わってお尋ねします。イオーシフ殿、あの〝飛行要塞にある塔〟は、我が兄ファヴニルが建てた物に相違ありませんか?」
「間違いないとも。〝ルクレ領に建てられた塔〟を、私がこの飛行要塞〝清嵐砦〟に乗せて、ナンド領まで運んだ。邪竜と巫女の茶目っ気だが、驚いてくれたかい?」
レアは浅く息を吐いた。
どうやら〝新しい塔がもう一基建てられていた〟とか〝破壊した塔が時間の巻き戻しで復活した〟ということはないらしい。
飛行要塞も、爆発四散した〝桃火砦〟を復元したのではなく、同型の神器を海外から持ってきたようだ。
「塔が空を飛んだのです。目を疑いましたとも。ですが」
青髪の侍女は緋色の瞳をこらして、イオーシフの視線から呼吸まで一挙一足を観察したが、いまひとつ真意は読めなかった。
「イオーシフ殿には、御主人さまと戦う理由など無いはず。なぜ兄に、ファヴニルに味方するのでしょうか?」
レアの問いかけに、砂像のイオーシフは胸元からハンカチを出して手を拭った。
「……。ふむ、実は貴方達には遺恨があるのです。〝赤い導家士〟がつまずいた最初のきっかけ。それは、レーベンヒェルム領の制圧失敗に他ならない」
「「「ふざけるな!!」」」
イオーシフの勝手な言い分に、クロード達が奮起したのは言うまでもない。
三人はサンドゴーレムを千切っては投げ、千切っては投げと、瞬く間にチリに還した。
「……。なるほど、ロジオンがいなくても一〇〇体のゴーレムを瞬殺できるのか。邪竜の要請に応える為には、もっと趣向を凝らさないといけないね」
「ロジオンだって? イオーシフ、アンタはドゥーエさんの知り合いか?」
クロードがドゥーエの名前を出すと、イオーシフの砂像は嬉しそうに頬を緩めた。
「親友だと思っている。今はドゥーエと名を変えたそうだが、私と縁深い名前だ。もうあと一〇年は、引きずって欲しかったなあ」
「「「う、うわあっ」」」
イオーシフの独白を耳にするや、クロードも、レアも、アリスも、ガルムも揃って青ざめ、ザザっと後ろに退いた。
先刻、カミル・シャハトという拗らせ男との決着をつけたばかりだったからだ。
「か、カッコ悪いにもほどがあるぞ」
「ド、ドゥーエさんに同情します」
「イオーシフのおっちゃん、あかんたぬ」
「アオン」
クロード一行の氷点下めいた反応には、さしものイオーシフも堪えたらしい。
「な、何もそこまでひかなくても、良いじゃないかあ」
イオーシフの砂像は顔を覆って、世間の冷たさを嘆きながらサラサラと崩れ始めた。
「……。辺境伯、第八と第九の塔は私が守っている。ロジオンもじきに追いつくだろう。邪竜を倒すのなら、まずは私を越えたまえ」
イオーシフは宣戦布告めいた台詞を残して、その場から音もなく消え失せた。
「……御主人さま。イオーシフ・ヴォローニンは、何かを隠しているようです」
青髪の侍女レアは赤い瞳に強い光を宿して、主人であり恋人でもあるクロードと、家族であるアリスとガルムに向き直った。
「そ、そうなのか。でも、アイツは嘘をついているようには見えなかったよ」
「たぬう。クロード、イオーシフのおいちゃんは、時々妙に間が空いてたぬ。余計なことを考えながらしゃべっていたぬ?」
「彼の者は、お兄さまを一貫して〝邪竜〟と呼んでいました。口に出さずとも、敵意すら込めていた気がするのです」
クロードは、レアの疑問とアリスの観察になるほどと頷いた。
「向こうも一枚岩ではないかも知れないね……。でも、今僕達が優先するべきことは三つの塔の破壊だ。ファヴニルを大地に叩き落とし、囚われたソフィを助け出す!」
あとがき
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