第490話 エングホルム領、第七の塔攻防戦
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復興暦一一一二年/共和国暦一〇〇六年 晩樹の月(一二月)一二日。
マラヤディヴァ国上空は、邪竜ファヴニルによって暗雲に閉ざされていた。
晴天ならば太陽が西の空に傾く頃――。
クロード達は長い苦闘の果てに、カミル・シャハトと〝毒尸鬼隊〟を倒し、第六の塔を破壊することに成功した。
「レア、アリス、ガルムちゃん。〝血の湖〟の対処は、イザボー隊と冒険者達に任せよう。僕たちは、ナンド領にある次の塔へ向かうぞ!」
「御主人さま、機関車はまだ動きます。線路を復活させて走りましょう」
「バウっ(え、背に乗らないの)!?」
「ガッちゃんも、ちょっとお休みするたぬ」
クロードが青髪の侍女レアに手を引かれる光景を見て、銀色の大犬は不満そうに喉を鳴らしたものの、虎耳の少女によしよしと首筋を撫でられて尻尾を丸めた。
「オズバルトさんも、途中まで一緒に行きませんか?」
「すまない、辺境伯。誘いは嬉しいのだが、カミルの後始末がある。〝血の湖〟を始末するまでは、ここで見届けるよ」
クロードは、髪の色が純白から艶やかな灰色に戻った剣客、オズバルト・ダールマンの申し出にこくりと頷いた。
「わかりました。オズバルトさん、くれぐれも無理はしないでくださいね」
「幼馴染みがくれた猶予だ。もう少しだけ、生きてみるよ。辺境伯、どうか新しいマラヤディヴァ国を見せてくれ」
「はい。〝僕たち〟が必ず成し遂げます」
クロードはレア、アリスと手を繋ぎ、足のすねをガルムに蹴られながら宣言した。
この世界に来たばかりの頃、ひとりぼっちだった少年は、多くの仲間を得て、成長を遂げた。
時にはすれ違い、時には殴り合い、それでも同じ志を抱いた戦友達が、今も邪竜ファヴニルの軍勢と戦っている。
その証明とばかりに、また一条の閃光が、マラヤ半島東部の暗雲を切り裂いた。
「七番目の塔が壊れた。あれは、エングホルム領の方角か?」
☆
ファヴニルが大地のエネルギーを奪うため、マラヤディヴァ国に建てた一〇本の楔のひとつ。
第七の塔を巡る攻防戦の舞台は、クロードが想像した通りにエングホルム領だった。
邪竜の巫女レベッカ・エングホルムは、元侯爵家の養子で土地勘があったこともあり、大戦力を惜しげもなく投入した。
「いやあ。無名といえ人型顔なし竜一〇体を中心に、小妖鬼や、犬頭鬼、豚鬼などの怪物が一〇万体かあ。壮観壮観、これほどのモンスターを見ることは一生ないかもね」
エングホルム領の防衛指揮官である、神官騎士オットー・アルテアンは、拠点エングフレート要塞に築かれた見張り台の上で、褐色の髪の下、黒い目でオペラグラスを覗きつつ、紙タバコから紫煙を燻らせていた。
「アルテアン隊長っ、感心している場合じゃありませんよっ」
彼の副官である元ネオジェネシスの青年ゴルフが、見張り台の下から抗議の声をあげる。
「「GAA! GAAAA!!」」
「「ひええええっ、矢が雨のように降ってくるぞ」」
エングフレート要塞は、間近に迫ったモンスターの吠え声が響き渡り、兵士達は盾を背負って這うように交戦を開始した。
一際目立つ見張り台にも、ハリネズミのように矢が突き刺さるが、神官騎士は紫の煙を吹かせながら敵軍の観察を続けている。
「アルテアン隊長。もしもエングフレート要塞が抜かれれば、南北の町が襲われます。そうなれば、エングホルム領は全滅します」
「ゴルフ君、落ち着きたまえ。魔力を喰らう顔なし竜は確かに脅威だが、あちらさんも魔法が制限されている。モンスターが射る矢くらいで、イザボーが整備した要塞は落ちないさ」
オットーは無精髭の浮いた頬を緩めると、己が契約神器である第六位級契約神器ルーンメイスを掲げた。
「術式――〝爆封〟――起動!」
オットーの握る槌が、青い光を帯びて輝く。
彼の魔術が、要塞周辺の堤防で爆発を引き起こすも、魔力を喰らう雪の影響で小規模にとどまった。
しかし、その僅かな種火が事前に仕込んだ爆薬に着火し、溜池を破壊。濁流がモンスターが集う荒野を押し流す。
敵の数が数なので一部を削ったところで、気休めにしかならないが……。
「よし、人型は軽いからね。邪魔な顔なし竜を後方に流せた。ゴルフ君、水上スキー兵を借りてゆくよ」
ゴルフは、オットー・アルテアンがネオジェネシス戦争で、武勇に優れた姉チャーリーと、知略に秀でた兄デルタを完封した強者だと、改めて思い出すことになる。
「一度は道を違えたが、ぼくはブロルの親友だった。あいつと〝イドゥンの林檎〟が残したモノは、ちゃんと守るよ」
オットーは、魔法のスキー部隊を率いて泥水の上を走り、水攻めで乱れた怪物の群れを引っ掻き回して撹乱した。
「正念場だけど、気張る必要はないさ。じきに姫将軍セイが援軍を送り込んでくる。ぼくたちは守りつつ、塔へ続く道を準備すればいい」
オットーの見込みは正しかった。
「さすがは名将オットー・アルテアンじゃのっ。一度手合わせしてみたいが、まずは隙だらけの邪魔者を片づけようか!」
オットー達がエングフレート要塞で食い止めている間に――。
〝万人敵〟ゴルト・トイフェル率いる精鋭二〇〇が、首都クランで補給を済ませ、怪物達の無防備な背後を突いた。
「術式――〝雷迅〟――起動!」
辛子色の髪をなびかせた牛の如き体躯の大男が大斧を振り回すや、彼の全身をビリビリと雷電が覆う。
そして彼の部下およそ二〇〇人もまた、大半が同じように神器で雷をまとった。
「「ゴルト隊長に続け。我らが最強を証明する。術式――起動!」」
『一人で一万に匹敵する』と謳われる猛将ゴルトが率いる小規模部隊は、空に閃く雷のように突貫し、モンスターの大軍勢を文字通り真っ二つに引き裂いた。
「自分はオーニータウンの戦闘以来、ずっと疑問に思ってきましたが、ゴルト隊の強さはまるで意味がわからない」
ゴルトとは初陣以来の因縁がある、イヌヴェ、サムエル、キジーの三隊長も兵八〇〇〇を率いて、エングホルム領の援軍に駆けつけたが、雷神の如き進撃に追いつけなかった。
「あの〝万人敵〟にゃ、何度も煮湯を飲まされた。だが、オレ達が弱かったんじゃないな。オットーの旦那が下ごしらえしたとしても桁外れだわ」
「理屈上は〝全員が神器の盟約者だから出来る〟と言いたいけど、さすがに無理でしょう。むしろ、戦争初期からあの金鬼と戦い続けたボク達って凄くない?」
ゴルト・トイフェルは、三年に及ぶマラヤディヴァ紛争において――、クローディアス・レーベンヒェルムと、姫将軍セイの二人を例外に、あらゆる敵将に勝利し続けた。
そして第七の塔もまた、彼の輝かしい戦歴を彩るトロフィーのひとつとなった。
あとがき
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