第489話 因縁の清算と、第六の塔破壊
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カミル・シャハトは、幼馴染みであり恋敵でもあった旧友オズバルト・ダールマンの声を聞くや、手から武器を取りこぼした。
「オズバルトさんが隣に転移してきたときは何事かと思ったけど、上手く行ってよかった」
三白眼の細身青年クロードは、白髪の剣士オズバルトに肩を貸して運んだあと、満足そうに息を吐いた。
そんな彼の傍らに、機関車から降りた青髪の侍女レアが寄り添い、虎耳と尻尾の生えた少女アリスと銀犬ガルムも駆けつける。
「御主人さま。勝手な判断をして申し訳ありません」
「ううん、ありがとう。レア、これが一番良い結末だった」
クロードの作戦で、レアがレーベンヒェルム領に援軍を求めた際……。
彼女は〝毒尸鬼隊〟攻略の助言を得ようと、領都中央病院に入院中のオズバルトに使者を送り、転移の巻物を託したのだ。
とはいえ、不治の病を患った白髪の剣士は、戦闘どころか列車移動すらままならないほどに衰弱していたし、魔力喰らいの顔無し竜がひしめいていた都市パダルへは、魔法の転移が不可能だった。
だから、オズバルトがこの場所に来られるタイミングは〝毒尸鬼隊〟が全滅した今しか無く――。アドバイスを求めることは叶わなかったが、一番重要なタイミングにはギリギリで間に合った。
「オズバルト・ダールマン。俺はお前になりたかったよ。愛する幼馴染みに選ばれたかった」
「彼女は、お前も愛していたよ」
オズバルトは痩せ細った手で、黒いスライム状の手を握った。
カミルは、憧れ嫉妬した幼馴染みの声を耳にして、張り詰めた心の糸が切れたのだろう。執念で保たせていた粘液状の肉体が、ぶくぶくと泡立ちながら崩れ始めた。
「お前も俺も同じように軍隊に志願して、同じように汚れ仕事を担った。なのに、お前は脚光を浴びる英雄で、俺は闇の中で蠢く毒。なあ、いったいどこで差が付いた?」
「間が悪かっただけだ。カミル・シャハト、お前は今でも大切な幼馴染みで親友だ」
カミルはオズバルトを見つめた後、眼窩の空洞から流れる黒い液体を隠すように、黒雲に遮られた空を見上げた。
「オズバルト。まだ親友と呼んでくれるのか。ああ、俺はやっぱり間違ったんだな」
毒尸鬼隊の長は幼馴染みに向かって微笑むと、握りしめた壊れかけの手から、光り輝く魔力の塊を移動させた。
瞬間。オズバルトの白髪がわずかに灰色に染まり、青白い横顔に血の気が戻る。
「カミル、これはいったい……?」
「気休めだが、俺の生命を持って行け。お前と一緒に黄泉路をくだるなんてごめんだ」
カミルは今際の時、求め続けた幼馴染みの神器ガルムに向かって頭を下げた。
「ガルム、ごめんよ。クローディアス、アリス。彼女をお願いす……」
「任されたよ」
「たぬ」
「バウ」
邪竜ファヴニルとその巫女レベッカが用意した〝最凶の駒〟カミル・シャハトは、安堵したかのように口元を緩めて、この世界から退場した。
「御主人さま、恐ろしい敵でした」
「たぬ。強いじゃなくて、怖い敵だったぬ」
「アオン」
単純な戦闘力だけなら、オズバルトをはじめ勝る者はいただろう。
だが、大同盟の中でも頭一つ抜けた強さのヴァリン領を半壊に追い込み、幾度敗れようとも立ちあがる執念と手段を選ばぬ悪辣さは、心胆を寒からしめた。
「うん。恐ろしくて怖くて、……悲しい敵だったよ」
クロードは過去の自分を省みた。もしもレア達と出会わなかったら、彼もまたファヴニルに利用され、毒尸鬼隊のようになっていたかもしれない。
「アルフォンス・ラインマイヤー」
クロードは、黒い砂となった亡骸を抱えて黙祷するオズバルトを背に、最初の〝血の湖〟だった旧敵に向かって進み出た。
「ちっ。クローディアス・レーベンヒェルム、相変わらず変な奴だな。オズバルトを庇うとかどうかしてるぜ。カミルって野郎もいい雰囲気で消えたが、マッチポンプもいいところの悪党だぞ?」
クロードはを喉元でボヤキを飲み込み、降伏を勧告した。
「戦う気がないなら受け容れる。お前が人間に戻れるよう最大限の努力を約束する」
「イヤだね、悪徳貴族。俺サマにも矜持がある。革命革命とほざきながら、他者の生命と財産を奪って浪費するだけの、ああいった寄生虫にはなりたくない」
アルフォンスは、冒険者達とキャッキャッと戯れながら狩られる、赤いスライムの群れを指差して鼻で笑った。
「邪竜と巫女が言っていたが、〝血の湖〟は、ありあまる生命を凝縮させて作りあげる融合体で、錬金術で言うところの〝賢者の石〟の出来損ない、なんだとさ」
「なるほど、最高峰の魔術触媒となる肉体。病気や怪我を治療し、事実上の不老不死。そう言われて見れば、納得できるな」
「正しく使えば、世界を変革できるかも知れないが、目の前の食欲しか頭にないアイツらには無理だ。そして、俺サマも今は革命よりやりたいことがある」
カミルは両腕をスライム化させて、長槍のように伸ばした。
「御主人さまっ。危ないっ」
レアがはたきを手に防御を固め――。
「もう一回やるたぬ? 何度でもぶちのめしてやるたぬ。ガッちゃん!」
「バウ」
アリスも、ガルムが変化した鎧をまとって飛び出すも――。
「大丈夫だよ。レア、アリス、ガルムちゃん。アルフォンスがやりたいのは、僕と戦うことじゃない」
カミルが貫いたのは、飛び跳ねながら逃亡をはかる赤いスライムの群れだった。
「レ、レボリューション!?」
「RE、REVOLUTION?」
アルフォンスは両腕を蛇のあぎとに変化させて、悲鳴をあげるスライムの群れ、およそ一〇〇体をバリバリと音をたてて喰らった。
「よくも俺サマの身体で好勝手してくれたな。他人の生命を喰らったんだ。今度はお前達が餌になれよっ」
クロード一同が沈黙する中、アルフォンスは「レレレ」と喚くスライムを飲み込んだ。
彼の姿が歪み、人型からコウモリの翼が生えた爬虫類、すなわち〝血の竜へと変貌する。
「痛かったぞ、憎かったぞ、呪わしかったぞ。この怨み、晴らさでおくべきか!」
そうして、赤い竜は口腔からエネルギー弾を放ち……。
「アルフォンス」
プラズマ化したエネルギー弾は、ヴァリン領南部に立つねじれた木のような建築物。すなわち六番目の〝禍津の塔〟を、根元から吹き飛ばした。
「クローディアス。俺サマの生命は、俺サマだけのものだ。クソ邪竜も、利用しやがった他国の連中も、頭の茹だった雑魚どもも、知ったこっちゃない。俺サマは俺サマの意志で生きる。お前にだって殺されてやらない!」
そうして、生命力を使い切ったアルフォンスもまた、カミルと同じように泡立ちながら形を失いボロボロと崩れ始めた。
「アルフォンス。冥土の土産に、何か願いはあるかい?」
「そうだな、悪徳貴族。邪竜ファヴニルを、痛い目に遭わせてやれ」
「ああ、やってやる」
他者を利用し、他者に利用しつくされた青年。彼が二度目に迎えた最期は、憑き物が落ちたように晴れやかな笑顔だった。
あとがき
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