第488話 毒尸鬼隊の終焉
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復興暦一一一二年/共和国暦一〇〇六年 晩樹の月(一二月)一二日午後。
クロードと共に戦乱を潜り抜けた大同盟軍は、邪竜ファヴニルが自らの進化のために作りあげた一〇基の塔のうち……。
ユングヴィ領、レーベンヒェルム領、メーレンブルク領、ユーツ領、ソーン領と、半分を破壊することに成功した。
「皆、空を見てくれ。また二つ、光が射した。第四、第五の塔を壊したんだ。今こそ、〝血の湖〟を終わらせるぞ!」
「「さすが辺境伯様は話がわかる。素材を寄越せ! お金を寄越せ!!」」
そして、折り返し点となる第六の塔。
最大の激戦区となったヴァリン領の戦いも、いよいよ決着の刻が近づいていた。
青髪の侍女レアが特別列車で連れてきたベテラン冒険者一,〇〇〇人が、全長一,〇〇〇mの巨体から、二から三m程度の小細胞に分裂した〝血の湖〟の群れ数万体を、雄叫びをあげながら狩り始めた。
「あぎゃっ、欲に駆られた阿呆どもがっ。お前達、わかっているのか? 〝導きの塔〟を壊せば、ファヴニルが〝第一位級契約神器〟に進化できなくなるぞ!」
〝毒尸鬼隊〟隊長のカミルが行方不明となったため、まとめ役をひき継いだ八本の手足持つ怪人〝蜘蛛〟は、冒険者達を罵倒したものの――。
「「それがどうした。あのクソ邪竜に力を与えてたまるものか!」」
「「俺たちは辺境伯様と一緒に、邪竜を倒して未来を掴むんだ!」」
ファヴニルによって塗炭の苦しみを味わったレーベンヒェム領の住民や、大勢の同胞を殺されたヴァリン領の民衆が、甘言になびくはずもなかった。
「あぎゃぎゃ。イザボー・カルネウス。それに、ネオジェネシス、お前達はどうだ? ブロル・ハリアンを復活させる望みを摘むつもりか!」
「〝毒尸鬼隊〟っ。辺境伯様に叩きのめされ、アリスちゃんとガルムちゃんに得意の毒を封じられてびびったのかい? ファヴニルの犬が、ブロルの遺志を騙るんじゃないっ」
「「私たちは、父ブロルと、母イドゥンの林檎の愛を受けて生まれたんだ。邪竜が支配する世界なんて望んでいない!」」
イザボー達の毅然とした拒絶に、〝蜘蛛〟も引き込むのは無理と覚悟を決めたらしい。
彼は同僚の〝華〟や、他のしゃれこうべめいた顔の部下に目配せをして、互いに頷きあった。
「いいぜ、それでこそだ。最後まで呪ってやるよ生者どもっ。あぎゃぎゃぎゃ!」
「お前達に滅ぼされた町村と、邪竜に殺されたブロルたちの恨み、ここで晴らす!」
かくして人間となった元ネオジェネシス部隊と、人間をやめて人型邪竜に堕落した〝毒尸鬼隊〟は激突し、順当なる決着を迎えた。
「無駄だっ。我々は新世界で蘇る」
「たとえ失敗しても、私達が奪った命は戻らない」
「オレ達の毒は消えないのさ、あぎゃぎゃぎゃっ」
魔性の隊員達は一人として己が所業を悔いること無く、消滅するその時まで笑っていた。
「いい加減、眠るんだね。馬鹿どもがっ」
復讐を果たしたイザボーが悲しげに毒づくも、蠱毒の軍勢を束ねた男もまた諦めていなかった。
「そうだ、〝蜘蛛〟よ〝華〟よ。毒は消えない。俺の戦いは、まだ終わらない」
カミル・シャハトは、冒険者達がスライムを狩る狂騒劇に隠れて、時に黒いスライムに化け時に人型に戻り、都市パダルからの逃亡を試みていた。
「カミル・シャハト!」
そんな地を這う毒虫の背中を――。
赤いスライムの細胞が追いかけ、脱色した金髪の青年に変身して蹴りつけた。
「俺サマが言うのもなんだが、仮にも隊長が部下を見捨てて逃亡するなよ」
「がはっ。お前は、アルフォンス・ラインマイヤー。意識を取り戻したのか?」
蹴り飛ばされたカミルは、立ち上がると同時に隠し持ったナイフを抜き放ち、へらへらと軽薄に笑うアルフォンスに向かって突き出した。
「元〝楽園使徒〟代表よ。正義も信念もなく他者を食い物にした貴様は、真に唾棄すべき邪悪だ!」
「そうかい。〝毒尸鬼隊〟の隊長サマ、お互い様と思うがねえ?」
アルフォンスは生前の姿を形作っていたものの、その実体は〝血の湖〟の小細胞だ。
粘液状の身体も慣れたもので、腕を鋭い肉の刃に変えてカミルの刃を受け止める。
「蘇った途端に毒でいじられて〝血の湖〟にされ、色んな小物どもをぶちこまれたのは苦しかったぜ!」
「そのまま寝ていれば良かったものをっ」
カミルとアルフォンスは、都市パダルの外れで、泥だらけになりながら斬り合った。
「ヒヒヒ、お偉い共和国の特殊部隊サマが、そんなに自分の命が惜しいかよ?」
「命を惜しんでいるのではない。正義のため、生と死の境界を壊すため、こんなところで死ぬわけにはいかないだけだっ」
カミルには、もはや毒を操る力すら残ってはいない。されど、磨き上げた剣技で脱色髪の軽薄青年を穿つ。
アルフォンスも負けじと、スライムの肉体を活かして致命傷を避け、生前に吸収した武術を用いて、目鼻の欠けたしゃれこうべ男をえぐる。
「ヒャハッ、ブザマな癖にしつこい奴」
「たとえ泥水を啜ろうと生き残る。この手で愛する幼馴染みを甦らせる。でなければ、誰がオズバルトを許してやれるんだ!?」
カミルの口から零れた言葉は、死を前にして溢れ出た真実のオモイだったろう。
「それがアンタの根っこだったのか。カミル・シャハト」
「ちっ、クローディアス・レーベンヒェルムに、アンタまで来たのか」
アルフォンス・ラインマイヤーは、三白眼の細身青年クロードが……。
見覚えのある〝白髪の剣士〟に肩を貸しながら近づくのを見て、肉刃を引っ込めた。
この二人を相手に勝てるはずがないと、重々思い知っていたからだ。
「カミル、もういいんだ」
「オズバルトっ……」
懐かしい幼馴染みであり、恋敵でもあった男の声を聞いて、カミルの手からナイフが滑り落ちる。
共和国の佞臣軍閥〝四奸六賊〟の命じるままに、世を蝕み続けた〝毒尸鬼隊〟は、遂に終焉を迎えた。
あとがき
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