第487話 ニーダル、第五の塔攻略を支援す
487
復興暦一一一二年/共和国暦一〇〇六年 晩樹の月(一二月)一二日午後。
クロードにとって、最初の仲間となった四人。
すなわち警備隊長のエリック、外交官のブリギッタ、出納長のアンセル、参謀長のヨアヒムは、大同盟軍八,〇〇〇を率いて領都レーフォンを発った。
一行は、第五の塔を攻略すべく南東のソーン侯爵領へ向かったのだが――。
「アンセル。どうなってやがる。ソーン領に入ってから、やたら敵が強いぞっ」
「顔なし竜は退治したのに、他の怪物が倒しても倒しても湧いてくる。いったい何体いるの?」
「ルクレ領に向かうドゥーエさんやコンラード隊長と別行動を取ったのは、早まったかも。オレ達だけじゃあ突破できないっす」
エリックが腕輪の神器から広げた盾で、前衛で棍棒を振り回す小妖鬼を殴り飛ばし……。
ブリギッタが魔法のレイピアで、弓を手に遊撃する犬頭鬼を切り裂き……。
ヨアヒムが冒険者上がりの兵士達を指揮して、槍を揃えてひしめく豚鬼を排除するものの……。
モンスターは一体一体がダンジョンで出現する個体よりも凶暴な上に、倒しても倒しても、もぐら叩きのように際限なく襲ってくるのだ。
「エリック、偵察に出した飛行端末の映像を出力するよ。塔までざっと五〇,〇〇〇といったところかな」
アンセルが数珠状のマジックアイテムで録画した映像を空中に投影するや、他の三人はあまりの大軍に生唾を飲み込んだ。
「そして、ぼく達が目指す〝禍津の塔〟を守っているのが、最上階にいるこの男だ」
「マグヌス・バンデッドじゃないっすか。コイツも、領都の雪人形みたいに蘇っていたんすね」
「確かアネッテさんの家族を殺して、レーベンヒェルム領に攻めてきた〝最悪の不忠者〟だったよな」
第五の塔が建てられたソーン侯爵領と邪竜ファヴニルの因縁は、四年前の復興暦一一〇八年/共和国暦一〇〇二年にさかのぼる。
先代当主の死を契機に、マグヌス・バンデッドはソーン侯爵家の簒奪を謀り、有力な後継者候補であったアネッテ・ソーンの一族を邪竜ファヴニルに襲わせたのだ。
この時、使用人だったリヌスは主人のアネッテを守って奮闘し、二人は〝大陸最高の冒険者〟ニーダル・ゲレーゲンハイトに救出されて結ばれた。
しかし、若き夫婦は内戦中に引き裂かれ、夫は国主を守る盾となって散り、妻はクロードに保護されている。
「私を讃え、私を尊べ。私こそが稀代の名君、有徳の君主マグヌス・ソーンであるぞ!」
悲劇の元凶たる男――。
奸計によってソーン侯爵家当主の座を奪い、後に就任を抹消されたマグヌス・バンデッドは、ねじれた赤い塔のてっぺんで狂ったように指揮棒を振りながら騒いでいた。
「あれで指揮をしているつもりかしら?」
「指揮棒で魔術文字を綴って、強化の魔術をかけてるんすよ。モンスターは下手に誘導せずに暴れさせた方が強いっすから」
マグヌス・バンデッドは、マクシミリミアン・ローグと違い、あくまで怪物達の支援に専念しているらしい。
「餅は餅屋、モンスター退治にゃ冒険者だ。俺たちも雇うかよ?」
「ダメよ、エリック。レアさんが血の湖対策に、ベテランを一,〇〇〇人以上連れていっちゃったもの」
「無い袖は振れないっす。最後の戦いだから、真っ向勝負といきましょう」
四人が率いる大同盟軍は六倍以上の敵を相手に奮闘を続け、じりじりと前進した。
どれだけの時間が経っただろうか? 小銃の弾丸がそろそろ足りなくなった頃。
怪物達の後方、東海岸から轟音が響き渡った。
「なんだ、敵が混乱し始めたぞ。ドゥーエさんやコンラード隊がやったのか?」
「狼煙の知らせだと、彼らはまだ交戦中みたいよ。〝塔が移動している〟とかおかしな伝書鳩もあったけど、暗号の打ち間違えかしら?」
「伝書鳩といえば、ソーン領防衛指揮官のアマンダさんから使い魔が届いたっす。西部連邦人民共和国のシュターレン閥から、援軍が来たそうっす」
「好機到来じゃないか、挟み討ちと行こう。エリック、ブリギッタ。ぼく達が敵を引き付ける間に、飛行自転車で援軍と接触してくれ」
エリックとブリギッタはアンセルの策に従い、東海岸から進軍中の援軍と連絡を取るために、飛行ローダーの付いた自転車に乗って空を駆けた。
「共和国からの援軍なら、ニーダル・ゲレーゲンハイトが来てくれたとか?」
「彼が参戦したら、心強いけど戦後が厄介よね……って、あそこにいるのロビン君じゃない。メチャクチャな怪我してるわよっ!」
エリックとブリギッタが吃驚したのも無理はない。
ほんの数日前まで元気はつらつだった少年が、一目で致命傷とわかる傷を負って、戦場の真ん中で車椅子に座っていたからだ。
おまけに運悪く、全身甲冑を巨大化したようなゴーレムが地響きをあげて、彼の元へ迫っていた。
「おい、ロビン。こっちに来い。その怪我じゃ無茶だ」
「ユングヴィ領に居たんじゃなかったの? 貴方が死んだら、アネッテ様が泣くわよ」
エリックとブリギッタは、飛行自転車で浮遊しながら手を伸ばした。しかし。
「ロビンを知っているのですか? 私は彼の兄の、リヌス・ソーンです。妻も、アネッテお嬢様も無事なのですね」
茶色い長髪の男は、痛々しい傷だらけの手を伸ばして軍刀を振るい、突撃してきた鋼鉄巨人の脚部を切り落とした。
「術式――〝獅子舞〟――起動!」
更に、彼が乗った車椅子が音を立てて姿を変え、生きているのが不思議なほどに負傷した肉体を包み込み、全長五mほどの獅子頭の機械巨人に変身する。
「ソーン領よ、私達は帰ってきたぞ。我らが刃は祖国と家族のために!」
リヌスが乗った獅子頭巨人は、アイアンゴーレムの腹部を鋭い爪で粉砕し、ゴブリンやオークの群れをバッタバッタと薙ぎ倒す。
「「おおおっ、隊長に続け。マラヤディヴァ国万歳!」」
また彼と共に戦う兵士たちは一〇〇人程度と少数だったが、全員が光輝く剣や、矢を誘導する弓といった契約神器を使い、誰も彼もが圧倒的な戦闘力を見せていた。
「ブリギッタ、ここにいる連中は、まさか」
「全員、遺影を見たことがあるわ。〝緋色革命軍〟から国主様を守って亡くなられたはずの精鋭部隊よ。どうして生きているの?」
困惑するエリックとブリギッタに、ゴブリンが弓矢を放つ。
しかし、懐かしい白銀の鎧を身につけた女が駆けつけて、矢もろとも射手を葬った。
「リヌス隊長もまた、私と同じようにニーダル・ゲレーゲンハイトに救われたのだ」
「い、イルヴァさんじゃないか。クロードが港で見たって言ってたけど、本当だったんだな」
彼女は全ての始まりとなった夜――。
エリック達と領主館を襲撃した〝勇者の一人〟だ。
「待って、イルヴァさんがいるのなら、ひょっとしてカロリナさんもいるんじゃない?」
「はい。エリックくん、ブリギッタさん。お久しぶりです。あの時は何も出来なかったけど、わたしも龍神の巫女です。ソフィちゃんの力になりたくて来たんです」
そしてもう一人――。
杯の神器を持つ巫女カロリナもまた、負傷者の手当に奔走していた。
「「ソフィ姉さん……」」
エリックとブリギッタは、空を見上げた。
暗雲の向こうには、邪竜ファヴニルに囚われた巫女。二人の姉貴分にして、クロードの恋人であるソフィがいる。
彼女を救出する為の手がかりとして、もう一人の〝龍神の巫女〟が帰ってきたことは心強かった。
「へへっ、クロードの奴が喜ぶぜ」
「ちょっと希望が見えてきた!」
その後、エリックとブリギッタが連絡役を担い、西の大同盟部隊と東のリヌス隊はモンスター部隊の挟撃に成功。
「リ、リヌスっ。貴様、死んだはずでは?」
「地獄の底から舞い戻ったとも。旦那様と奥方様……。否、我ら夫婦の家族を奪った怨敵マグヌス・バンデッド。覚悟!」
「二度目の生も、こんな終わりなのか。うわあああっ」
リヌス・ソーンは、最上階にてマグヌス・バンデッドの首を刎ね――。
エリック達は、第四の塔とほぼ同じ時間に、第五の塔を爆破解体した。
あとがき
お読みいただきありがとうございました。
応援や励ましのコメントなど、お気軽にいただけると幸いです(⌒▽⌒)





