第486話 色惚け隊長、第四の塔を攻略する
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復興暦一一一二年/共和国暦一〇〇六年 晩樹の月(一二月)一二日午後。
クロード達が、カミル率いる〝毒尸鬼隊〟や〝血の湖〟と、ヴァリン領で交戦している間にも――。
邪竜ファヴニルは、マラヤディヴァ国に建てた一〇本の楔、世界を滅びへ誘う〝導きの塔〟から大地のエネルギーを引き出し、第一位級契約神器へ進化する力を蓄えていた。
クロードを総大将とする大同盟軍は、一〇基の塔を〝禍津の塔〟と命名して攻略を急ぐ。
そして四番目の塔を巡る舞台となったのは、マラヤ半島中部にあるユーツ領だった。
「全軍傾注。言いたいことは山ほどあるけど、〝マラヤディヴァ国で一番非常識な男〟が帰って来たわ。彼の手腕は知っているでしょ。この戦い、勝つわよ!」
令嬢ローズマリーは侯爵家を継ぎ、ユーツ領方面軍をまとめる旗頭となっていた。
「待て待て、小生は非常識などでは……」
「へえ、恋人のミーナさんにも、生きていたと連絡を入れない男ってどう思うかしら?」
「すんませんでしたー!」
彼女の幕僚として同行したのが、国中に非常識で知られたアンドルー・チョーカーと、彼の恋人である丸まったツノの生えた羊人ミーナ。
更に護衛の女装青年フォックストロットが、元ネオジェネシスの中隊を伴って参加している。
「おのれ、アンドルー・チョーカー! 獅子身中の虫め。俺の死後、ローズマリーに取り入ったのか?」
その一方、赤いねじれた塔を守るのは、かつてローズマリーを除くユーツ侯爵家を皆殺しにし、簒奪を目論んだ若手貴族マクシミリアン・ローグだ。
ファヴニルによって蘇った彼は、ユーツ領の塔を与えられ、捲土重来の野望に燃えていた。
「ふん。チョーカーなんて、行き当たりばったりの無能男じゃないか。大同盟軍はおよそ五,〇〇〇で、我が方は十倍の五〇,〇〇〇だ。名のある将が他にいないなら、第二の生を得た私の敵ではない」
マクシミリアンは生前、大口を叩くだけの成果をあげていた。
策謀家としては、嘘八百の流言飛語を用いてユーツ領とレーベンヒェルム領を大混乱に陥れた実績があり……。
戦闘指揮官としても、クロードに水攻めで無力化されただけで、考案した防衛陣地自体は、第一次〝血の湖〟討伐作戦で大いに役立っている。
「ファヴニルは、徘徊怪物を操る契約神器も与えてくれた。この力があれば、裏切られる心配もない。奏でよう、勝利の美曲を。今度こそローズマリーを手に入れ、この国を掴んでみせる」
マクシミリアンは、弦楽器型の神器を手に塔の最上階へ昇り、自信満々で呪曲の演奏を始めた。
しかしながら、チョーカーとローズマリーは恐れるよりもむしろ呆れていた。
「それ、小生が最初の戦いでコトリアソビに負けたやつじゃん?」
「一周回って同じ敗因を持ち出すとか、因果ね」
チョーカーもまた、人間の肉体精神に干渉する契約神器ルーンホイッスルの使い手だ。
されどクロードに敗れて以降は、兵士たちの能力を引き出したり、幻惑の魔法を強化したりといった、支援手段として用いていた。
理由は単純。軍隊という大人数の組織をワンオペレーションで動かせば、逆に柔軟性が失われるからだ。
想像して欲しい。たった独りで数万台もの遠隔操作人形を動かして、レジ打ちと品出しと料理と清掃とその他雑務をこなす、コンビニなり飲食店なりのアルバイトを。
手足のように動かすといえば聞こえはいいが、多忙すぎて柔軟な作戦行動なんて不可能になる。
「ユーツ領の為に集まった諸君、アンドルー・チョーカーだ。我らが姫と民衆に仇なす悪漢に目にもの見せてやろう。大船に乗ったつもりでついて来い! 高度の柔軟性を維持しつつ、臨機応変に敵を殲滅する。……決まったな。小生に惚れちゃったりしない?」
「作戦を開始します。目ざわりな参謀を殴り倒した後、全軍前進!」
「おたすけえええっ」
かくして、大同盟部隊五,〇〇〇は、マクシミリアンが操るモンスター軍五〇,〇〇〇と交戦を開始。
「危ういところだったっ。ミーナ殿、フォックストロット。我が隊は先行して敵を分断するぞ!」
「ええ、アンドルー。それと、さっきの啖呵、カッコ良かったわよ」
「ミーナが見ていてくれるから……、小生は邪竜とだって戦えるのだ」
「こらあ、チョーカー隊長といい辺境伯様といい、色惚けてる場合じゃないでしょ!」
チョーカー隊は、お目付役のフォックストロットに尻を蹴飛ばされつつ、山道や渓谷といった狭道で落石や落とし穴を用いて、敵の大軍を寸断。
「ミーナ、ここで決めるぞ。術式――〝人形使役〟――起動!」
「アンドルーとの愛の力、見せてあげる!」
「辺境伯様、ゴルトさん。お願いだからツッコミ役の援軍をくださあい」
フォックストロットの切実な声が響く中、チョーカーの笛の音とミーナの振りまく酒がモンスターを泥酔させ、〝禍津の塔〟を守る一〇倍もの敵をバラバラに切り崩した。
「なんだ、これは。どうすればいいのだっ」
マクシミリアンは動揺するも、彼には相談する相手もいなければ、長考する時間もなかった。
総指揮官が悩む一瞬の隙に、ゴブリンの小隊が潰え、オークの部隊が四散、大駒である顔なし竜までもが討ち取られる。
一方のローズマリー・ユーツは、戦乱で片足こそ失ったものの、歴戦の軍人であるヴィルマル・ユーホルト伯爵らと打ち合わせつつ的確に塔へと迫っていた。
「マクシミリアンも馬鹿ね。アンドルー・チョーカーが〝マラヤディヴァ国で一番非常識な男〟って呼ばれるのは、単純な褒め言葉ではないわ。でも、〝姫将軍〟セイや〝万人敵〟ゴルトを差し置いて〝一番の武将〟と認められている。その意味を考えるべきだったわね」
「チョーカーめが名を上げたのは、マクシミリアンの死後です。更にこの半年間死んだふりをしていた故、ノーマークだったのも無理はない。あの非常識男め、邪竜すらも見事に手のひらの上で踊らせましたな」
マクシミリアン・ローグの組み上げた防衛陣地は、確かに見るべきものがあったろう。
しかし不幸なことに、敵対した相手が〝非常識な特殊部隊長〟という天敵だった。
「お、俺は、姫将軍セイとも互角に戦った男だぞ? こんな敗戦はありえないっ」
「かの姫将軍と戦ったのは、食道楽のコンラード・リングバリ隊長だ。お前じゃあない」
程なくして、マクシミリアンが操る怪物部隊は、ローズマリーという象徴を得て、志を同じくしたユーツ領兵らによって壊滅――。
「ハハハ、そうか。ローズマリー、キミがやったのか。あれほど派閥争いに明け暮れていたユーツ領が、こんなに一丸となるなんて。我が婚約者よ、俺の夢は叶ったよ。悲しいかな、夢の実現には俺自身が不要だった」
「さようなら、マクシミリアンお兄さま。貴方が望んだ未来は、私達が実現するわ」
ローズマリーが導いた大同盟ユーツ領方面軍は、マクシミリアンを討って第四の塔破壊に成功する。
その頃。海を隔てたヴォルノー島では。
ソーン領に建てられた第五の塔を巡り、予期せぬ援軍が訪れていた。
「防衛指揮官のアマンダ・ベンナシュだ。西部連邦人民共和国の、ニーダル・ゲレーゲンハイトが寄越した援軍と聞いて驚いたよ。アンタたち、よく生きていたね」
「はい。〝クローディアス・レーベンヒェルムを名乗る友〟への言付けと、邪竜討伐の支援となる力を託されました」
一目で致命傷とわかる古傷が刻まれた茶色い長髪の男は、車椅子に腰掛けながら柔らかに微笑んだ。
あとがき
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