第485話 現世と冥界を守る門
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レアとトーシュ教授、彼の弟子達が乗り込んだ黒鉄の機関車は、先端部に出現したドリルをフル回転させながら、カミル・シャハトが乗っ取った〝毒の湖〟へと突撃した。
「お、お前達は、諦めると言うことを知らないのかあああ」
全長一〇〇〇mに及ぶドス黒いスライムは、山のような肉体をぶるぶると震わせながら街を踏み砕き、四つ足の馬に変化して逃亡を試みる。
「「気づくのが遅い!」」
しかし、クロードが鋳造魔術で敷いた線路を走り、レアの操る機関車はどこまでも追い続けた。
「悪徳貴族の愛人があ、ならば毒にまみれて死ね」
カミルは逃げられないと観念したか、スライムのぶよぶよした体表から、大気を焦がし大地を焼く毒液を吐きだすも――。
「たぬこそが愛人、じゃなかった正妻たぬ。だから、クロードもレアちゃんもバッチリ守るたぬっ」
「バウバウッ!」
アリスとガルムが、契約神器を最大出力で展開。
二人は都市パダルを縦断するように創りあげた術式防御結界――〝門神〟――で広がる毒素を無力化する。
「ガルム、なぜだ。なぜ俺の邪魔をする。ええい、この体格差だ。ムシケラと戦って負けるものかよ!」
カミルはヤケになったか、何万という触手を振り回し、膨大な質量を誇るゼリー状の肉塊で機関車を押しつぶそうと試みた。
「カミル・シャハト。毒使いが何を言う? 鮮血兜鎧展開!」
「蜂の一刺しでも、人間は死んじゃうたぬ。壊れやすいからこそ、生命は大切たぬ」
「アオーン」
されど、クロードが己が肉体を粘液状の鎧で包み込んで盾となり、アリスとガルムも術式の城門で受け止め、膨大な触手の群れは大きくたわんだ。
「レア、この馬鹿に見せてやろう。世界も、生きる命も、お前が蔑むほどに軽くない。鋳造――八丁念仏団子刺し――!」
クロードは愛刀で麻糸の如く乱れた触手を切り裂いて、レアと機関車が進む道を開ける。
「はい。御主人さまが半年間、準備を重ねた抗原体の力。〝毒の湖〟に示します」
レアの操縦する光に包まれた機関車こそは、オボログルマと飛行自転車の製造で研鑽され、〝血の湖〟研究の全てが盛り込まれた、対抗技術の集大成だ。
車体を覆う光そのものが封印術式であり、前面の大型ドリルは特効兵装。臨界に達したエンジンが限界を超える速度を発揮して、汽車は遂に巨大怪物を中央からぶち抜いた。
「あ、あ、AAAAAAA!?」
カミル・シャハトは、全長一〇〇〇mを超える山の如き巨体にトンネルめいた大穴を開けられ、断末魔の悲鳴をあげた。
ドス黒かったスライムの体組織がねじれ、毒が抜けるかのように赤い血の色に戻る。
〝毒の湖〟は〝血の湖〟へと戻ろうとしているのだ。
「レ、レヴォリューション!」
「Revolution!」
カミルによって無理矢理支配されたゼリーの集合体は、肉体を乗っ取っていた毒が無力化されたことで――。
それぞれ小さな肉塊となって、蜘蛛の子を散らすように逃亡をはじめた。
「どこへ行こうというんだ。人殺しども」
「この街にも、南にも、友や親戚がいた」
「彼らの未来を返せ!」
しかし、ヴァリン領南部で数えきれない生命を喰らった罪人達に、逃亡など許されない。
機関車から切り離された二〇両の客車から、一〇〇〇人を超える冒険者の集団が降り立った。
「レ、レヴォリューション!?」
「Revolution!?」
北欧神話において――。
番犬ガルムが守る冥界から、死者が生者の世界に逃亡した例はない。
〝血の湖〟の細胞達もまた、犯した罪にふさわしい裁きの間へと閉じ込められた。
「うおおおっ、追いスライムが来たぞぉ!」
「ひゃっはあ、貴重な素材がお代わりだ!」
「いやっふう、金を寄越せ、飯を寄越せ!」
冒険者達は、この半年間研究された〝血の湖〟対策の魔術道具を用いて、地獄の獄卒もかくやという鬼気迫る表情で素材狩りを始めた。
「あぎゃぎゃ、もうめちゃくちゃだ。〝華〟よ、カミル隊長は無事なのか?」
「花と蔦で探っているけど、この狂騒の中じゃ見つけ出せないわ」
カミルの部下たる毒尸鬼隊は、巨大怪物を街まで誘導したものの、予想もしなかった逆転劇に仰天した。
「あぎゃぎゃっ。こうなったら血の湖に仕込んだ毒を暴走させて、心中するかいっ」
「あのデカブツからは、もう毒が抜けているわ。制御不能よっ」
古参隊員で幹部格でもあった〝蜘蛛〟と〝華〟は、難しい対応を迫られた。
カミルという統率者を欠き、二m程度の小さな細胞に分裂してしまった〝血の湖〟では、歴戦の冒険者に太刀打ちできない。
しかし、毒尸鬼隊もまた佞臣軍閥〝四奸六賊〟に組織された、一揆殲滅のプロフェッショナルなのだ。
「あぎゃぎゃっ。オレ達は対人戦闘なら、一〇〇〇人が相手でも負けねえよっ」
「そうね。何度も命令されて、やってきたことだもの。皆殺しにして前に進みましょう。すべては、生と死の境界なき世界のために」
「「現世と冥界を守る門は、ここで潰す!」」
〝蜘蛛〟と〝華〟は、血気にはやる毒尸鬼隊の残党を煽り、冒険者を皆殺しにすべく襲いかかった。
けれど、彼らの振るう剣や槍は、銃剣をつけた小銃によって阻まれた。
「いいや、アンタ達の相手はアタシ達さね」
蜻蛉に似た兜を被った女傑イザボー・カルネウスと、彼女が率いる白髪白眼の元ネオジェネシス兵が、冒険者達を守ろうと立ち塞がったからだ。
「あぎゃぎゃっ。ネオジェネシス、お前たちのやらかしたことを知っているぞ。オレ達、毒尸鬼隊と何が違うというんだ?」
「今ある世界は滅び、生と死を分かつ門も砕け散る。そうなれば、貴方達の盟主だって戻ってくるの!」
〝蜘蛛〟と〝華〟は必死で誘惑したが、イザボー達の心は既に決まっていた。
「ブロルが復活なんて望むものか。そして、世界は滅びない。あの子が、クロードが集めた仲間はアタシ達だけじゃない。空を見なっ、第四と、第五の塔が砕けたよ!」
イザボーが天を指差す。
暗雲から二筋の光が差し込み、マラヤ半島とヴォルノー島に轟音を響かせながら、二基の塔が崩壊した。
あとがき
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