第483話 クロード、アリス、ガルムの三重奏
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復興暦一一一二年/共和国暦一〇〇六年 晩樹の月(一二月)一二日午後。
カミル・シャハトは、ファヴニルに授かった〝顔なし竜〟の力を我がものとした。
彼は、パダル市を蝕む毒花や毒茸を取り込んで一体化し、全長二〇mに及ぶ〝毒の湖〟ならぬ、〝毒の竜〟へと変貌を遂げる。
加えて、全長一〇〇〇mに達する国喰らいの巨大怪物〝血の湖〟が、四足馬をかたどって目に見える距離まで迫っていた。
「クローディアス・レーベンヒェルム。お前は、この手で殺してやる。俺の勝利を飾る花束となれ!」
カミルは勝利を確信し、四枚の翼と口腔から、ドス黒い毒の大河を吐き出した。
「いいや、勝つのは〝僕達〟だ」
しかし、クロードは絶対絶命の窮地でなお不敵な笑みを崩さない。なぜなら、彼はもう一人で戦っているのではないからだ。
『ネオジェネシス万歳、大同盟万歳!! 我々の手で明日を取り戻そう』
ほぼ同時刻――。
クロードの友ベータが率いる部隊が、マラヤ半島の最北部メーレンブルク公爵領で第三の塔を攻略、破壊に成功。
暗雲を切り裂いて、スポットライトのように天上から光が射した。
「「我らが守るは、生分と死をわかつ境界の門。いかなる災厄もどれほどの不浄も退けよう。術式――〝門神〟――起動!」」
そして、陽光にアリス・ヤツフサとガルムの朗らかな声が重なって、パダル市を横断する結界が、巨大な門の幻影を形作って降臨する。
『ガルムの得意とする本分は防衛と線引きだ。ゆえに、毒使いであるカミルには、覿面に刺さるだろう』
カミルの恋敵だったオズバルト・ダールマンの述懐を証明するかのように、クロードに迫る毒の川は、門の結界に触れた端から消し飛んだ。
「クロード、遅れてごめん」
アリスは、第五位級契約神器ルーンビースト。今や銀光に輝く鎧となったガルムを身にまとって、クロードの傍へと着地した。
「ガッちゃんと一緒に、クロードの運命を背負いに来たぬ」
「アリス、ガルムちゃん、遅くなんてない。ファヴニルが紡ぐ悲しい物語はここまでだ。一緒にひっくり返すぞ」
「バウっ」
クロードは三白眼を柔らかく細めて、白銀に輝く鎧ごと愛する少女を抱きしめた。
「たぬぬう。クロード、クロードお、絶対に守るたぬ」
アリスは艶めく黒髪からのぞく金色の虎耳をぴょこぴょこ動かし、オオカミに似たふさふさの金の尻尾を振って、クロードの頬をペロリと舐めて甘える。
「う、嘘だ。俺が、俺が先に好きになったんだぞおおおっ」
腐臭漂う〝毒の竜〟と成り果てたカミルは、悲痛な叫びをあげた。
彼はガルムの作り出す結界を、門の幻影を知っていた。幼馴染が得意とした技に、誰よりも焦がれていたからだ。
「ガルム、ああガルムよ。お前の名前は〝犬のうちでもっとも素晴らしい〟と言う意味だ。生死の境界線を守り、軍神テュールにすら比肩する最高の飼い犬だ。賢いお前には、真に頭を垂れるべき相手が俺だとわかっているはずだ!」
「バウっ!(いやだ!)」
アリスの鎧となったガルムだが、カミルの勧誘に対し、断固とした拒否の声をあげる。
「ゆるさない、ゆるざないっ。ガルムは俺のものだ。それを、それおおおっ」
カミルは巨大な肉体で家々を壊し、田畑の残骸を踏み躙りながら、地団駄を踏むように暴れ回った。
毒こそ無力化されたものの、膨大な質量とパワーは危険極まりない。
足を下ろすだけで地面に大穴があき、尻尾を振るうだけで堀が作られる。
「カミル。ガルムちゃんを大事に思うなら、幼馴染が好きだったのなら、お前はオズバルトさんと戦ってでも助けるべきだった」
「だまれっ。俺がオズバルトに、刃を向けられるわきゃないだろう!」
過去にオズバルトに挑み、勝利を勝ち取ったクロードは、〝毒の竜〟の足や尻尾をかわしつつ、雷火を伴う二刀で、目鼻の欠けた頭部を斬りつけた。
「クロードは、たぬを愛してくれたぬ。弱かった時も、両腕を失った時も、ずっと一緒にたぬと歩いてくれたぬ」
「口をひらくなっ。俺の前でのろけるな、愛を見せつけるな」
クロードが注意を引いたことで死角となっ足元から、アリスは竜巻をまとったアッパーカットを叩き込む。
虎耳少女の一撃は、黒滝のように流れ落ちる毒蔦や毒糸を粉砕しながら、竜の巨体を空中へとかちあげた。
「ワオーン」
「が、ガルムまで俺を狙うのか。この世はこれほどまでに度し難い!」
更にガルムが鎧から白銀の犬に戻り、あたかも夜闇を割く流星の如く追いついた。
爪と牙が閃いて、カミルの肉体を守る毒茸や毒鱗の装甲をずたずたに切り裂く。
「門の結界を維持しつつ、分離からの連携攻撃だとお? それは彼女だけに許された奥の手だ。オズバルトすら再現できなかった技を、なぜ使うっ、この寝取り魔どもがあ!」
カミルは空中で刻まれながらも、〝毒の竜〟の巨躯から、毒糸や毒蔦を射出して抵抗を続ける。
「それがわからないから、お前は振られたんだよ」
クロードは鎖やはたきを盾に接近。アリスとガルムが気持ちよく殴れるように、雷の刀と炎の脇差で邪魔な飛び道具を切り裂いた。
(アリスがガルムちゃんと発動させた〝門の結界〟――契約神器の全力展開をオズバルトさんが使えなかったのは、きっと二人が望まなかったからだ)
カミル・シャハトの恋敵にして、もう一人の幼馴染。
オズバルト・ダールマンは、腐敗した西部連邦人民共和国を良きものにしようと足掻いた〝正義の味方〟だ。
しかし、彼が任命された役職は〝処刑人〟と呼ばれる粛清部隊の長だった。
オズバルトもガルムも、軍閥間の権力闘争に利用され続けるだけで、本当の意味で守りたかったモノを守ることは叶わなかった。
「カミル、年貢の納め時だ」
「悪行の報いを受けるたぬ」
「バウワウっ」
クロードの二刀が燃え、アリスの拳が穿ち、ガルムの爪が裂く。
三人は視線を合わせ、息を合わせ、一挙一足の拍子をひとつにする。あたかも異なる楽器で三重奏を響かせるように。
「アリス、今がチャンスだ。持ってけ最大火力!」
「ガッちゃんと力をあわせ、必殺のウルトラたぬうキック!」
「ワウっ(よくやったクロード)」
クロードは雷と炎の柱で〝毒の竜〟を拘束。
アリスはガルムが再び変じた鎧をまとって、高空からの飛び蹴りで巨体を一撃した。
「うわあAAAAAA!?」
嵐のような轟音が断続的に鳴り響き、街の一角を飲み込むほどの大穴が形成され、全長二〇mの竜は爆発四散した。
「まだ、だっ。愛しい幼馴染をこの手に抱くまで、俺のガルムを取り戻すまで、俺は絶対に死なない!」
あとがき
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