第482話 第三の塔破壊と、ガルムの本分
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復興暦一一一二年/共和国暦一〇〇六年 晩樹の月(一二月)一二日。
大同盟の盟主であるクロードと、一〇〇〇年を生きる契約神器〝邪竜ファヴニル〝の闘争は最終段階に至り、マラヤディヴァ国の、否、この世界の未来をかけた総力戦となった。
クロードが勝利するためには――
マラヤディヴァ国に打ち立てられた一〇の楔、魔力吸引装置〝禍津の塔〟を破壊して、ファヴニルの待つ大空への道を切り開かねばならない。
一方、ファヴニルが新たなカミとなる為には――
世界を滅亡へ誘う〝導きの塔〟一〇基が汲み出すエネルギーと〝龍神の巫女ソフィ・ファフナー〟を使って、第一位級契約神器に進化しなければならない。
故に両陣営は一〇基の塔を巡り、争った。
第一の塔は、盤面に乱入した〝マラヤディヴァ国で一番非常識な男〟アンドルー・チョーカーと、〝万人敵〟ゴルト・トイフェルの一党がユングヴィ領で破壊。
第二の塔は、クロード一行が強敵イーヴォ・ブルックリンらを打倒した後、レーベンヒェルム領で粉砕した。
ファヴニルが作りあげた、太陽の光が射さぬ闇の世界は、二つの塔を喪失したことでひびが入り――、マラヤディヴァ国を守る大同盟は、好機とばかりに反撃を開始する。
三番目の塔を巡る舞台となったのは、マラヤディヴァ国の西半分、マラヤ半島の最北部に位置するメーレンブルク公爵領だ。
「ハインツ・リンデンベルク。よくも親父の夢を壊してくれた。〝禍津の塔〟もろともに、戯けた横っ面をブッ飛ばしてやる」
新たな指導者となったベータと、白髪白眼のネオジェネシス兵達は、ファヴニルによって蘇った仇敵ハインツと徘徊怪物の軍勢に殴りかかった。
「唸れテッケン、轟けイカズチ。マッスル・ローリング・ライトニング!」
ベータは敵陣中央に颯爽と飛び込むや、巌のような肉体から丸太もかくやという太腕を左右に大きく広げて、コマのようにグルリと回る。
彼の契約神器である指輪が、左右の手のひらから巨大な雷柱を形成。轟々と唸りをあげて周囲三六〇度を焼き焦がす。
「上腕筋よ、広背筋よ、大腿筋よ、応えてくれ。我が血と汗で破邪顕正をなさん!」
「「ぎいいいいいいやあああっ」」
ベータの荒ぶる鉄拳制裁が、小妖鬼や犬頭鬼、豚鼻鬼で構成された敵戦線に大穴をあけた。
「やるじゃない。弟子を立てるのも師匠の役目ってネ。援護はアタシが引き受けるわ☆」
ベータが風穴を開けた敵防衛部隊へ、橙色のブラジャーとショーツに似た金属製の鎧、すなわちビキニアーマーを身につけた壮年の男性が意気揚々《いきようよう》と飛び込む。
白髪が混じった黒髪の筋肉質な武人は、老いてなお弟子達に劣らぬみっしりとした筋肉を脈動させて、物干し竿ほどもある長い刀を変幻自在に操って見せた。
長刀が空飛ぶツバメのように変幻自在の軌道で閃くたびに、砲台を抱えた鋼鉄戦鬼や巨大棍棒を携えた一眼巨鬼といった大物がなます切りになって散る。
「術式――〝魔編包〟――起動! 行こう、兄弟達。皆でハインツを倒すんだ!」
「うおおおおっ、ネオジェネシス万歳、大同盟万歳!!」
ツインテールの目立つ少女を先頭に、タコとワイバーンを掛け合わせたようなキモ可愛い毛糸のぬいぐるみと、創造主ブロル・ハリアンの仇討ちに燃える白髪白眼の兵士達が叫びをあげて突貫する。
「おのれおのれ、モルモット風情がっ、ワシを誰だと思っている」
「「モモモモモ!」」
敵モンスター軍の中央で指揮を執る、顔のない竜。ハインツ・リンデンベルクは、己が妄執の如く膨れ上がった小山ほどもある図体で暴れ回ったが、遂には取り押さえられた。
「今です、デルタ様。決着をっ」
「皆、ありがとう。ハインツ・リンデンベルク、父の夢、ぼくたち家族の絆を壊した仇よ。報いを受けろ」
「人類史に輝く太陽、偉大なるこのワシが、こんなところでえええっ」
デルタが、父ブロルから受け継いだ大鎌を一閃させて、家屋よりも大きな大蛇の首をばっさりと切り落とした。
ベータが、シュテンが、チャーリーが、他多くの兄弟達が歓喜の雄叫びをあげて、天を衝く赤くねじれた塔を粉々に打ち砕く。
「「ネオジェネシス万歳、大同盟万歳!! 我々の手で明日を取り戻そう」」
メーレンブルク公爵領に喝采が轟き、暗雲に覆われたマラヤ半島にまたひとすじ陽光が射し込んだ。
新たな光は、次なる反撃の狼煙となるのだ。
――
――――
「御頭、太陽の光がまた少し戻ってきやした」
マラヤ半島から海を隔てた、マラヤディヴァ国の東半分であるヴォルノー島のレーベンヒェルム領でも、戦況の変化は見て取れた。
ライナーら魔術塔〝野ちしゃ〟の元防衛部隊は、隊長オズバルト・ダールマンが入院した中央病院を警備しつつ、第三の塔が崩れ落ちるのを目撃した。
「まだ三つ目でやす。〝銀〟は、無事でしょうかね?」
「心配無用だ、ライナー。〝銀、いやガルムの強さは、私達が一番良く知っているだろう」
不治の病を抱えたオズバルト・ダールマンは、病室の窓からヴァリン領へ続く空を見つめた。
「御頭。遅くなりやしたが、ようやく尻尾を掴めました。例の懸念は当たっていやした」
「そうか。カミルと〝毒尸鬼隊〟はファヴニルの側に着いたか」
オズバルトはライナーの報告に、袂をわかった幼馴染みを想って心を痛めた。
「先の戦いで辺境伯に託せたのは幸運だった。アリス・ヤツフサならば、私よりもずっと、ガルムと心を通わせることができるだろう。私が斬った〝彼女〟に似ているから」
オズバルトは灰色の瞳を目蓋でとじて、最愛の女の面影に心をはせた。
幼馴染みの少女は、武器持たぬ民衆を守るため、人々を踏み殺すアイアンゴーレムや、雨あられと放たれる矢の前に飛び出した。
「今でも思い出す。彼女に交戦の意志は無く、ガルムを連れてさえいなかった。それでも殺せと私が命じられたのは、軍閥の上層部が怖れていたからに他ならない」
オズバルトは、夢想する。
『我らが守るは、生と死をわかつ境界の門。いかなる災厄もどれほどの不浄も退けよう。術式――〝門神〟――起動!』
もしもあの時、彼女がガルムを連れていたならば、オズバルトやカミルの運命も変わっただろうか?
「私では無理だった。ガルムが得意とする本分は防衛と線引きだ。ゆえに、毒使いであるカミルには、覿面に刺さるだろう」
あとがき
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