第481話 新たなる〝血の湖〟の誕生
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三白眼の細身青年クロードは、目鼻の欠けたしゃれこうべの如き顔と四枚の翼を持つ人型〝顔なし竜〟、カミル・シャハトとの交戦中――。
魔力で世界を視るという、ニーズヘッグの特性を逆用して手玉に取った。
「最初に言っただろう? 勝ちたいのなら、邪竜の力なんて借りずに、自分の力で戦うべきだって」
クロードからすれば、海上決戦でファヴニルに五〇〇体の分身で幻惑された意趣返しのようなものだったが……。
カミルは挑発で、目に見えて激昂した。
彼は自らの肉体を構成する毒の花、毒の蔦、毒の糸、毒の茸、毒の蛇、毒の鱗を展開しつつ、毒の羽根を固めた剣と槍を手に白兵戦を挑む。
「クローディアス、お前が、お前さえいなけれバ、新しい世界が、彼女をっ、ガルムをっ、この手にいいっ」
「カミル。お前のやり方じゃあ、絶対に振り向いてもらえないよ」
クロードは空中にはたきを投じて、青い毒の花粉を払い――。
「イーヴォも同じ事を言いやがっタ。俺とオズバルトの何が違う。足りない力は手に入れた。見ロ、証となる力を!」
カミルが放つ茶色い毒蔦と紫の毒糸を、足先から鎖を放って絡め取る――。
「カミル、その力はファヴニルが与えたものだろう。別に〝お前でなくても良かった〟んだよ」
クロードは自身を戒める言葉を呟きながら、右手の打刀から発する雷で地面から湧き出る蛍光色の毒茸を殲滅――。
「違う。俺は正義だ。だから、ファヴニルが見出した。俺こそが新世界の管理者に相応しいと、巫女が託宣をくれタ。俺は選ばれたんダ!」
カミルが叩きつけてくる橙の毒蛇の牙や、赤黒い鱗からにじむ毒粘液を、左手の脇差しから噴き出す炎で焼却する――。
「そうだ、カミル・シャハト。お前は選ばれた。邪竜ファヴニルと巫女レベッカが遊ぶための、玩具として!」
クロードは必殺を期した脇差しを、カミルの腹部へ突き立てた。
(悪いね、カミル。釣らせてもらったよ)
レアがいない今、覚醒したニーズヘッグを滅ぼす為には、必滅の刃〝熱止剣〟を決めるしかない。
クロードがカミルを挑発したのは、システム・ニーズヘッグを用いた広範囲攻撃から、近距離戦に転換させるためだった。
(オズバルトさん、イーヴォさん、そしてカミル。三人とも共和国の佞臣軍閥〝四奸六賊〟の関係者だけど……こいつだけは、残せない!)
オズバルトは己が罪と向き合い、悪しき国を正そうと懸命に生きた。
イーヴォは己が罪を認めた上で、自らの欲望のままに生を貫いた。
カミルは己が罪を責任転嫁して、身勝手な正義のままに惨劇を繰り返す。
「カミル・シャハト、悪行の報いを受けろ。――熱止剣――!」
クロードは脇差しから魔術文字を展開、一切消却の術式を焼き刻む。
「笑止千万。俺の行動は一切が正義だ」
しかし、手応えはなかった。
なぜなら、カミル・シャハトの肉体がぐずぐずとほどけ、液状に溶け落ちたからだ。
「なん、だって」
「俺が邪竜の玩具だと? 借り物の力で戦っているだと? 甘くみられたものだ。正義は勝つ。故に、勝利する俺は絶対の正義だ」
カミル・シャハトであった男は、ドス黒いスライム状の肉塊へ変わり果て……
毒尸鬼隊がパダル市に振り撒いた溢れんばかりの毒、青い花、茶色い蔦、紫の糸、蛍光色の茸、橙の蛇、赤黒い片鱗と一体化を始めた。
「カミルめ、まだ成長途上なのか。少し小さいが〝血の湖〟……いや、〝毒の湖〟へ変身する気か?」
「ふははっ。俺の進化はここからだ。古き世界を喰らい、新しい世界を生み出す竜となる」
クロードは打刀と脇差を振るい、雷と炎が渦を巻くも、カミルの変化は止まらない。
大きさこそ全長二〇mほどだが、全身が空気すら汚染する猛毒というのがたまらない。
「ああもう、変なヤツほどシステム・なんちゃらを使いこなすっ。やっぱり危険物だぞ、コレ!」
極めて近く限りなく遠い並行世界。
人類が滅んだ後の雪原に立つ、赤と青のオッドアイの少女が、両手をぐるぐる振り回して抗議する幻影が脳裏に浮かんだが……。
最初の魔剣、システム・レーヴァテインに取り憑かれた演劇部長ニーダル・ゲレーゲンハイトも。
第二の魔剣、システム・ヘルヘイムを幽霊姉弟と一緒にぶん回すドゥーエも。
第三の魔剣、システム・ニーズヘッグを最も使いこなした詐欺師エカルド・ベックも。
揃いも揃って、クセの強いヤツばかりだ。
カミルもまた新たなる〝血の湖〟への変身を経て、〝毒の竜〟とも呼ぶべき、全長二〇mに及ぶ毒物で構成された竜へ変貌を遂げた。
スライムの頭部をたてがみのように毒花が覆い、毒蔦と毒糸が骨格や神経を形成、毒茸や毒羽根が四肢となり、毒の鱗が表皮を守る。背には四枚のドス黒い吹雪の翼がはためいている。
「悪徳貴族め、今更泣き言とは無様極まる。そのように臆病な男を、ガルムが選ぶものか!」
クロードは、そんな毒竜と化したカミルの言葉をからりと笑って肯定した。
「そりゃそうだっ。ガルムちゃんが選ぶ女の子は他にいる」
「負け惜しみだっ。聞こえるだろう、血の湖が近づく地響きが」
いまだ距離はあるが……。
カミル・シャハトの背後からは、赤い四本足の馬をかたどった、全長一〇〇〇mに及ぶ赤ゼリーが、都市パダルを飲み込まんと迫っているのが見えた。
「だが、クローディアス・レーベンヒェルム。お前は、この手で殺してやる。俺の勝利を飾る花束となれ!」
毒の竜は、口内と四枚の翼から煮え立つような、ドス黒い毒雪を大河の如く放出する。
されどクロードは絶体絶命の窮地でなお、不敵な笑みを崩さない。
「いいや、勝つのは〝僕達〟だ」
なぜなら彼はもはや一人でなく、信じる仲間がいるから。
「カミル、耳をかっぽじって聞くといい。第三の〝禍津の塔〟が崩れる音と……」
カミル・シャハトが新しき邪竜となった、ほぼ同時刻。
大同盟は、マラヤ半島の最北部メーレンブルク公爵領で第三の塔を攻略、破壊に成功。
「僕の愛しいアリスと契約神器の声を!」
「たぬっ、たぬううっ♪」
「バウワウ」
塔の崩壊に伴って、暗雲からスポットライトのように光射す戦場に、アリス・ヤツフサとガルムの朗らかな声が響きわたった。
「「我らが守るは、生分と死をわかつ境界の門。いかなる災厄もどれほどの不浄も退けよう。術式――〝門神〟――起動!」」
アリスとガルムの声に応えるように、パダル市を横断する巨大な門の幻影が直立。
クロードに迫る毒の川は、触れた端から消し飛んだ。
「う、嘘だ。俺が、俺が先に好きになったんだぞおおおっ」





