第480話 知恵と武技、過去と現在
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カミル・シャハトは、人間から邪竜へと堕落し――。
「我が魔力の瞳はお前を見逃さず、我が死の翼はいかなる盾も貫き通す!」
背ではためく四枚の翼で腐臭漂う吹雪を引き起こし、風と大地を瞬く間に腐らせて、クロード諸共に街の一角をドロドロの毒沼へと溶解させた。
「勝っタ。勝ったゾ。今度こそ俺ノ勝利だぁあああ!」
カミルは蛍光色の菌類にびっしりと覆われ、獣のように艶めいた両腕をかかげて、勝利の余韻に酔った。
「そうかい、カミル。お前は勝ちたかったのか?」
その直後――。
クロードは打刀〝雷切〟と脇差し〝火車切〟で、無防備なカミルの背を十文字に切り裂いた。
青い雷と赤い炎に包まれた二振りのヤイバが、ドス黒い毒雪を撒く四枚翼を引き裂き、肉体を保護する緋色の鱗を砕く。
「だったら、邪竜の力なんて借りずに、自分の力で戦うべきだよ」
しかし、裂傷から流れるのは赤い血ではなく、毒鳥の色鮮やかな羽根だ。
「クローディアスだと。馬鹿ナ、たった今殺したばかりナノに!」
カミル・シャハトは、周囲の毒を取り込みながら、裂けた肉体を修復。
再生した毒雪の翼を広げて、パダル市郊外にある田園を薙ぎ払った。
陸稲や麦が腐り落ち、三白眼の細身青年も、全身を沸騰させて焼け果てる。
「ハハハ、やっタ!」
カミルはしゃれこうべの如き顔を歪め、満面の笑みを浮かべたが……。
「横腹がガラ空きだっ」
クロードは、そんなカミルの死角から横殴りの二連撃をぶち当てた。
「グハッ、そうか。悪徳貴族め、時間を巻き戻していルのだナ? 力の在処に意味はない。大切なのは正義か、邪悪かだ!」
カミルは雷と炎を毒で消火しつつ、手のひらを突き出した。
毒沼を操り、あたかも大地から怨念を呼び起こすように、直線一〇〇〇mを貫く毒柱の群れを作りあげる。
二刀を持った青年は、丘陵に建てられた大型風車一〇基を巻き込みながら吹き飛び、四肢をもがれるようにして腐り落ちた。
「思い知ったか!」
「そうかい。でもオズバルトさんなら、違う答えを言うんじゃないか?」
次の刹那。
クロードは勝利の誤認すら許さず、カミルの頭上に青く輝く雷撃と赤く燃える炎弾を落とし、二刀を斬り下ろす。
「お前が、アイツの名前を口にするナ!」
さすがのカミルも、何度も引っかかれば、学習するらしい。
ニーズヘッグの肉体から伸びる毒蔦や毒糸で雷と炎を防ぎつつ、右手に毒羽根を固めた槍を、左手に同様の剣を握って受け止める。
「クローディアス、お前に何がわかる? 俺とオズバルトは、同じ西部連邦人民共和国の、同じ村で生まれたんだ」
クロードは眼窩に赤い火の灯るしゃれこうべを覗き込み、カミルもまたクロードの三白眼を睨みつける。二人は無数の雷火と毒雪をぶつけ合いながら、一進一退で切り結ぶ。
「オズバルトは良いヤツだ、親友だと思っていた。だから幼馴染がアイツと交際を始めた時も、俺は幸せを願って身をひいた……」
カミルは剣戟の最中、地面より無数の毒キノコを湧き上がらせて、石畳の道路を砕いた。
「ガルムちゃんから、彼女の盟約者だった女性を、お前が想っていたことは聞いているよ」
しかし、クロードは慌てず騒がず、中空に鎖で足場を作って斬り合いを続行する。
「そうダ。俺もオズバルトも、彼女を幸せにしたかった。だから、一旗揚げようと一緒に軍へ入ったんだ。なのに、なのに、アイツは彼女を殺しやがった!」
カミルの伽藍堂の瞳から涙がこぼれるように赤い火花が散る。
(共和国の佞臣軍閥〝四奸六賊〟が、邪魔だった先代教主の支持者達を虐殺し、カミルの幼馴染は民衆を庇って、オズバルトさんに斬られた)
クロードとカミルが振るう、四振りの得物が噛み合って……。
青い雷と赤い炎、白い雪と黒い毒が、町外れの丘で幻想的に舞い踊る。
「俺は悪くない、彼女も悪くない。オズバルトだって悪くない。この旧く腐った世界が間違っている。だから俺は、ファヴニルと共に新世界を創造し、彼女を蘇らせるんだ。そうすれば、今度こそ今度こそ俺を選んでくれる。愛してくれる」
それが、カミル・シャハトの真なる祈り。
親友を、恋人を、憎めなかったからこそ、世界を呪った。
「カミル。お前は、お前の想い人が……。パダルの民衆を皆殺しにするような男を、本気で愛すると思っているのか?」
クロードの問いに、カミルは沈黙した。
「お前は〝四奸六賊〟の命じるままに、イザボーさんの家族や多くの罪なき人々を手にかけた。過ちを繰り返し続けて、幼馴染が認めると思っているのか?」
「認めさせるさ。誰が正しいのか、誰が一番愛しているのか、今度こそわからせてやるのだ。過ちなどないっ、俺が正義だ!」
クロードはカミルの返答に浅く息を吐き、二刀を握る両腕に力をこめた。
「カミル・シャハト、この悪党め。そんな男だから、ガルムちゃんに愛想を尽かされるんだよ!」
「うる、せえええええっ。俺は超越者だ。脆弱なニンゲンが、くだらんモノサシではかるなああっ」
カミルの四枚翼がはためき、再び周囲一帯を毒で腐敗させる。
農家が崩れ、馬屋が壊れ、水場も食料庫も何もかもが腐り落ちて、三白眼の細身青年も一〇度を超えて毒に呑まれた。が!
「そういうことかあ。悪徳貴族め、お前は時を巻き戻していたんじゃない。こんな、こんな単純な手段でひっかけた」
カミルも一〇度繰り返せば、クロードが仕組んだカラクリに気づいたらしい。
人型邪竜は広範囲攻撃をやめて、三白眼の青年を自らの手で握りつぶした。
そこにあったのは肉骨ではなく、はたきを組み合わせて偽装した身代わり人形だった。
「カミル、知っているかい? 蛇にはピット器官って、熱を感じる部位があるんだ。ベータやシュテンさんから聞き出したんだけど、お前が誇る魔力の瞳、顔なし竜のセンサーも、類似の能力みたいでね。目鼻が無くても見える理由さ」
蛇は夜、眼が見えずとも熱感知の感覚器官で獲物を把握する。
しかし、焚き火のような熱源を用意するだけで、特異な感知能力は幻惑されるのだ。
「だから、鋳造魔術で〝魔力を帯びた囮〟を作り、俺の目を欺いたというのか!」
クロードはニヤリと笑った。
「最初に言っただろう? 勝ちたいのなら、邪竜の力なんて借りずに、自分の力で戦うべきだって」
あとがき
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