第479話 悪鬼の逆襲
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三白眼の細身青年クロードは、恋人のアリスと戦友ガルム、イザボー隊、そして彼女達が救出した民間人を逃がすため、単騎で〝毒尸鬼隊〟を押しとどめていた。
「〝蜘蛛〟よ、〝華〟よ。俺が一騎討ちで時間を稼ぐ間に、残存部隊を再編して〝血の湖〟を誘導しろ。予定より早いが、アレを使ってねじ伏せる」
敵隊長のカミル・シャハトは、膠着した戦況に業を煮やしたか、そう部下に命じたのだが……。
「カミル隊長、一人で辺境伯を相手するのは無茶ですぜ」
「あのファヴニルが手を焼く強敵よ。ヤケにならないで」
八つの手足を持つ蜘蛛めいた異形の男〝蜘蛛〟と、色鮮やかな植物に寄生された奇怪な女〝華〟は、命令に二の足を踏んだ。
「信じろ、俺はお前達の隊長だぞ」
カミルは目鼻の欠けたしゃれこうべめいた顔の口元を緩めて、部下二人に微笑みかける。
「それに、俺がクローディアス・レーベンヒェルムを一騎討ちで倒せば、ガルムもきっと目が醒めることだろう」
カミルがあいも変わらぬ妄言を口にしたことで、〝蜘蛛〟と〝華〟は渋々ながら頷いた。
「あぎゃぎゃっ、わかりやした。あのデカくて愉快な騎兵隊を連れて来ますよ」
「そうね。辺境伯は、邪竜ファヴニルだけでなく、我々〝毒尸鬼隊〟にとっても不倶戴天の敵みたい。ここで仕留めましょう」
「隊長の命令なら仕方ない」
「無念だが、一度仕切り直すか」
クロードに叩きのめされながらも、生き残った毒尸鬼隊の兵士達は〝蜘蛛〟と〝華〟に率いられ、半死半生の身体を庇いながら後退する。
「意外だな、カミル。お前に一人残る漢気があるとは思わなかった」
クロードは、右手に握る打刀〝雷切〟から雷の矢を飛ばし、左手で掴んだ脇差し〝火車切〟から火球を射出しつつ、十文字を描くようにカミルへ斬りかかった。
「当然だ、クローディアス。俺をみくびってもらっては困る。ガルムを洗脳した下劣な貴様とは器が違うのだ」
一方、カミルも異形の肉体から毒鳥を飛ばして雷火を受けとめ、毒羽根を固めた剣と槍で二刀と真っ向から切り結ぶ。
「言いがかりはやめろ、カミル・シャハト。お前は、ガルムちゃんに振られたんだ」
「ほざけ。ガルムが俺を見放すはずがないっ」
二人が切り結ぶたびに、毒で穢れた鳥が落ち、羽根が散ってはメラメラと燃えた。
「なぜなら俺には大義がある。ファヴニルが生死のなくなった新世界を作れば、オズバルトに殺された〝彼女〟だって蘇るんだ。ガルムもきっと賛同してくれる!」
カミルは剣戟の中を敢えて踏み込み、クロードに向かって魔力喰らいの雪を吹き付ける。
「馬鹿なことを言うな、ファヴニルが作る世界はアイツの玩具箱だ」
クロードは足先で魔術文字を綴り、地面を隆起させてカミルの体勢を崩し、技の隙を突くように二刀を刺しこんだ。
「過去のレーベンヒェルム領が、どんなおぞましい惨状だったのか、お前は知らないのか?」
クロードの刃がカミルの肉体を臓腑まで切り裂き、青い雷と赤い炎がほとばしる。
「かはっ、むしろ望むところではないか!」
されど、カミルはもはや人間を外れた〝顔のない蛇竜〟の幼体だ。
傷口から色とりどりの羽根があふれて、焼けただれた傷口を埋めてゆく。
「俺が新世界を導く管理人となろう。愚かな民衆は何度でも殺し、何度でも生き返らせて矯正しよう。さすれば、必ずや楽園が生まれるだろう」
「そんな地獄、お前以外の誰が喜ぶんだっ」
クロードは怯むことなく、小円、大円を描きながら、雷と炎の刃で斬りつけた。
「地獄とは、この世界のことだ。彼女が俺を選ばず、オズバルトに殺された。だから断罪するんだよ!」
カミルの肉体は傷が増えるたびに、羽根を撒き散らしながら再生を繰り返す。
あたかも幼虫がさなぎとなって羽化するように、蛇が何度も脱皮を繰り返すように……。
「おのれクローディアス。痛い。苦しい。吐き気がする。こんな世界はあっちゃいけない。だから、創り変えるんだ。我が正義、我が栄光はここにあり!」
そうして彼の狂った精神は壊れた肉体を凌駕して、土壇場で新たなステージへ進化を遂げた。
「毒正機構 |はじまりにしておわりの蛇雪 ――変転――!」
カミルのしゃれこうべめいた空洞の瞳に、赤い光が灯る。
手足の表面を菌類がびっしりと覆いつくして、獣のように変わる。
胴体は蛇の鱗に覆われ、全身を守るように毒蔦や毒糸が絡んでゆく。
カミル・シャハトは、人間から邪竜へと完全なる堕落を遂げたのだ。
「ああ、ようやくやり方がわかってきたぞ。俺が、毒尸鬼隊こそ正義だ。悪徳貴族よ、死ねええええっ!」
「くっ、相手がニーズヘッグなら、鋳造――!」
クロードは対抗すべく、魔術文字を綴るが……。
「無駄だ。我が魔力の瞳はお前を見逃さず、我が死の翼はいかなる盾も貫き通す!」
人型邪竜は四枚の翼をはためかせ、風と大地を瞬く間に腐らせる。
そうして、三白眼の青年の抵抗を鎧袖一触と薙ぎ払うと、腐臭漂う吹雪で街の一角諸共にドロドロの毒沼へと溶解させた。
「勝っタ。勝ったゾ。今度こそ俺ノ勝利だぁあああ!」
あとがき
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