第475話 アリス・ヤツフサ 対 カミル・シャハト
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避難民を救出したアリスとイザボー隊は、ヴァリン領の南北を結ぶ中継都市パダルに辿り着くも、すでに街は〝毒尸鬼隊〟の手におちていた。
「ファヴニルと共に、生死の境がない新たな世界を創るのだ。そうすれば、死んだ彼女も今度こそ俺を認めてくれる。アイツではなく俺を選んでくれるんだ!」
隊長カミル・シャハトは、けばけばしい毒鳥の翼をはためかせ、しゃれこうべのような顔を歪めて狂ったように叫んだ。
「お前、そりゃ振られるたぬ」
「同感だねえ。誰だか知らないけど、きっと見る目があったよ。こいつはダメだ」
しかし、黒髪から金色の虎耳を生やした少女アリスと、蜻蛉に似た鎧を身にまとった隊長イザボーは、一堂を代表するようにカミルの妄言を否定した。
「所詮は、腐った悪徳貴族に与する愚か者ども。もはや人間の心すら失ったか!」
カミルは自己陶酔気味に嘲弄するも――。
「愛する人が別の人を選んでも諦めない。って、気持ちは共感するたぬ。でも、たぬが大好きな人達は、街一つの住民を皆殺しにするような悪党を好かんたぬ」
アリスは金色の瞳にめらめらと熱を宿し、防寒用のブルゾンに包まれた右腕を伸ばし、ジーンズから伸びたふさふさの尻尾を逆立てて、惨劇の街を指さした。
「アタシだって、死んだ奴にもう一回会いたいって気持ちはわからんでもないさ。でも世界を滅ぼせば、アンタが選ばれるだって? 馬鹿を言うんじゃないよ。そんな阿呆より、アイツとやらを選ぶに決まっているだろう」
イザボーもまた過去に故郷を滅ぼした仇に対して、澄み切った声音で断言した。
「我々ネオジェネシスも父たるブロルの遺志を継ぎ、世界を変える為に戦っています。だからこそ問いたい。貴方は、故人に恥ずかしくないのですか?」
イザボーの部下である、アリに似た甲冑で統一された元ネオジェネシス兵も黙ってはいられないと反論。
「そうだ。人殺しめ、おれたちの大切な人を殺して、何を言ってやがる!」
「あのひとを、あの子を返せ。クソ野郎!」
ヴァリン領南部からの避難民達も、抗議の声をあげた。
「うる、さいっ」
カミル・シャハトは、生身の肉体と生体鎧が混ぜこぜになった、異形の身体を震わせながら激昂した。
「うるさい、うるさいぞ。無知蒙昧な愚民どもがあ。そうだ、あの時だって貴様らのようなクソどもが大人しくしていれば、彼女は死ななかった!」
カミルの翼から色鮮やかな毒鳥の羽根が舞い、パダルの街中に拡散する。
彼の毒羽に操られるようにして、毒花や毒茸に寄生された何百というパダル市民の遺体が立ち上がり、街の外にいる一行へ突撃した。
「俺が虐殺に参加する羽目になったのも、オズバルトが彼女を殺したのも、この街の住民が死んだのも、全部全部貴様達のせいだ。死んだヤツにどうわびるつもりだっ、ああ!?」
カミルはもはや正気すら保っていないのか、死人の群れを先導しながら喉も裂けよとばかりに絶叫する。
しかし、アリスとイザボーは守るべき仲間と民衆を背に、カミルの狂気に気圧されることなく立ちはだかった。
「お前たぬ。殺したのも、悪いのも、他の誰でもないお前自身たぬ」
「そうさ。責任を転嫁するんじゃないよ、カミル・シャハト。アタシの故郷も、この街の人々も、そして彼女とやらも。皆、お前が殺したんだ!」
「うるせえっ、死ね死ねっ。口をつぐめ耳をふさげ目をとじろ。俺達が真実だああ」
カミルは狂乱しながら、虎猫娘へ毒羽剣を突き込むが――。
「そうやって、現実から目を逸らし続けたぬ? 嘘に溺れ続けたぬ?」
――アリスはあっさりと見切って、回し蹴りを毒尸鬼隊長の胴へと叩き返す。
「ぐはっ。お、俺たちに都合の悪い真実は全部虚構だ。あっちゃいけないんだっ」
「不幸をばらまくだけの男が、女の子を幸せにしようなんて、ちゃんちゃらおかしいたぬ」
カミルは無闇矢鱈と羽根を散らし毒を四方八方に噴出するも、アリスは魔術文字を刻んだ手のひらから浄化の風を放って解毒した。
「この半年間、〝料理の食中毒対策に〟って、レアちゃんとソフィちゃんが教えてくれた新技たぬ!」
「ひゅー、さすがアリスちゃんだ。花嫁修行も万全ってわけかい!」
「尊敬します!」
アリスの発言によって、真実を知らないイザボー隊との間に、何やら情報の齟齬が生まれたのだが……。
それ以上の地雷となったのが、カミル・シャハトだった。
「花嫁修行だと。お前には、好きな男がいるのか?」
「むふん、クロードたぬ」
アリスは正々堂々と答えたが、カミルは目鼻の欠けた顔に残る口を下品に歪めた。
「ふははっ、そいつは最高だ。貴様達は俺たちからガルムを奪った。だったら同じように、クローディアス・レーベンヒェルムから大切なものを奪ってやる。行け亡者どもっ」
カミルは一騎討ちでは不利と見たか、毒に寄生された死者の軍勢をけしかけ、翼をはためかせながら高みの見物を決め込んだ。
「たぬうっ、卑怯たぬっ。おりてこーい!」
イザボー隊は食い止めようと奮戦するも、操られた死者の数は膨大で、戦場はまるごと毒尸鬼隊の罠だ。
アリスの浄化もオボログルマの結界も、すべての毒を防ぐことは叶わない。
「たぬっ?」
アリスが身につけた革のブルゾンやジーンズが毒に蝕まれてほつれ、イザボー隊の甲冑が崩れる。何より非武装の民間人は、なすすべもなくバタバタと倒れて始めた。
「それが人間のすることかいっ」
「破壊無くして創造なし。次の世界を生み出すための生贄だ。俺はここから、お前達が力尽きるまで眺めていよう。こんなにも心躍る光景はない!」
カミルが勝利を確信した、まさにその時――。
「毒物は滅菌だあ!」
巨大な銀犬ガルムの背に乗った、三白眼の細身青年クロードがパダル市の北へと到着した。
クロードは背負った袋から爆薬を投げつけて、うねる炎が毒に蝕まれた街を浄化する。
「アリス。イザボーさん、助けに来たぞ」
「やっぱり来たぬ!」
「あははっ、最高のタイミングだ。愛ってのもまんざらじゃないねえ」
あとがき
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