第474話 中継都市パダルの待ち伏せ
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復興暦一一一二年/共和国暦一〇〇六年 晩樹の月(一二月)一二日。
クロードらの活躍により、闇に閉ざされたマラヤディヴァ国に再び太陽が昇り、大同盟は邪竜ファヴニルへ逆襲を開始した。
一方、邪竜の巫女レベッカは、過去に周辺諸国を震撼させた、全長一〇〇〇mに及ぶ巨大怪物〝血の湖〟を投入――。
大同盟でも随一の強さを誇るヴァリン領軍を壊滅させ、南山岳地帯の町村を虐殺した。
「たぬっ、〝血の湖〟め。クロードと一緒にぶっ倒すから、首を洗って待ってろたぬ」
「救出対象は荷台に確保。ずらかるよ!」
援軍に駆けつけたアリス・ヤツフサと、イザボー・カルネウス率いる元ネオジェネシス部隊は善戦したものの討伐は叶わず――、取り残されていた民間人救出に専念した。
イザボー隊は三輪駆動人形車オボログルマの荷台に民間人を乗せて、怪獣じみたスライムを置き去りに北方へ離脱する。
アリス一行は救出した負傷者を治療すべく、ヴァリン領北部の商工業地帯と南部の山岳農村地帯を結ぶ、中継都市パダルへ向かったのだが……。
「たぬっ? イザボーさん、前から変な臭いがするたぬ!」
到着直前。黒髪からぴょこんと生えた金色の虎耳が愛らしい、日に焼けた肌の少女アリス・ヤツフサが声をあげた。
彼女はオボログルマの後部座席から身を乗り出し、ブルゾンやジーンズに似た革の防寒具から伸びた尻尾を忙しなく動かしながら、風上から漂ってくる異臭を嗅ぎ分ける。
「異臭? ひよっとして公爵が遭遇したっていう毒罠かい?」
イザボー・カルネウスは運転席でハンドルを握りつつも、蜻蛉に似たヘルメットの触角と丸い複眼を使って前方を分析した。
パダル市は異常な魔力反応に包まれていて、不可思議なことに人間の熱量を全く感知することができなかった。
「まさか連絡が繋がらなかったのは、パダル市が陥ちていたからかい? 総員警戒っ!」
「「イエスマムッ」」
イザボーの部下たる元ネオジェネシス兵、白髪白眼の男女達は、徐々に速度を落としながら慎重に街の入り口へ向かった。
三輪駆動人形車オボログルマが、荷台つきの車体を揺らしながらゆっくりと停止する。そこにはあり得ない光景が広がっていた。
「イザボー隊長っ。異常事態です!」
青い花、茶色い蔦、紫色の蜘蛛糸、橙色の蛇、赤黒い水溜まり、蛍光色に光るキノコといった色鮮やかな異物が、街中の建物や道路を埋め尽くしていたのだ。
イザボー隊が身にまとう昆虫に似た鎧。その爪先部分が発光してガーガーと警告する。
「鎧の反応と肌が泡立つ感覚は、毒かいっ。防護結界装置を起動するよ」
「イエスマムっ。民間人は絶対に守ります」
イザボー隊の搭乗するオボログルマは、空中に光り輝く魔術文字を描き、ドーム状の安全地帯を構築した。
「た、たぬ。行きは普通だった街が、めちゃくちゃになってるたぬ」
アリスの記憶では、鉄道駅がある以外平凡だったはずの街は、死の都となっていた。
車を少しでも離れれば、待ち受けるのは最悪の毒沼だ。
「ああ、なんてことを」
「ぜ、全滅じゃないか」
荷台に乗ったヴァリン領の人々もまた、街の惨状に顔を背けた。
パダル市民は、ある者は花の苗床となり、ある者は蔦に溶かされ、ある者は糸に吊り下げられて、誰も彼もが毒を飾るオブジェクトと化している。
「覚えている。アタシは覚えているぞ」
街の惨状を目撃したイザボーは、蜻蛉を模した兜の内側から、獣じみた唸りをあげた。
「この腐りきったやり口。武器も持たない民草を殺し、アタシの故郷を滅ぼした卑劣漢、〝毒尸鬼隊〟じゃないかあ!」
彼女の叫びに応えるように、けばけばしい色あいの翼を背負う、目鼻の欠けた人型顔なし竜が飛来した。
「クローディアスの部下か。悪しき貴族に仕える愚かさを恨むといい。このカミル・シャハトがお前達を断罪する!」
カミルが羽根をばら撒くや、毒花や毒キノコに寄生された街の人々の遺体が、まるで生ける屍の如く立ち上がった。
「たぬうっ、なんてことするたぬっ」
アリスは魔術文字を綴り、手刀に風をまとわせて突き出した。
風は螺旋を描きながらカミルをかすめ、植物に操られた亡骸の一部を破壊するも、死者の軍勢は止まらない。
「ちいいっ。雪人形といい、死者を弄ぶ悪党があ」
続いて、イザボー隊が火薬式のレ式魔銃や備え付けの大砲を撃ち放つも、やはり結果は同じだ。
街一つ分の死体が操られている以上、一〇体や二〇体を破壊したところで、焼け石に水も同然。
そんなアリスやイザボー隊の抵抗を、カミルは空を舞いながら嘲笑った。
「ハッ。何を嘆く、何を怒る? 死者の魂を蘇らせ、物言わぬ遺体を再生させる。ファヴニルが七つの鍵のひとつに至れば、生死の境がなくなった新世界が作り出せるのだぞ?」
「な、なにをっ?」
アリスはともかく、イザボーと彼女の部下は、カミルの呼びかけに一瞬動きを止めた。
元ネオジェネシスである彼女達にはもう一度会いたい存在が、ファヴニルに殺害された盟主ブロル・ハリアンがいたからだ。
「クローディアスの愚挙によって、進化を誘う〝導きの塔〟は二基失われたが、まだ八基残っている。もしも正義の心があるなら頭を垂れよ。ファヴニルと共に、生死の境がない新たな世界を創るのだ。そうすれば」
カミル・シャハトは、嬉々として叫んだ。
「死んだ彼女も今度こそ俺を認めてくれる。アイツではなく俺を選んでくれるんだ!」
しんと、周囲が静まった。
激怒したアリスも、仇討ちに燃えるイザボーも、上司を支えようとする彼女の部下も、保護された民間人も揃って真顔になった。
「お前、そりゃ振られるたぬ」
「同感だねえ。誰だか知らないけど、きっと見る目があったよ。こいつはダメだ」
アリスとイザボーが、一堂を代表するように明朗に告げた。





