第473話 クロードと血の湖(ブラッディ・スライム)対策
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アリスとイザボー隊が、ヴァリン公爵領南部で〝血の湖〟から民間人を救出した頃――。
クロードもまた公爵から、この恐るべき怪物の名を聞きだしていた。
「辺境伯、心して聞いてくれ。信じられないかもしれぬが、あの〝血の湖〟が復活したのじゃ」
〝血の湖〟こそは、過去にレーベンヒェルム領南部の山岳地帯を壊滅寸前まで追い詰めた、天災にも匹敵するモンスターだった。
(マズい。アリスとイザボーさん達だけじゃアレを討つのは無理だ。僕とレアが参加しても果たして倒せるか)
クロードの顔がサッと青ざめた。
ファヴニルがアルフォンス・ラインマイヤーを復活させたのか、それとも別個体を用意したのかは不明だが、いずれにせよ驚異的な生命力を誇る怪物に違いない。
(何がマズいって、〝血の湖〟は、人間と契約神器が混じった〝融合体〟で、極めて不安定なんだ)
中途半端に傷つけても放置しても、体内の魔力が暴走し、領を巻き込むほど広大な規模で自爆する。――そんな厄介な性質があった。
ヴァリン公爵が〝あの怪物〟と言い渋ったのも無理はなく、一度は葬ったレーベンヒェルム領を頼りにするのも当然だろう。
(〝血の湖〟を倒すには、揺らいだ存在を安定させて、その上で膨大な生命力を削りとる必要がある。〝毒尸鬼隊〟を相手にしつつ不死身の怪物を殺すなんて、まるで人手が足りないぞ)
クロードの動揺を感じ取ったのか、青髪の侍女レアが彼の頬に触れた。
隣のソファから伸びた温かな手が、青ざめた彼の頬に赤い血の色を取り戻す。
「御主人さま、僭越ながら、私にお任せください」
青髪の侍女は、ここがパートナーの見せ場とばかりに身を乗り出した。
「公爵様は、〝血の湖〟と交戦する前に、パダル市にキャンプを築かれたと仰いました。あの街であれば……」
レアが一瞬、クロードに視線を向ける。
「御主人さまが敷かれた、レーベンヒェルム領まで続く鉄道が通っているのではありませんか?」
侍女の真剣な面差しに引きずられるように、公爵も対面のソファから身を起こす。
「確かに駅はある。しかし、魔力を喰らう雪の影響下では、肝心の機関車が動かぬのじゃ」
「御主人さまは、植物ガスを使ったオボログルマでヴァリン領まで来ました。魔法以外の燃料を使えば、汽車だって走ります。トーシュ教授のお力さえ借りられたなら、私がすぐに改良して見せましょう」
「無謀なことを言う。いや、侍女殿は契……辺境伯のパートナーで、鋳造魔術の使い手じゃったか」
ヴァリン公爵とレアが問答する中。
クロードもまた、脳内をミキサーのように高速で回転させていた。
(そうだ。人数が足りなければ集めよう。技術が足りないなら専門家を招こう)
クロードは、ファヴニルに領主の影武者を押しつけられた頃、ただ一人で空回っては、何度も失敗した過去を思い出した。
どうしようもなく詰んでいたレーベンヒェルム領に、最初に手を差し伸べてくれたのがヴァリン領だったではないか。
(僕はもう一人じゃない。僕達は、力を合わせて戦うんだ)
クロードはマラヤディヴァ国と共に、邪竜に挑むのだ。
だからこそ、ヴァリン領をむざむざと滅ぼさせるわけにはいかなかった。
「ヴァリン公爵。レアに任せてください。敵の正体が〝血の湖〟なら、レーベンヒェルム領には一度倒した時のノウハウがあります。機関車さえ動かせば、必ずヴァリン領を守ってみせる!」
クロードが断言すると、ヴァリン公爵は穏やかな顔で頷いた。
老公爵はどうやら治癒薬で無理やり傷を塞いでいたようで、着込んだスーツの白シャツが赤く染まっていた。
「わかった。辺境伯、お主達に託す。どうか我々を、我々の故郷を救って欲しい」
「お任せ下さい。公爵は、どうか傷を癒やしてください」
クロードは医師の元へ公爵を送り届け、レアと別行動を取ることに決めた。
「レア、トーシュ教授と機関車を頼むよ」
「御主人さま。アリスちゃんをお願いします。必ずソフィを助け出しましょう。私もあの子達が大好きだから」
レアは別れ際、クロードの頬にそっとキスした。
青髪の侍女にとって、赤い髪の女執事も狸猫娘も恋敵だ。
それでもかけがえのない友人で、大切な存在となっていた。
「ああ、必ず!」
「はいっ」
クロードもまたレアの頬に口づけ、啄むようなキスを交わす。そうして大学の正門へ向かうと……。
「ウウ、バウウ」
ガルムは、すでに〝毒尸鬼隊〟攻略の準備を終えたのか、サンタクロースが背負うような袋の上に乗って爪を立てつつ、銀色の尻尾を振っていた。
「ガルムちゃん。南で〝血の湖〟が復活したらしい。レアが援軍を呼んでくれるけど、まず〝毒尸鬼隊〟を討つ必要があるんだ」
カミルら人型ニーズヘッグが暴れていては、〝禍津の塔〟を攻略することも、〝血の湖〟を退治することも困難だろう。
「だから、アリスやイザボーさん達と合流して一緒にぶっ飛ばそう」
「バウワウ!」
ガルムは尻尾を大きく振って巨大化し、クロードと大きなトン袋を背中に乗せた。
「ひとまず目標はパダル市だ。行こう!」
「アオーン!」
一人と一匹は、音の速度に匹敵する速度で、銀色の流星が如く疾走した。
クロード、アリス、ガルム、イザボー隊、毒尸鬼隊、血の湖。
過去より紡がれた因縁は集い、ヴァリン領パダル市にて一大決戦が始まる。
あとがき
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