第472話 アリス達に迫る危機
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「スーパーたぬうキック!」
アリス・ヤツフサの風をまとった飛び蹴りは、〝血の湖〟の全長一〇〇〇mを超える肉体へ魔術文字を刻み、轟音をあげる竜巻で不定形の肉塊を引き裂いた。
「れ……レ……Revolution……!?」
アリスは、黒い髪から伸びた金色の虎耳とふさふさした尻尾をぴんと立て、赤いゼリーの頭部を削る。削る、削る、削り続ける。
イザボー隊も、スライムの薄くなりつつある胴体部へ銃弾を放ち、爆弾を投げ、酸のブレスを吐いて支援する。
「Revolution!」
それでも死なない。殺せない。
赤いスライムは、肉体に取り込んだ人々の生命を消費しながら、じりじりと再生を遂げた。
「ぱ、パワーが足りないたぬっ?」
「なんて生命力だい、このデカブツめ」
アリス渾身の飛び蹴りと、イザボー隊の集中砲火をもってなお、〝血の湖〟を討ち果たすことは叶わなかった。
「たぬう。これでダメなら、やり直したぬ。爆発されたら、たまったもんじゃないたぬ」
「下手に殺しきれなかったら、領をまるごと巻き込んで自爆するんだったね。しゃあない、生きてりゃ勝ちさ。一度退くよっ」
「レレレ、Revolution!」
アリスは村の建物を足場に三角蹴りを繰り返し、イザボー隊も〝理性の鎧〟の力を全開にして大地を蹴る。
かくして一行は、触腕を伸ばして暴れる〝血の湖〟を尻目に、辛くも窮地から逃れ出た。
「よくやった、アリスちゃん。お陰で民間人を救出できた。辺境伯様と準備してもう一度やるよ」
「真っ赤なスライムめ。クロードと一緒にぶっ飛ばしてやるから、首を洗って待ってるたぬ!」
イザボーとアリスは、クロードが近くまで来ていることをまだ知らなかったが……。
「クローディアス・レーベンヒェルム。公爵の盟友、ヴォルノー島の覇者が来るのか?」
「だったら、まだ死ねない。家族の仇をとるんだ。くじけてなんていられないっ」
「う、うおおおおっ!」
二人からクロードの名前を聞いたことで、怪物に心折られていた人々はもまた、胸に勇気を灯して再び立ちあがった。
「さあ、脱出たぬ!」
「乗り心地は悪いが、勘弁してくれよ」
アリスとイザボー隊は、大型荷台をつけて改造したオボログルマに分乗し、ヴァリン領の民衆を確保して山裾の村から飛び出した。
「れ、レレレ、Revolution!」
眼前の獲物を逃したことに腹を立てたのか、それとも失った生命力を補填しようというのか。
赤い巨大スライムは、山村の建物や畑、山の樹々や、鳥、魚、岩。有機物と無機物の区別なく、ありとあらゆるものを取り込みながら、ゆっくりと一行を追いかけ始めた。
「あ、あれが〝血の湖〟かい。アリスちゃん、辺境伯様はあんな怪物をどうやって倒したんだい?」
「たぬ。自爆させないよう色々やって、いーっぱい冒険者を集めて待ち伏せしたぬ」
イザボーは、三輪駆動人形車オボログルマを走らせつつ、アリスから事情を聞いて、クロードの対策に快哉をあげた。
「なるほど、奴さんの血肉は〝高値で売れる触媒になる〟から、最終決戦ならぬ採集決戦をやったのかい。勝ったのも納得さね」
イザボーは、母親がカルネウス伯爵家の縁者に暴行を受けて生まれ、哀れと同情した貧村の庄屋に引き取られて育った。
それ故、血筋とは裏腹に、苦しい庶民の生活に慣れ親しんでいたのだ。
「食いつめた村人だって、賊徒の討伐や隣国との小競り合いの後には、兵士の死体から武器防具をかっぱぐんだ。ましてや命知らずの冒険者なら、一攫千金の仕事に飛びつくはずさ」
クロードは、ファヴニル討伐の準備を進める為に、地下遺跡を探索し、貴重な素材や魔術道具をもたらす冒険者を積極的に集めていた。
明日も知れない生活の冒険者にとっても、レーベンヒェルム領の重篤な支援体制は、砂漠に湧いたオアシスが如く魅力的であり、両者は持ちつ持たれつの関係を構築していた。
「でも、ヴァリン領だと冒険者が見当たらないたぬ」
「名君と誉れ高い当代が治めて長いからね。命懸けの職業は流行らないんだろうさ」
けれど、レーベンヒェルム領と同じやり方がヴァリン領でも通用するとは限らない。
「むふん。困っちゃうたぬ」
「せめてレーベンヒェルム領に一報入れたいところだけれど、システム・ニーズヘッグのせいか、通信が繋がらないのさ。拠点のパダル市へ狼煙をあげても、使い魔を送っても無反応だし、どこかで邪魔されているんだろうね」
イザボー・カルネウスは、かつてネオジェネシス軍を率いた際に、種族特性である精神感応に支えられた、千変万化の連携攻撃を得意としていた。
そんな彼女だからこそ、クロード達の強さが通信網と交通網に根ざしていることを理解していたし、ファヴニルがあの手この手で妨害していることも直感していた。
「イザボーさん。たぬとクロードはらぶらぶな絆で結ばれているから、きっと助けに来るたぬ。〝以心伝心、魚心あれば水心〟って素敵な言葉を、アネッテさんとエステルちゃんが教えてくれたぬ」
「お、おう。ごちそうさま」
一方、金色の狸猫姿に変わったアリスは、イザボー達を励まそうと積極的に明るく振る舞い、あるいは惚気ていた。
「負傷者もいるし、ともかく民間人を届けようじゃないか。一旦、北のバタルへ急ぐよ」
イザボーは半ば呆れつつも進軍速度をあげて、ヴァリン領の北部と南部を繋ぐ中継都市バタルへと進路をとった。
しかし、彼女達は知らない。
ヴァリン公爵は、通信が届かなかった理由を〝血の湖〟にあると推測していたが、真実は違う。
中継都市パダルはすでに〝毒尸鬼隊〟によって陥落し、色とりどりの毒花や毒糸に覆われていたのだ。
「クローディアス・レーベンヒェルムめ、奴に関わる者は全員ぶっ殺してやる」
憎悪に狂ったカミルと毒尸鬼隊の魔手が、アリスとイザボー隊を捉えようとしていた。
あとがき
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