第469話 ガルムと毒尸鬼隊の因縁
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クロードとレアが創りだした雷炎の柱と、カミルら毒尸鬼隊が背の翼から生み出す魔力を喰らう雪は拮抗し、領境の山中を真っ二つに塗り分けた。
「アオーン!」
銀色の大犬ガルムは、危ういバランスで揺れる天秤を定めるべく、毒尸鬼隊に向かって流星のように突っ込んだ。
「いけない、ガルムちゃんっ」
「いま、そちらへ行きますっ」
クロードとレアは彼女を救おうと駆け出すも、どうやら杞憂のようだった。
「ワオオオーン!」
ガルムは針穴を通すような精密動作で、雷炎と氷雪の相殺が生み出した隙間をかいくぐり、カミルと、〝蜘蛛〟&〝華〟と呼ばれる二人の隊員を蹴飛ばしたのだ。
三体の人型ニーズヘッグは魔力が暴走し、氷霜をまき散らしながら爆発した。
「ガルム。貴方っ、システム・ニーズヘッグを避けられるの?」
「があああっ。思った以上に痛いぞコレは」
「そうか、オズバルトめ。ニーダルとの戦いにガルムを連れ出したのか!」
クロードは、ガルムがカミル達を吹き飛ばす勇姿を見て、なるほどと得心した。
思い返せば、病院でイーヴォ隊と戦った時も、彼女は呪いの雪を見切っていた。
おそらくは、同種の力を持つ、ニーダル・ゲレーゲンハイトとの交戦で慣れているのだろう。
(オズバルトさんやガルムちゃんと戦って、毎回ちゃっかり逃げてる高城部長も、たいしたものだけどね……)
負けたら即死、勝っても共和国屈指の善人を殺しかねない、最悪の罰ゲームだ。
撤退以外に選択肢はなく、ちゃんとやり遂げているのだから頭が下がる。
(幸か不幸か、僕の相手は部長と違って、情け無用の悪党だ)
カミル達は、システム・ニーズヘッグを中途で止められたからか、生身の肉体と金属鎧がぐちゃぐちゃに融合した、見るも無惨な異形に成り果てていた。
「正義は、正義はああっ」
「殺す。絶対に殺すわ、クローディアス・レーベンヒェルム」
「オレ達が本気でこの地に毒をまけば、どれだけの被害が出るか、想像できないかよ?」
カミルは感情のままに色とりどりの毒羽を撒き、〝華〟の名を持つ女は憤怒もあらわに青い毒花と茶色の毒蔦を手繰り、〝蜘蛛〟と呼ばれる男も息を荒げて紫の毒糸を放つ。
毒尸鬼隊は、再び山岳一帯を毒で染め変えようというのだろう。
「脅しのつもりかっ、三流悪党め。ここで潰す!」
しかし、クロードは既に攻撃を見切っている。雷を帯びる打刀と火を噴く脇差しで、毒物が広がる前に焼き滅ぼす。
「ワオーン!」
ガルムは毒の障害物が消えたことで自由になり、山の木々を蹴りつけながら、変幻自在の三次元機動で連続攻撃を繰り出した。
「「うわああああ」」
ガルムは蹴りでカミルを吹っ飛ばし、爪で〝蜘蛛〟を引き裂き、頭突きで〝華〟を叩きのめす。
「そうか、ガルム、悪徳貴族に洗脳されているのだな」
「バウっ!?」
カミルは負傷し、部下を倒されてなお、都合のいい妄想を吐いていた。
「ならば、力尽くで正気に戻すっ」
そして彼は、彼にしか理解できない理屈で、ガルムへ毒鳥を放つ。
「この外道め。大切なお友達を、やらせはしません!」
青髪の侍女レアが、緋色の瞳を怒りに燃やし、無数のはたきを投じて鳥の群れを撃墜する。
彼女もクロードと同様に鋳造魔術の使い手だ。魔力さえあれば弾数に限界はないのだ。
「このサイコ野郎、ガルムちゃんに毒を向けたな!」
クロードはレアの切り開いた道を走り、舞い散る毒羽を炎で焼きながら、カミルの目鼻が欠けた顔を力一杯に殴りつけた。
(毒尸鬼隊が、なぜイーヴォさん達と一緒に病院に投入されなかったのか良くわかったよ。共同作戦どころか、殺し合いになりかねない)
クロードの推測は正しく、レベッカは同じ理由で起用を断念していた。
カミルも顔面へのストレート直撃はこたえたのか、地面に片膝をついて手を伸ばした。
「ガルムっ、俺がわからないのか。カミル・シャハトだ。戻ってこい、アイツもそれを望んでいる」
「ウーウー、ワン!」
毒を送られたガルムは、カミルの血に汚れた手を拒絶し、後ろ足で砂をかけた。
「いい加減認めろ。お前は振られたんだ。このストーカー!」
「俺はアイツに振られたんじゃない、自分で身を引いたんだ!」
クロードはトドメとばかりに二刀を振り下ろし、カミルの肉体と鎧がごちゃ混ぜになった身体を深々と切り裂いた。
彼が斬撃と共に紡いだ言の刃は、敵の肉体以上に精神へ突き刺さったのかも知れない。
「クローディアス・レーベンヒェルム。ガルムは、〝俺と親友が愛した女〟の契約神器だ。何があっても取り戻す」
「ガルムちゃんを、たわけた外道に巻き込むな。お前達は生かしておけない」
クロードはレア、ガルムと共に間合いを詰めるも――。
「「毒正機構 |はじまりにしておわりの蛇雪 ――変転――!」」
横合いから、猛烈な風と雪に襲われた。
「伏せて!」
クロードはとっさにレアとガルムを押し倒し、覆い被さって盾になった。
「バウっ!?」
「御主人さま?」
クロードが身につけた、ソフィの仕立てた革ツナギの表面が凍りつき、裂傷を中心にバリバリと音を立てる。
並外れた魔法防御力を持つ衣服がなければ、無事ではすまなかっただろう。
「大丈夫だ、ソフィが守ってくれた」
顔を起こせば、山の四方からキノコやヘビの意匠が混じった怪人が二〇体ほど、吹雪の翼をはためかせながら近づいていた。
おそらくは山道一帯に伏兵として配置された、他の部隊員だろう。
いままで全く気配が無かったのは、システム・ニーズヘッグの応用で、呼吸や体温を殺していたからか?
「クローディアス・レーベンヒェルム。その顔、二度と忘れんぞ」
「カミル・シャハト。次に逢うときが、貴様達の最後だ」
カミルは〝蜘蛛〟と〝華〟、傷ついた部下二人を抱えて逃走した。
クロードも追撃する余力はなく、レアとガルムを抱きしめたまま、毒と炎で禿げた山道で息をついた。
幸いなことに山を蝕む毒と炎は相殺されて、消毒と鎮火の必要は無さそうだ。
「あのさ、ガルムちゃん。前の盟約者って、オズバルトさんとストーカー野郎の三人で、三角関係だったりした?」
「わふー」
クロードの問いに、ガルムは悲しげに頷いた。
ひょっとしたら、過去のカミルはもう少しまっとうな人格だったかも知れない。
「色々と思うところはありますが、オズバルトさんが、ガルムちゃんを守り続けていた理由がわかりました」
カミルに狙われているのでは、彼女を部下に託すことも叶わなかっただろう。
「まあ、アリスなら大丈夫さ。それはそれとして、あのストーカーは許さない。必ずこの手で決着をつけてやる」
クロードは立ち上がり、レアとガルムの手を取った。
乗ってきた車両は失われたが……、
目的地である、ヴァリン領の領都ヴォンはもうすぐそこだった。
あとがき
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