第468話 カミル・シャハトという男
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「僕は確かに悪徳貴族だけど、お前達はファヴニルに手を貸して、いったいどの口で正義を謳うんだ?」
クロードは、領境の山中で襲って来た〝毒尸鬼隊〟を攻略すべく、カミル達に挑発を試みた。
「この世の全てが間違っているのだ。だから、ファヴニルと共に破壊する。これこそ、いっぺんの曇りもない正義だ!」
しかし、いざ回答が返ってくると二の句がつげなかった。
〝緋色革命軍〟の独裁者ダヴィッドも、〝新秩序革命委員会〟の首魁ハインツも、邪竜ファヴニルだって、最低限の建前を用意していた。
比較して、カミルの発言はあまりに単純で、視野狭窄も甚だしい。
「お、お前、一応隊長だろう? もっと視野を広げろぉ!」
クロードは思わず、毒尸鬼隊を率いる男のしゃれこうべめいた顔を殴りつけたが……、
「ハハハ。所詮は、志を持たない悪徳貴族。この世の道理もわからないのか?」
カミルは鼻で笑って毒槍で切り返し、ソフィ謹製の防御服をえぐられた。
「くそっ。わからないのか、じゃなくて、わかってもらう努力をしようよ。なんで、僕がアドバイスする羽目になるんだよ!」
「こうるさい悪党だな。俺達は腐敗した旧世界を焼き尽くし、魂の解放された新世界を掴み取るのだ。ガルムもそれを望んでいる」
「バウバウ、ワオーン!」
樹上から、ガルムの嫌がる声が聞こえた。
彼女と毒尸鬼隊の過去に、いかなる因縁があるかは想像もつかない。
けれど、かくも歪んだ正義に憑かれた輩なら、同行を拒否して当然だ。
「クローディアス・レーベンヒェルム。俺は愛する幼馴染を殺し、親友を地獄へと引きずり込んだ世界秩序を転覆する」
「それがお前の、目的なのか?」
カミルが付け加えた言葉に、クロードはようやく彼の内面に触れた気がした。
「そうだ。クローディアスよ、お前がファヴニルへの恨みつらみで闘っていることは承知している。しかし、その程度の男が、大正義たる俺達に勝てると思うなよ!」
「……って、お前だよ、カミル。他の誰でもない、お前が怨恨で戦っているんだよっ」
残念ながら、気のせいだったらしい。
毒尸鬼隊の長は、あいも変わらず酔っ払ったような態度で、意思疎通が図れない。
「あぎゃぎゃぎゃ。辺境伯よぉ、がんって病を知ってるかい? 宿主を殺すまで増殖を続ける異常な細胞だよ。オレ達は、そんな毒物になりたいんだ」
「私達は死んだわ。まるで使い捨ての道具のように、意味もなく消費された。だから祟るのよ。生きている貴方達が許せないの」
蜘蛛男と毒花女はいくらかの正気を残しているようだが、交渉の余地はなさそうだ。
クロードは、滝のように降りそそぐ紫の毒糸や、鎌首をもたげる茶色い毒蔦を、踊るような足さばきでひらりひらりと避けるも、徐々に逃げ場を失ってゆく。
「我らが正義の一撃を受けよ。古き世界を犠牲に、次の世界を救うのだ!」
カミルはクロードを追い詰めたと見たか、毒槍を翼がひらくように巨大化させる。
蜘蛛男と毒花女は毒糸と毒花、毒蔦を槍に絡みつかせて、あたかも竜のアギトが如き魔槍へと再構成させた。
「「「術式――〝毒喰〟――起動!」」」
槍が変じた巨大な竜は、毒を撒き散らしながら大口を開け、クロードに食らいつかんとする。
「今だ。鋳造――〝雷切〟!」
けれど、わざわざ挑発したのは、このような大技を待っていたからに他ならない。
クロードは、左手に雷を帯びた打刀を創りだし、右手に握った炎の脇差しと共に振るい――、作り物の毒竜を十文字に切り裂いた。
「なあ毒尸鬼隊。そんなにも世界を否定するのは、四奸六賊の手先になって、悪行三昧に耽ったことを認めたくないからか!」
加えて、これまでの会話から探り当てた彼らの地雷を、容赦なく踏み抜いた。
「「「殺す!」」」
三人の反応は、真実を何よりも雄弁に告げていた。
カミル達は憤怒に駆り立てられたか、先程までのチームプレイが嘘のように、バラバラに攻撃を仕掛けてくる。
(よし。大技で隙ができて、感情で連携も乱れた)
クロードは、ついに勝算を掴んだのだ。
「御主人さま。準備が整いました」
「最高のタイミングだ、レア」
クロードが地上で時間を稼いでいる間に、パートナーたる青髪の侍女は大樹の上から各所にはたきを投じて、空と大地を結ぶ魔法陣を作り上げていた。
「釣った毒魚は、骨も残さず焼き尽くす!」
「おおおお、貴様ぁあああっ!」
クロードが二刀から放つ青雷と赤炎が、レアの魔法陣に強化されて、天地を焼き焦がす巨大な柱となり、毒尸鬼隊を飲み込んだ。
「ありがとう、レア。これで仕舞いだっ」
クロードは勝利を確信するも、カミルは雷と炎に灼かれながらも吼えた。
「いいや、まだだっ。俺達は新世界を掴むのだ。古き世界の呪縛は、正義の翼で断つ!」
カミルと、彼の部下たる〝華〟と呼ばれる女、〝蜘蛛〟と呼ばれる男の、目鼻の欠けた顔が歪み、彼や彼女の背中を突き破るようにして吹雪の翼が顕現する。
「毒正機構 |はじまりにしておわりの蛇雪 ――変転――!」
毒尸鬼隊は、魔力を喰らう雪を全力で拡散し、雷と炎を相殺しながら押し返す。
「アオーン!」
そこに銀色の大犬が、闇夜を裂く流星のように突っ込んだ。
「いけない、ガルムちゃんっ」
あとがき
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