第467話 毒尸鬼(コープス)隊の襲撃
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クロードは、銀色の大犬ガルムの背中で立ち上がり、三白眼にサングラスをかけて、黒髪を逆立ててモヒカン風に仮装した。
右手に火を噴く脇差し〝火車切〟を作り出し、刀身に炎をまとわせる。
「殺された人達の仇討ちだ、何もかもまとめて焼き尽くしてやる。毒物は、滅菌だあっ!」
クロードが大地を斬りつけるや、レアが投じるはたきが魔法陣を描いて強化する。
炎はうねる波となって奔り、山道を蝕む青い毒花と茶色い毒蔦を高熱で浄化した。
「あぎゃぎゃ、隊長オ。まあた恨みを買っていたみたいですよ。オレたちゃどこに行っても嫌われものでイヤになっちまう」
炎の勢いにあぶり出されたのだろう。
巨大蜘蛛を模した全身鎧を着た怪人が、木から逆さづりになって、ガルムの眼前へと降りてきた。
「銀色の犬だって? あぎゃ、あぎゃぎゃ」
しかしながら、彼は目鼻の欠けたしゃれこうべのような顔を歪めてゲラゲラと笑いだし、山道を走る一行を素通りさせてしまう。
「今のは、新しい顔なし竜か。いったい何を考えている?」
「あの人、妙にガルムちゃんに注目していませんでしたか?」
「……」
クロード達は、不可解な毒尸鬼隊の対応に首を傾げたものの、敵は蜘蛛男だけではなかった。
「〝蜘蛛〟。手を抜かないで。敵討ちに燃える相手を踏みにじってこその私達でしょう。さあ花で殺そうか? 蔦で腐らせようか?」
青い毒花と茶色の毒蔦を、華をあしらう全身鎧に巻き付けた、女性らしき人影が新たに立ちはだかったのだ。
「うそ、嘘でしょう? あ、あああっ」
しかしながら毒花女は悲鳴をあげて、蜘蛛男と同様にクロード一行を見送った。
「え、ええ?」
「ガルムちゃん、もしかして知り合いですか?」
「……」
クロードが仰天し、レアが事情を尋ねるも、ガルムは沈黙を守っている。
更には仲間の失態をフォローするつもりか、毒々しい翼を鎧の背から生やした怪人物が上空から急降下してきた。
「〝華〟までどうした? クローディアス・レーベンヒェルムはイーヴォ・ブルックリンを討ち、あのオズバルト・ダールマンを退けたと噂される悪徳貴族だぞ。ここで仕留めねば……バカなっ?」
敵の隊長格もまた、ガルムを見て衝撃を受けているようだ。
「クローディアス・レーベンヒェルム。俺は〝鳥〟。いや、カミル・シャハト。ファヴニルの義挙に助力する毒尸鬼隊の長だ」
カミルは目鼻の無い、しゃれこうべのような顔にもかかわらず、クロードをにらみつけて名乗りをあげた。
「どんな卑劣な手段でオズバルトの元から連れ出したかは知らないが、その銀色の犬を俺たちに渡せ」
「ウウウー、アオーン!」
クロードが拒否するより前に、ガルムが尻尾を立てて嫌悪も露わに吠えたけった。
人間の言葉でなくてもわかる、叫びに込められた感情は、――明確な拒否だ。
「ガルムちゃんは上に跳んでくれ、レアは魔法陣の用意をお願い。こうなったら、徹底的にやる!」
「わかりました。ガルムちゃん、一緒に戦いましょう」
「バウッ」
クロードが背から降りると同時に、ガルムはレアを乗せたまま、見晴らしの良い樹上へと跳躍した。
「やすやすと逃がすと思っているのか?」
カミルは翼を広げて追い縋ろうとするも、クロードは真っ向から斬りかかった。
「誰が逃げると言った? お前たちのような毒をばら撒く悪党に、大切なガルムちゃんを渡すわけないだろうっ」
「悪徳貴族が、口先だけは立派だなっ」
カミルは手のひらから無数の毒鳥を生み出し、嘲弄と共に飛ばす。
見かけはケバケバしい鳥の群れだが、道中で触れた大木を真っ二つにするという恐るべき破壊力を発揮している。
「直線的な攻撃なんて、効くものか!」
クロードは脇差から炎の渦を放ち、鳥の群れを撃墜まとめて撃墜した。
「おのれ悪徳貴族め。先程といい、山に火をかけるとは、何という暴虐か?」
「毒をばらまくテロリストが言う台詞か!」
クロードは脇差しから更なる炎を呼び出して、毒尸鬼隊へ斬りかかる。
「〝蜘蛛〟、〝華〟、我らの正義を見せてやろう」
しかし、隊長のカミルが毒の羽根を際限なく射出し――、
蜘蛛に似せた全身鎧の男は紫の毒糸を張り巡らせ――、
毒花女が花粉や蔦をばらまいて羽根と糸を結ぶ――、
三人はそれぞれ得意とする毒物で、防火シャッターを作り上げ、攻撃を防いでしまう。
「恐ろしい連携だ。それに三人がかりといっても、異常な出力じゃないか」
クロードは、侍女レアこと第三位級契約神器レギンの盟約者である。並の神器相手なら、力押しで突破できる火力があった。
(エカルド・ベックの異形の花庭と同じように、契約神器と理性の鎧を融合させて強化しているのか。おそらく、あの詐欺師も復活しているな)
クロードは強敵の再来を予感するも、まずは眼前の敵を乗り越えねばならない。
毒尸鬼隊の三人は、目鼻のないドクロ顔に殺意をたぎらせて、各々の武器を手に襲いかかってくる。
カミルが毒羽を固めた槍で前衛をつとめ、毒花女が中衛から支援を担当し、最後尾に蜘蛛男が続く。
「クローディアス。ガルムを返せ。彼女はお前のような悪徳貴族には相応しくない。俺達と共に正義の道を行くべきだ」
クロードは脇差しで毒槍を受け流し――
刀身にまとわせた炎で青い花粉や茶色の蔦を焼き払い――
足先で魔術文字を刻んで岩を隆起させ、毒汁したたる紫の糸を防ぐ――。
激しい交戦の結果、サングラスがずり落ちて、逆立てた黒髪も元に戻ってしまう。
「僕は確かに悪徳貴族だけど、お前達はファヴニルに手を貸して、いったいどの口で正義を謳うんだ?」
クロードは突破口を探ろうと、カミル達に挑発を試みた。
「この世の全てが間違っているのだ。だから、ファヴニルと共に破壊する。これこそ、いっぺんの曇りもない正義だ!」
「は?」
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