第466話 仕掛けられていた罠
466
クロードは、侍女レアと銀犬ガルムと共に、三輪駆動人形車オボログルマに乗り、ヴァリン公爵領の領都ヴォンを目指して、吹雪で白く染まった山を駆け抜けていた。
「この山道を抜ければ、ヴァリン領だ。レア、ガルムちゃん、罠が来るぞ!」
クロードは、領境に伏兵がいると確信していた。
攻め手の優位とは、どの盤面で仕掛けるか、戦場を選択できることに他ならない。
(例えば一〇〇の軍勢がいる場合、一〇の戦場に一〇の戦力をつぎ込むか? 違う、戦の趨勢を決める重要拠点や、大将首にこそ飛車や角将といった大駒をあてる)
三白眼の細身青年は、自分と邪竜が同じ硬貨の表裏だと知っていた。
『だから、クローディアスはひっかかるのさ』
『そうですわ。最上の罠とは意識の外にある』
けれど、クロードは見落としている。
同じコインであればこそ、表と裏に描かれる模様は違うのだ。
日本国の貨幣が五円玉を除き、表面に木や花が刻まれ、裏面に数字で額面が彫られているように――。
クロードとファヴニルの選択は、似て非なるものだった。
「あ」
屋根のないオープンカーだったのが災いした。
ハンドルを切った三輪駆動車に向けて、青い霧のような何かが噴出されて……。
クロードの目が裏返り、意識が一瞬にして刈り取られた。
「御主人さま!」
あわやという瞬間、青年は鼻と唇に熱を感じて覚醒する。
「レア……」
「御主人さま。今のは契約神器の攻撃、毒物ですっ」
青髪の侍女レアが、後部座席から身を乗り出して盟約者に口づけし、彼の体内に入った青い花粉を抜き取ったのだ。
「ワオーン!」
ほぼ同時に、銀犬ガルムが全長三mほどに巨大化し、クロードとレアを抱きかかえて山木の枝へと飛び上がる。
数秒後、眼下のオボログルマに茶色の蔦が巻き付いて、フレームからタイヤまであらゆる部品が腐り落ちた。
「ドクター・ビーストの遺産は魔法に弱いとはいえ、ここまでやるか!?」
クロードこと小鳥遊蔵人は地球の日本で生まれ育ち、異世界に召喚された転移者である。
その為、世界の常識を超えた発想が可能な反面、ある種の弱みも抱えていた。
・病院を襲ってはならない。
・非武装の民間人を攻撃対象にしてはならない
・軍人が一般市民に偽装する便衣兵を用いてはならない
・毒ガスのような兵器を使用してはならない
といった風に、現代地球の国際条約に抵触する行為を本能的に避けるのだ。
しかし、邪竜ファヴニルとその巫女レベッカに、人道的な躊躇なんてあるはずもない。
「イーヴォさんみたいに、死者が蘇っているんだ。だったら、この攻撃は〝異形の花庭〟を使うエカルド・ベックか?」
クロードは襲撃者を推理するも、すぐに間違いだと気付かされた。
ケバケバしい色合いの鳥が、群れをなしてまっすぐに突っ込んできたからだ。
毒性らしき羽が触れた木の幹や枝は、焼け爛れるようにして真っ二つに折れた。
「あの鳥にも毒があるのか!?」
クロードは地球史において、〝鴆なる架空の鳥〟が羽根に毒を持つと『史記』や『続日本記』、『太平記』などに書かれていたことを思い出した。
また太平洋南部では、現代でも細々と有毒鳥類が生息しているという。
とはいえここまで脅威なのは、おそらく契約神器が生み出した魔法生物だからだろう。
「バウーン」
ガルムは間一髪で方向転換に成功し、鳥との衝突を避けた。彼女はクロードとレアを背に乗せて、別の木へと飛び移る。
しかし、行先には待っていたかのように、紫色の毒液が滴る蜘蛛の巣が張られていた。
「バウ!?」
ガルムの体毛は、剣も銃弾も跳ね除けるほどに頑強だ。
しかし、そんな美しい銀の毛も、毒糸を掠めただけで紫に染まって溶けてしまった。
「こっちは蜘蛛か。さっきから毒ばかり」
「どれもこれも契約神器に通じるほどの劇物です。ガルムちゃん、離れてください」
「ワフっ」
ガルムは木を蹴りながらバク転し、蜘蛛の巣から逃れるように地上へ落下する。
が、時すでに遅く、山道は青い毒花と茶色の毒蔦が生い茂っていた。
彼女は安全な着地点を探して、木々を飛び回る。
「まずい。あっちはキノコに覆われているし、向こうはヘビがうねうねしてる。まるで毒生物の博覧会じゃないか?」
もはや逃げ場はどこにも見当たらず、クロードの悲嘆を聞いたレアは、息を飲んで緋色の瞳を大きく見開いた。
「御主人さま、襲撃者の正体がわかりました」
「レア、本当かい。どこのどいつだよ?」
クロードの問いに、レアは悪行を糺すかのように凛とした声で答えた。
「毒尸鬼隊。共和国の佞臣軍閥〝四奸六賊〟が毒を主力とする神器使いを集め、一揆鎮圧を目的に結成したという特殊部隊です」
「イザボーさんの仇じゃないか!」
クロードが過去にエングフレート要塞で刃を交わし、今は頼れる味方となった女傑イザボー・カルネウス。
望まれない子供だった彼女に民間人虐殺の冤罪をきせ、養父母の故郷を滅ぼした実行犯こそ、カルネウス伯爵家に雇われた毒尸鬼隊だった。
「御主人さま、いかがしますか?」
「レア、決まってるだろ。――鋳造!」
クロードはガルムの背上から立ち上がり、右手に炎を吹く脇差しを作り出した。
毒は放置できず、そのように下劣な敵に容赦も不要と判断した。
「殺された人達の仇討ちだ、何もかもまとめて焼き尽くしてやる」
「わかりました。援護します」
「バッフーン(ためらいなく山で火を使うとか、このカップル危なくない)?」
ガルムが低空を跳躍しながら前進する中、クロードは刀身に炎をまとわせて、まるで仮装するかのように、左手で三白眼にサングラスをかけて黒髪を逆立てた。
「毒物は、滅菌だあっ!」
クロードが大地を斬りつけるや、レアが投じるはたきが魔法陣を描いて強化する。
炎はうねる波となって奔り、山道を蝕む青い毒花と茶色い毒蔦を高熱で浄化した。
あとがき
モヒカンスタイルで過激な台詞を言っちゃうクロードは、悪徳貴族に違いない( ͡° ͜ʖ ͡°)
応援や励ましのコメントなど、お気軽にいただけると幸いです(⌒▽⌒)





