第465話 悪徳貴族、ヴァリン領へ向かう
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クロードは領役所で公安情報部長のハサネと再会し、改めて領内外の状況を確認した。
「辺境伯様。ファヴニルは、顔のない竜や徘徊怪物を使って各領を分断し、仮称〝禍津の塔〟……ねじくれた樹のような一〇基の塔を用いて大地の魔力を吸い出しています」
マラヤディヴァ国は吹雪に閉ざされ、天に太陽が昇ることもなく、地上はファヴニルが駆り立てた怪物や、雪人形にとり憑いた死霊がねり歩く地獄と化した。しかし――。
「辺境伯様がレーベンヒェルム領内のニーズヘッグを駆逐して一基を破壊、セイ様らもマラヤ半島側の一基を破壊したことで、陽光が射しました。海を隔てた通信魔法も不安定ながら繋がり、我々は反攻に転じたのです」
魔法通信は不調であったものの、モールス信号から着想を得た鐘の通信は、以下のようにマラヤ半島とヴォルノー島に響き渡った。
『と う を こ わ せ』
『り ゆ う を う て』
『ひ し よ う ぐ ん』
各領は通信をきっかけに、事前に準備していた水攻め等の罠を駆使して逆襲したのだ。
「しかし、我々がほのかな希望を得た時、不干渉を決め込んでいたはずの国外から攻撃を受けました」
クロードは、浅い息を吐いた。
天災に遭遇した時、多くの人々は隣人に手を差し伸べるだろう。
けれど少数であっても、弱みにつけこむ火事場泥棒が存在するのだ。
「ヴィゴが公安情報部の擁する戦闘部隊を、イェスタが領警察から選抜した機動隊を率いて調査に向かい……、彼らが国境沿いを調査したところ、いくつかの犯罪結社やテロリスト団体が侵入したことが判明しました」
ヴィゴとイェスタは、ベナクレー丘の敗戦からも生き延びた歴戦の古強者だ。
二人が率いる公安・警察部隊の活躍と、国境を固める陸軍、軍艦を港に釘付けにされた海軍の奮戦で、外国からの賊徒は大半が捕縛されたという。
「そして、我々が朗報に湧いた直後、ヴァリン領の防衛部隊が壊滅したという急報が入ったのです」
間が悪い。否、タイミングの良すぎる――凶報だった。
「アリスさんは、予備戦力として待機していたイザボー・カルネウス隊長と援軍に赴き、音信不通となっています」
「わかった。事情があって、アリスの力が必要なんだ。僕たちが後詰めに向かう」
クロードは自らもヴァリン領に向かうと決めた。
いずれにせよ、次の塔を破壊しなければならないのだ。
「ハサネさんには、このまま領役所の指揮をお願いする。ドゥーエさんを残してゆくから、東側のルクレ領とソーン領にある〝禍津の塔〟を攻略してくれ。僕たちは西側のヴァリン領とナンド領の塔を潰す」
「…… 顔なし竜対策を施した馬車や船、自転車はすでに出払っています。ですが、役所の地下にはソフィ様とトーシュ博士が改造された三輪駆動人形車オボログルマが残っています。あの車は実験中ですが、植物ガスを代替燃料に使えるそうです」
「ありがとう。そいつは助かる」
クロードはドゥーエを残し、レアとガルムを連れてレーベンヒェルム領を出発した。
「うん。さすがはショーコちゃんのお父さんが残した遺産。それに、ソフィとトーシュ博士のおかげだ。魔法喰らいの蛇雪の中でもちゃんと動く」
三輪駆動人形車オボログルマは、強敵ドクター・ビーストが作った巨大な一輪車型ゴーレムに、補助の前輪二つとフレームを増設して安定性を増したものだ。
また魔術道具に造詣の深い女執事ソフィと国一番の学者トーシュが改造を施したことで、速度や踏破性能も跳ね上がっている。
「レア、ガルムちゃん。ちょっと無茶をするよ」
具体的には荒れた山道はもちろん、切り立った断崖絶壁すら垂直に走るという、忍者も真っ青なトンチキマシンと化していた。
屋根のないオープンカーなので、絶叫マシンも真っ青な恐怖体験が約束される。
「御主人さま。貴方と一緒なら、地獄の道すら怖くありません」
「バ、バッフウーン(むしろ、この馬鹿ップルが怖いよ!)」
三白眼の細身青年が、ドライブデート? に胸を弾ませる侍女と、小さくなって震える銀犬を後部座席に乗せて走り出し、どれだけの時間が経っただろうか。
「そこの徘徊怪物、ふっ壊されたくなければ退けえ」
クロードは、ヴァリン領に向かう道中で立ちはだかったモンスター、彷徨う甲冑や動く石像を車で弾き飛ばした。
「GUOO!?」
「GIIYA!?」
前方の小さな二輪を滑らせながら、後方の巨大な一輪を叩きつけると、重装甲の西洋鎧も速度の乗ったエネルギーに耐えきれずにばらはらに飛び散り、石像も上半身と下半身が断たれて崩れ落ちる。
「いーやっほう」
クロードは、海岸沿いの白々とした山の斜面にノーブレーキで三本のわだちを刻みつけた。
「ひいいい、怪物を轢く馬車もどきがいるぞ。命あっての物種だ、逃げよう!」
道中、ハサネが言ったように、マラヤディヴァ国へ不法侵入した賊ともすれ違ったが、そんな非常識な光景を目の当たりにするや、尻に帆をかけて去っていった。
「バウウ(そりゃ逃げるよ)」
悟ったように鳴くガルムを抱いて、後部座席から援護していたレアがぽつりと呟いた。
「御主人さま。ああいった賊の侵入も、ファヴニルが仕組んだのでしょうか?」
レアの問いかけに、クロードは振り返って首肯した。
「うん、よくできた作戦だよ。陽動部隊で注意を外側に引きつけ、本命部隊を手薄になった内側で暴れさせるんだ」
クロードは前方に向き直り、円形のハンドルを握る手に力を込める。
病院で交戦したイーヴォ・ブルックリンのような、人間の理性を残す新式の顔なし竜ならば、さしものアリス達とて苦戦は免れないだろう。
「だとすれば、お兄さまは一〇〇〇年前に私達が受けた罠を用いたことになります。どうして、そんなおぞましいことが出来るのか」
一千年の昔。
大陸の悪しき独裁者ゲオルク・シュヴァイツァーは、ヴォルノー島を守護するファヴニルの注意を〝神剣の勇者〟に向け――、内部闘争を利用する形で、ソフィとレベッカの先祖である盟約者夫妻を殺害している。
ファヴニルの作戦は若干のアレンジが入っているといえ、あたかも自身が家族を失った悲劇をなぞっているかのようだ。
「アイツは有効な戦術だと判断したのかもね。でも、僕は嫌だ」
クロードは断言した。ファヴニルは、あり得たかも知れないもう一人の自分だが、絶対になりたくない未来でもあったからだ。
「この山道を抜ければ、ヴァリン領だ。レア、ガルムちゃん、罠が来るぞ!」
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