第464話 レーベンヒェルム領の決戦模様
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クロードとファヴニル。マラヤディヴァ国と、世界の命運を巡って争う二人は、似て非なる道を歩き続けた。
人間の少年は非力だったからこそ、仲間と力を合わせて困難を乗り越えた。
一〇〇〇年を生きる契約神器は全てを奪われたからこそ、唯一無二の最強を目指した。
鏡合わせの二人が雌雄を決する今、戦場には自然と両者の色合いが反映される。
クロードの本拠地であるレーベンヒェルム領の街中では、故郷を守ろうと立ち上がった人々が、吹きすさぶ雪にも負けぬと奮闘していた。
「クロードの奴は、頼りないからなっ。やっぱり俺達がついていてやらないと!」
野生味あふれる青年エリックは、厚い毛皮のコートを着込み、盾を掲げて暴れ回る雪人形を制圧し――、
「あの人と領主館で初めて戦ってから、もう三年。思えば遠くに来たものね」
彼の恋人ブリギッタもまた羊毛をまとい、踊るように細剣を繰り出して、領都に潜んでいた工作員を武装解除させた――。
「ともかく防寒に気をつけて、言動のおかしい奴には治癒薬をぶっかけろ。並の雪人形ならそれで倒せる」
「お買い上げありがとうございます。街を守るため、お銭のため、気合を入れますよ!」
エリックは部下の領警備隊を、ブリギッタは親族の企業団体を動員し、人海戦術で領都の防衛に集中していた。
かつては犬猿の仲だった、レーベンヒェルム領の冒険者と外国出身の商人達も、二人の交際をきっかけに和解が進んでいた。
「ちくしょおおっ、おれは生きる。お前が犠牲になれよ、〝緋色革命軍〟!」
「うるさい、〝新秩序革命委員会〟なんてマイナー団体がでかい顔をするんじゃない!」
その一方、ファヴニルが撹乱の為に領内へ潜入させた雪人形や工作員は、元は異なる勢力に所属していたこともあり、互いに足を引っ張るばかりか、同士討ちすら始めていた。
死亡したテロリスト達は、邪竜に第二の命を与えられたものの、生前同様に他人を使い捨てのチリ紙としか認識しなかったからだ。
かくして都市に潜んでいた亡霊の軍勢は、再び黄泉路をくだっていった。
「こいつらで、町の中は最後か。外は頼むぞ、ヨアヒム、アンセル!」
「くそったれ。偉大な俺達を認めない世界なら、誰も彼も怪物のエサになりやがれ!」
エリックが、領都レーフォンに潜む最後の雪人形を仕留めた頃――。
郊外では、大同盟の兵士達が地下遺跡から現れた徘徊怪物と交戦中だった。
「水門を開けるっスよ! 普段、オレ達を罠にかける悪鬼どもを罠にかけるというのも、乙なもんでしょっ」
青サビ色の色眼鏡をかけた参謀長のヨアヒムは、右手に握った六角棒で合図を送り、小運河に貯めた水で犬頭の小鬼や豚顔の獣鬼を押し流した。
ゴオゴオと唸りをあげる水の暴威は、準備してあった溜池へと魔軍を沈めてゆく。
わずかな巨大蜘蛛や鋼鉄蟻が重量級の肉体を生かして濁流に抗い、糸や酸を吐き出して抵抗するも、その勢いは弱々しかった。
「この吹雪。マラヤディヴァ国は魔力と生命力を喰らう呪いの蛇雪の影響下にある。万全でないのはお互い様さ」
文官トップのはずが……。
なぜか武官の責任者まで兼任中の〝出納長(戦闘職)〟のアンセル・リードホルムは、数珠状の飾りが付いた巨大弓で残存兵力へと狙いをつけた。
「だから、ぼくたちは火薬式の大砲と小銃で歓迎しよう。古い弩もありったけ持ち出したんだ。真心こめた十字砲火を是非楽しんでくれ」
巨大蜘蛛も鋼鉄蟻も、並の冒険者なら太刀打ちできないほどに強力な怪物だ。
けれど、ヨアヒムとアンセルの部隊は、狭いダンジョンから広い水辺へと誘い出したことで、一斉射撃の的へと変えた。
「リーダーに、良い土産話ができたっス」
「幼馴染達が頑張ってるんだ。ぼくもこれくらいやってみせるさ」
街内外の状況は、伝令によってすぐさま領役所へ届けられた。
「みんな、凄い活躍じゃないか」
「驚いた。完全に押してるでゲスね」
クロード、レア、ドゥーエ、ガルムの四人が領役所に戻った時、どの部署も蜂の巣をつついたような騒ぎになっていたが、職員たちの瞳は熱意と闘志に満ち満ちていた。
「ドゥーエさんは酷い傷だし、一度治療に専念してくれ」
「おいおい、クロード。水臭いこと言わないでくださいよ。オレはまだまだやれる」
ドゥーエは左の義手を失ったばかりか、身体中に裂傷や打撲痕があり、まさに満身創痍だった。
しかし、ソフィを守れなかったことに罪の意識を抱いているのか、戦闘続行に拘った。
「倉庫に予備の義手と鋼糸を用意してあります。ソフィを取り戻すためにも、どうかお休みください」
「……あいよ。ちょっと便所がてら、腕をつけてくるゲス」
それでもレアの説得にドレッドロックスヘアが目立つ隻眼隻腕の剣客は、ようやく休息に同意した。
ドゥーエが部屋を出るのと同時に、中折れ帽をかぶった公安情報部長ハサネ・イスマイールが乱れた足取りで部屋へ入ってきた。
「辺境伯様、よくぞご無事で!」
「ハサネさん。職員から、役所の指揮を執っているのは貴方だと聞いた。戦況はどうなっている?」
「少々厄介なことになりました。外国から賊が流入して対処していたのですが……。その隙を突かれたか、ヴァリン領で大敗という情報が入りました」
クロードは凶報に愕然とした。
ハサネも普段のポーカーフェイスぶりが嘘のように、額に汗を光らせて不穏な言葉を続ける。
「アリスさんと元ネオジェネシスのイザボー・カルネウス隊長が援軍に向かいましたが、連絡が途絶えたのです」
「ワオォーン!?」
ガルムの悲痛な鳴き声が、役所内に響き渡った。
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