第463話 邪竜と巫女の同床異夢
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「レベッカ・エングホルム。お前がいくら未来を読もうとも、怪物ども全てを統制できるはずがない。魔軍よ、水に沈め!」
セイの切り札たる水攻めは、ユングヴィ領で暴れる徘徊怪物の大半を濁流で討ち果たした。
その様子をマラヤディヴァ国上空で目撃したレベッカは、機械竜の操縦座で赤い髪を振り乱して吼え猛った。
「巫山戯るなっ! こんな現在なんて、ワタシは知らないっ」
邪竜の巫女は、燃える炎のような赤髪を振り乱し、青く輝く瞳から悔し涙を流しながら、喉も裂けよとばかりに絶叫する。
「アンドルー・チョーカー? 誰よそれ、聞いたこともない。どうしてゴルト・トイフェルが生きている? 病院はどうなった? なぜ導きの塔が破壊される? 魔法もろくに使えないのになんで足掻けるの? こんな分岐は知らない、認められないっ」
この世界では、ごく稀に巫覡の力と呼ばれる、異能に覚醒する者が現れる。
レベッカは、極めて近く限りなく遠い、並行世界を観測することで、大まかな未来の流れや、数秒先の状況を〝限定的〟に覗き見ることが出来るのだ。
「クローディアス・レーベンヒェルムだけは、定まった宿命を読むことは出来かった。でも他の重要人物を押さえれば、どうとでもなるはずだったのに……」
されど、彼女の異能はあくまで近似値の世界を覗き見るものだ。
把握した運命の流れに関わらない、大多数には一切の興味を抱くことなく、その思い上がりが致命傷に繋がった。
「レベッカ。キミの力は未来予知じゃない、並行世界の観測だ。小数点以下の確率で実現する分岐までは見通せないさ」
操縦室に同席するファヴニルの端末は金色の髪をかきあげ、緋色の瞳で狂乱するレベッカを冷ややかな目で見つめた。
邪竜の巫女たる彼女は、ファヴニルの本体たる機械竜と一体化しつつあり、下半身の大半が床に溶けていた。
彼女はクロードから奪ったソフィを右手で抱きしめながら、地団駄を踏むように左手で部屋の床を殴りつけている。
「ボクはクローディアスが強くなって嬉しいけど、歓迎の準備が整う前にパーティが始まるのは避けたいなあ。次の手を考えようか」
ファヴニルは魔術道具に干渉する異能を持つソフィを取り込み、マラヤディヴァ国から大地のエネルギーを吸い出すことで、第一位級契約神器へと進化しようと目論んでいた。
しかし、その為の重要拠点である一〇基の塔のうち一基がクロードに、更に一基がアンドルー・チョーカーに破壊され、当初の目算は盛大に狂ってしまった。
「ゆ、雪人形。死霊を憑依させた雪人形で、内部分裂を仕掛けますわ」
「無理だ。クローディアスはすでに手を打っている。埋伏の毒はじきに制圧されるよ」
ファヴニルは一〇〇〇年前、大陸からの工作によってグリタヘイズの村人に裏切られた過去があった。
自分が最も痛かった戦術だからこそ採用したが、スヴェン・ルンダールを始めとするクロード側の抵抗で無力化されていた。
「レベッカ、我が巫女よ。呪いの吹雪で通信網と交通網を破壊し、駆り立てたモンスターに街を襲わせ、雪人形で内部を分裂させるというのがキミの作戦だった」
「は、はい」
「作戦は妥当だったかも知れないが、クローディアスが一枚上手だ。短時間で二基の塔を失い、三〇体以上のニーズヘッグが討たれたんだ。作戦の練り直しが必要じゃないか?」
ファヴニルの表情は温和で楽しそうだったが、レベッカは般若の形相で歯がみした。
「海賊野郎め、何がお宝を取ってくるよ。あっさりモヤシ男に負けるなんて不甲斐ない」
レベッカは知らない。気づくこともない。
イーヴォ・ブルックリンにとっての宝とは、クロードの首ではなく、旧友オズバルト・ダールマンとの再会だった。
故に彼女は、どこまでも冷徹に、人間をチェスの駒に見立てた戦争を続行する。
「我がカミ。残っている雪人形を使って、マラヤディヴァ国外の跳ね返り者を招き入れます。山賊や海賊に過ぎずとも、目くらまし程度にはなるでしょう」
まともな国家や軍隊ならば、魔力と生命力を奪う雪が降り、モンスターが暴れ、死者が蘇るような国に足を踏み入れるはずがない。
しかし、世の中には火事場だからこそ泥棒に踏み込む、金のためならば命を惜しまない荒くれ者だっているのだ。
「モンスターを使った攻勢は断念し、ニーズヘッグには、残る八基の塔を防衛させます。時間は我々の味方です」
「クローディアスには、〝姫将軍〟セイと、〝万人敵〟ゴルト・トイフェルがいるよ?」
「復活させたエカルド・ベックに、マラヤ半島の指揮を取らせます」
ファヴニルは、レベッカの提案に頷いた。
生前のベックは、クロードからレギンの半身を奪うという戦果を挙げている。
ある程度の指揮能力もあり、時間稼ぎには最適だろう。
「そして、忌まわしい間男がいるヴォルノー島には、伏せていたカミル・シャハトの〝毒尸鬼隊〟と、とっておきの怪物をプレゼントしますわ」
ファヴニルはレベッカの声を聞きながら、機械竜の視覚素子で、眼下のマラヤディヴァ国を見つめた。
一人遊びの玩具箱に過ぎなかった大地は、クロードという好敵手を得て、黄金以上の価値を持つ最高の遊び場になった。
邪悪なる竜の少年は巫女とは異なり、見染めた青年の成長に今も心躍らせている。
「たとえ彼らが敗れても、それはそれでボク達の悲願達成に繋がる、か」
「はい、我がカミよ。必ずや御身の願いを叶えて見せます」
「我が巫女よ。共に世界の滅びを見届け、新世界へと至ろう」
ファヴニルとレベッカは、どこまで本心を語っていただろうか?
しかし、胸に抱いた志こそ違っても、二人の利害はぴたりと一致していたのだ。
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あとがき
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